文王有聲(引用17:偉大なり文王武王)

文王有聲ぶんおうゆうせい



文王有聲ぶんおうゆうせい 遹駿有聲いつしゅんゆうせい

遹求厥寧いつきゅうくつねい 遹觀厥成いつかんくつせい 文王烝哉ぶんおうじょうさい

 文王に名声あり、実に高き名声あり。

 天下の安寧をお求めになり、

 かつ実現された。

 なんと偉大なお方であろうか。


文王受命ぶんおうじゅめい 有此武功ゆうしぶこう

既伐于崇きばつうすう 作邑于豐さくゆううふう 文王烝哉ぶんおうじょうさい

 天命を授かり、

 崇国討伐の武功を挙げられた。

 そして豊の地に新たに村を作られた。

 なんと偉大なお方であろうか。


築城伊淢ちくじょういいつ 作豐伊匹さくふういひつ

匪棘其欲ひきょくきよく 遹追來孝いつついらいこう 王后烝哉おうこうじょうさい

 都を豊に定められ、

 城を建て堀を掘られた。

 それは支配欲のゆえではない。

 その地が先祖の霊に孝行を尽くすのに、

 より適した地だったからである。

 なんと偉大な王であろうか。


王公伊濯おうこういたく 為豐之垣いふうしえん

四方攸同しほうゆうどう 王后維翰おうこういかん 王后烝哉おうこうじょうさい

 父祖の業をますます盛んとされ、

 豊の村を城壁で守られる。

 四方の民もまた文王を頼りとし、

 こうして文王は天下の支柱となられた。

 なんと偉大な王であろうか。


豐水東注ふうすいとうちゅう 維禹之績いうしせき

四方攸同しほうゆうどう 皇王維辟こうおういひ 皇王烝哉こうおうじょうさい

 やがて武王が殷を討たれ、

 豊水を東に下り、鎬京に移られた。

 豊水の流れは遙か昔、

 夏の禹王がなした治水の成果である。

 四方の諸侯が武王に従われる。

 新しき天下の主、偉大なり。


鎬京辟廱こうきょうひよう 自西自東じせいじとう 自南自北じなんじほく

無思不服むしふふく 皇王烝哉こうおうじょうさい

 鎬京は、文王が祭壇を設けられた地。

 この地にて礼楽の普及に努められ、

 かくて人々は四方より集まり来た。

 そして服従を厭う者はいなかった。

 新しき天下の主、偉大なり。


考卜維王こうぼくいおう 宅是鎬京たくぜこうきょう

維龜正之いきせいし 武王成之ぶおうせいし 武王烝哉ぶおうじょうさい

 武王の占いにより、新たな都を

 鎬京にすると良い、と出たのである。

 亀甲占いに出た結果を、

 実行に移されたのである。

 武王、なんとも偉大なお方。


豐水有芑ふうすいゆうき 武王豈不仕ぶおうがいふし

詒厥孫謀たいくつそんぼう 以燕翼子いえんよくし 武王烝哉ぶおうじょうさい

 豊水にはチサが繁茂している。

 人々もまた、チサのごとし。

 この地にあり、武王の業が

 栄えぬことがあろうか。

 子孫には天下を治める秘伝を残され、

 また子孫の安寧を願われた。

 武王、なんとも偉大なお方。




○大雅 文王有聲


文王、武王と続く周の建国神話を「民を愛する者」としての側面から歌う感じであるな。朱子は当詩を以て「武王は武の名を冠してこそおられるが、やはり徳にあふれたお方である」と、殷の放伐があくまで武王の徳の故になされた結果に過ぎぬことを厳に主張しておる。ま、まぁそういうものであるよな。




■主と臣下のありようを


左伝 文公3-4 

『詩』曰:「于以采蘩?于沼于沚。于以用之?公侯之事。」秦穆有焉;「夙夜匪解,以事一人。」孟明有焉;「詒厥孫謀,以燕翼子。」子桑有焉。


秦の穆公が覇者たり得た理由は秦の穆公が子桑の推挙を採用し、孟明を得たことにある、とする。召南采蘩の「ヨモギを適切な場所で摘み、適切な場所で用いた」を、穆公の適切な人材運用にかけ、大雅烝民の「日夜怠りなくひとりの君に使える」を孟明の精勤ぶりにかけ、そして当詩の「子孫のためのはかりごとで、子孫を安んぜんとする」を、子桑の将来を見越した推挙にかけた、と言うわけである。




■文王が残した臣下やべー


後漢書40.1 班彪

昔成王之爲孺子,出則周公、邵公、太史佚,入則大顛、閎夭、南宮括、散宜生,左右前後,禮無違者,故成王一日即位,天下曠然太平。是以春秋「愛子教以義方,不納於邪。驕奢淫佚,所自邪也」。詩云:「詒厥孫謀,以宴翼子。」言武王之謀遺子孫也。


班彪(漢書を書いた班固の父)が宮中に仕えていた頃、皇太子候補が次々病死するという事態に見舞われた。これにより皇太子教育に様々な不備が発生したそうである。そこで班彪は「とりあえず教育ができるだけの人材を揃えておきましょう。だって武王だってたくさんの信頼できる部下を確保したじゃないですか、それによって未だ幼子であった成王が即位しても天下は太平であったのです、これこそが『子孫のためのはかりごと』ってなもんですよ』と提案。採用された。




■ポジショントークの気配がね……。


晋書53 愍懷太子

湣懷挺岐嶷之姿,表夙成之質。武皇鍾愛,既深詒厥之謀;天下歸心,頗有後來之望。


愍懷太子司馬遹とは晋恵帝司馬衷がはじめに設定していた皇太子。側室の謝氏との間に産まれ、その聡明なるがゆえに武帝司馬炎が「衷はアレだけど遹がすげーので将来の遹のためにも衷を皇帝のままにしておこう」とかほざき始めた。これが火種となり、のちに司馬遹は司馬衷の正妃である賈南風と対立し、殺される。そこから始まるのは楽しい楽しい八王の乱である。すなわちポジショントーク的に言えば「司馬遹様さえ死ななきゃきっと西晋はその後も素晴らしい国だったろうになぁ」となる。「詒厥の謀」が見事失敗に終わった象徴である。と言うか後々の皇帝のために次代の皇帝がクソでも構わぬとか、司馬炎おまえ政を舐めすぎではないか?




■「貽」厥孫謀もあるよ!


深山氏よりご紹介をいただいた。そしたらあなた、明らかにもとの奴より多いではありませんか……ここでは列挙にとどめておこう。この辺りの字の入れ違いの中には、当然書き写し間違い、あるいは写本系統の違いなどもあるのであろうがな。同じ晋書でも、著述者によって写本系統の違いがあった、などがあるのやもしれぬな。


・三國志25 楊阜

 周文刑於寡妻,以御家邦;漢文躬行節儉,身衣弋綈:此皆能昭令問,貽厥孫謀者也。

・三國志39 董允

 諸君憒憒,曾不知防慮於此,豈所謂貽厥孫謀乎?

・晋書6 評

 鎮削威權,州分江漢,覆車不踐。貽厥孫謀。

・晋書24 職官

 總及周武下車,成康垂則,六卿分職,二公弘化,咸樹司存,各題標準,苟非其道,人弗虛榮。貽厥孫謀,其固本也如此。

・晋書33 何曾

 惟説平生常事,非貽厥孫謀之兆也。

・晋書91 范弘之

 先王統物,必明其典誥,貽厥孫謀,故令問休嘉,千歲承風。

・晋書122 評

 控黃河以設險,負玄漠而為固,自謂克昌霸業,貽厥孫謀。

・魏書36 李順

 綏集荒陬,遠人頗亦畏服,雖不能貽厥孫謀,猶足以終其一世。

・魏書62 李彪

 法尚不虧,所以貽厥孫謀也,焉得行恩當時,而不著長世之制乎?

・魏書63 宋弁

 德政不理,徭役滋劇,內無股肱之助,外有怨叛之民,以臣觀之,必不能貽厥孫謀,保有南海。




■僕はパパの遺志をよく継ぐよ!


三國志3 曹叡 注

蓋子以繼志嗣訓爲孝,臣以配命欽述爲忠,故詩稱『匪棘其猶,聿追來孝』,


後漢ラストエンペラーの献帝、魏に禅譲をなして後にいう山陽公が死去したとき、曹叡は一通りの葬儀をなしたのち、そのことを父である曹丕の霊廟に報告した。そこで語られる一節である。いわく、子は父の遺志を引き継ぐことこそ孝。故にいま「いたずらに功績を追うのではなく、父帝が山陽公を重んじられたことに従う」べきである、と。




■維翰

晋書で二箇所に見られる表現。他の史書では一切見かけられぬ。考察するに、八王の乱まっただ中の時に司馬歆の部下である孫洵と言う人物がこの語を用いたところ「おっその表現カッコイイな!」と一瞬流行り、そして即廃れたのであろう。あるいはこの言葉を用いてみたところで「八王の乱に絡んできてしまう」となり、避けられたのやもしれぬな。

……と思ったら裴松之が三國志中の中で用いていた。後世には「維翰」を諱としておる人物もおるようで、意外と流行はしたようである。


・三國志52 諸葛瑾 注

 臣松之云:以為劉後以庸蜀為關河,荊楚為維翰,關羽揚兵沔、漢,志陵上國,雖匡主定霸,功未可必,要為威聲遠震,有其經略。

・晋書38 司馬駿 子 司馬歆 

 而使奸凶滋蔓,禍釁不測,豈維翰王室,鎮靜方夏之謂乎!

・晋書59 八王伝序

 然雖克滅權偪,猶足維翰王畿。




毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E5%85%AD#%E3%80%8A%E6%96%87%E7%8E%8B%E6%9C%89%E8%81%B2%E3%80%8B

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