皇矣(引用51:周建国伝説)
大いなる天帝は
下々を明るく照らされる。
広く天下を見渡され、
民の幸福をお求めになる。
しかるに夏と殷とは、
ともにその政の正しきを失った。
そのため周辺の四国が、
正しき世を取り戻さんと図った。
天帝は紂王の悪性が
広がることを憎まれ、
そして西のかたに、文王が
いらっしゃることに気付かれた。
元々周の地は狭隘な地であったが、
文王はそれらを開拓された。
除いたのは枯れ木、倒木である。
よく地ならしし、整地しされた。
除いたのは灌木や小木である。
生い茂る木々を切り開く。
除いたのはギョリュウ、ヘミである。
剪定によって木の形を整える。
対象はカラクワ、ヤマグワである。
天帝は殷より去り、文王に付かれた。
そのため蛮夷も文王を恐れた。
こうして文王に天命が下された。
天帝は周の岐山を見られると、
クヌギやナラが伐採され、
マツやカシワが
植えられていたのに気付かれる。
天帝が天命を下されようと
お考えになったのも、国の様子が
整っておればこそである。
そしてそれは文王のお父上、
季歴様が国作りに
着手なされたからこそ。
すなわち兄上の泰伯様が、
季歴様に王位を譲られたゆえ。
季歴様は兄弟親戚によく親しまれた。
兄上らに厚き友愛をお寄せになり、
ゆえにこそ天よりの恵み篤くなり、
ついに文王を授かられたのである。
このように周は天よりの幸いを受け、
それを失うことなく、文王の代に至り、
ついに四方を収めるに至った。
季歴様のお心を、天帝は観察なされた。
静謐なる徳は天地を照らし、
善悪を明確に分け、
君長としての資質を備えられていた。
大いなる国をよく治められ、
民もまたよく季歴様に従った。
その明徳は決して、
文王に劣るものではない。
ゆえにこそ天の祝福を受け、
その祝福が子孫に及んだのである。
天帝は文王に仰っている。
そなたは民草のように、徳より違え、
好き勝手に振る舞ってはならぬ。
貪欲にむさぼってはならぬ。
苦難にあえぐ者を掬い上げよ、と。
この頃、密国の王は自分勝手。
周の命に違え、阮国、共国を攻めた。
王は大いに怒りをあらわとされ、
軍勢を整え、共国の旅の地にて
密国の軍勢を食い止められた。
天帝はますます王を重んじられ、
王もまた天下に向かい合われた。
本軍はあくまで都にとどまるも、
配下将は軍勢を率いて
阮との国境より出征する。
文王が高き丘に登られれば、
その姿を見た敵軍は恐れ、散開した。
丘より見渡せる辺り一面に
文王に逆らおうと思う者もなく、
文王が抱える水源を
侵そうとする者もおらぬ。
こうして岐山周辺の水源を確保する。
岐山の南、渭水のほとり。
豊かなこの地は、人々の拠り所。
天帝は、文王に仰る。
予は明徳を思う。
敵に対しても怒りをあらわとせず、
責め苦も長くならぬようにせよ、と。
文王はこの教えを、
教わるでもなく体得しておられた。
天帝はまた文王に仰る。
そなたの同盟国は、兄弟に同じ。
ともに攻城具を操り、
天意に背く崇国を討て、と。
攻城器具が粛々と居並ぶ。
崇国には無血開城をして欲しい、
と願うのだが。
しかし、戦端は開かれた。
たちまちにして城を落とし、
捕虜を連ねる。
頑として従わぬ者の首こそ刎ねるが、
それは粛々と、必要に応じて、
であるに過ぎない。
軍中にて祭祀を行い、天神や馬の神に
感謝の意を伝える。
また崇国の民を集め、慰撫する。
これらにより周辺国家で
周を侮る者はおらぬようになった。
後日、崇国に再び攻城具を並べる。
ふたたび反乱を起こしたのだ。
この反乱もたちまちのうちに、平定。
いよいよ周辺国家は、
周を侮ることがなくなった。
○大雅 皇矣
当詩が詩経中最長、なのだそうである。確かに長い。いつまでも終わらぬ。だがまぁその内容は「季歴と文王しゅてき!」で終了である。とはいえ、いいのか、いったん平定したはずの崇国がすぐにまた謀反を起こしたとか、あからさまに文王の統制が中途半端でした、的な実例を詩中に表してしまって……という気はせぬでもない。
■皇、すなわち偉大
当詩冒頭を飾る「皇矣」なる句の意味は、「偉大である」の最上級と言えよう。そしてその詩中に歌われておるのは、明確なる天帝の意思である。すなわち、「皇帝」なる言葉はすべて当詩よりの引用と言っても差し支えないのであろう。もっとも、それをガチでやらかすと際限が無くなる。なので、「そういう与太話も構築できそうだよねー☆」で話を終えるのである。
・漢書100.2 敍傳下
皇矣漢祖,纂堯之緒,實天生德,聰明神武。
詩云:『皇矣上帝,臨下有赫,鑒觀四方,求民之莫。』
・晋書22 楽上/宋書20 楽二
皇矣有晉,時邁其德。
・晋書23 楽下/宋書20 楽二
皇矣簡文,于昭於天。
・宋書20 楽二
皇矣我后,聖德通靈。
・宋書27 符瑞上
詩云:『皇矣上帝,臨下有赫。鑒觀四方,民之瘼。』今民皆謳吟思漢,向仰劉氏,已可知矣。
・魏書48 高允
允從顯祖北伐,大捷而還,至武川鎮,上北伐頌,其詞曰:皇矣上天,降鑒惟德,眷命有魏,照臨萬國。
・魏書109 楽
太祖初,冬至祭天于南郊圓丘,樂用皇矣,奏雲和之舞。
■民の苦しみを
「求民之莫」句を、どこでどうこじらせたのか、史書上では「民瘼」と省略するのだそうである。ちょ待てよ。略す方も略す方だが、察する方も察する方であろう。ともあれその援用のされ方を見ておると、傅亮(劉裕周りの上奏詔勅文を一手に引き受けた書記官)がこの表現を開発し、宋の時代中にコーテーヘーカの間で大はやりとなり、それに影響を受けた魏が借りパクしたのでは、と言う印象がある。後漢書の記述は序文、いわば「范曄のコメント」欄であるため、完全に宋の範疇である。
・後漢76 循吏序
數引公卿郎將,列于禁坐。廣求民瘼,觀納風謠。
・宋書2 武帝中
雜居流寓,閭伍弗修,王化所以未純,民瘼所以猶在。
每永懷民瘼,宵分忘寢,誠宜蠲除苛政,弘茲簡惠。
・宋書3 武帝下
道謝前哲,因受終之期,託兆庶之上,鑒寐屬慮,思求民瘼。
・宋書5 文帝
思所以側身剋念,議獄詳刑,上答天譴,下恤民瘼。
境域幽遐,治宜物情,或多偏擁。可更遣大使,巡求民瘼。
・宋書6 孝武帝
都邑節氣未調,疫癘猶眾,言念民瘼,情有矜傷。
今類帝宜社,親巡江甸,因覲嶽守,躬求民瘼。
・宋書8 明帝
巡方問俗,弘政所先,可分遣大使,廣求民瘼,考守宰之良,採衡閭之善。
・宋書9 後廃帝
・宋書89 袁粲
比亢序騫度,留熏燿晷,有傷秋稼,方貽民瘼。
・宋書23 王華
宰莅之官,誠曰吏職,然監觀民瘼,翼化宣風,則隱厚之求
・魏書7 元宏
公卿內外股肱之臣,謀猷所寄,其極言無隱,以救民瘼。
・魏書8 元恪
比年以來,連有軍旅,役務既多,百姓彫弊。宜時矜量,以拯民瘼。
■天の頭はどこに
三國志38 秦宓
溫複問曰︰「天有頭乎?」宓曰︰「有之。」溫曰︰「在何方也?」宓曰︰「在西方。『詩』曰︰『乃眷西顧。』以此推之,頭在西方。」溫曰︰「天有足乎?」宓曰︰「有。『詩』雲︰『天步艱難,之子不猶。』若其無足,何以步之?」
呉の張温との学識バトルである。「天はどこに頭があるか?」「大雅皇矣が西にあるってイッとる」「耳はある?」「小雅鶴鶏で鶴の声聞いとるやん」「足はある?」「白華で天歩艱難ゆうとるやん」と言うやり取り。こんなん瞬間で思い出せるとか、おお、もう……という感じであるな。
ともあれ、そんな次第で「偉大なる人のほうを見る」的な意味合いで「乃眷西顧」句はよく用いられる。洛陽から見ての長安ともなろうし、「東晋」にとっての「西晋」としても用いられそうである。
・漢書25.2 郊祀
『乃眷西顧,此維予宅』,言天以文王之都為居也。
・漢書 85 谷永
終不改寤,惡洽變備,不復譴告,更命有德。『詩』云:「乃眷西顧,此惟予宅。」
・後漢40.1 班固
奉春建策,留侯演成,天人合應,以發皇明,乃眷西顧,寔惟作京。
・三國志47 孫権
天旣棄殷,乃眷西顧,太伯三讓,以有天下。文王爲王,於義何疑?
・宋書21 楽三
乃眷西顧,雲霧相連,丹霞蔽日,采虹帶天。
・宋書5 文帝
宗廟神靈,乃眷西顧,萬邦黎獻,望景託生。
……と書いておったら、「乃眷」のみでも割と独立して用いられておった。本当に君たちはそういうのが好きだな……。
・漢書73 韋賢
悠悠嫚秦,上天不寧,乃眷南顧,授漢于京。
・後漢1.2 光武帝下
神旌乃顧,遞行天討。
・後漢30.2 郎顗
臣言雖約,其旨甚廣。惟陛下乃眷臣章,深留明思。
・三國志2 曹丕
今八方顒顒,大小注望,皇天乃眷,神人同謀,十分而九以委質,義過周文,所謂過恭也。
末光幽昧,道究運遷,乾坤迴曆,簡聖授賢,乃眷大行,屬以黎元。
・宋書3 武帝下
萬事之宜,無失厥中,暢朝廷乃眷之旨,宣下民壅隔之情。
・宋書5 文帝
乃眷區域,輟寢忘飡。今氛祲袪蕩,宇內寧晏,旌賢弘化,於是乎始。
・宋書95 索虜
殘虐遊魂,齊民塗炭,乃眷北顧,無忘弘拯。
・魏書11 元脩
朕以薄德,作民父母,乃眷元元,寤言增歎。
乃眷東顧,無忘寢食。
・魏書50 慕容白曜
聖朝乃眷南顧,思救荒黎,大議廟堂,顯舉元將,百僚同音,僉曰惟允。
・魏書54 高閭
乃眷有魏,配天承命。功冠前王,德侔往聖。
・魏書108.1 祭祀上
上天降命,乃眷我祖宗世王幽都。
■隣国の興亡は明日の我が身
左伝 文公4-7
詩云:「惟彼二國,其政不獲,惟此四國,爰究爰度,其秦穆之謂矣。」
名君として知られる秦の穆公が、楚によって江と言う国が滅ぼされることを盛大に悲しんだ、と言う。そして「隣国の興亡は我が身のことに悲しいのだ」と告げた。言うなれば楚に対する徹底糾弾、対抗の意思とも取れよう。これについて孔子が当詩を引き、穆公の姿勢は文王にも通じる、と評価したのである。とはいえ秦と楚とは始皇帝の統一を通過しても、劉邦対項羽という形で後世にも長々と引きずられ続けるのであるが。
■天帝が文王を選んだ理由
なぜか両引用ともに、ずいぶん長々と引いておる。これはつまり、それだけ「この部分がひとかたまりで重要なのだ」と言うことであろう。しかし左伝は季歴と文王をごっちゃにしておる節があるが、大丈夫なのであろうかな。
・左伝 昭公28-7
詩曰.唯此文王.帝度其心.莫其德音.其德克明.克明克類.克長克君.王此大國.克順克比.比于文王.其德靡悔.既受帝祉.施于孫子.
・史記24 樂書
弦歌詩頌,此之謂德音,德音之謂樂。『詩』曰:『莫其德音,其德克明,克明克類,克長克君。王此大邦,克順克俾。俾於文王,其德靡悔。既受帝祉,施于孫子。』此之謂也。
■天帝割りと自分の選択に慎重
宋書20 楽二 東安府君歌
鑠矣皇祖,帝度其心。永言配命,播茲徽音。
この歌は劉宋武帝劉裕の祖父である劉靖を祀るときに歌われたものである(皇帝は七代遡って先祖を祀られる)。天帝は劉裕のじー様の代から、じっとその動静を見ておられたそーである。ストーカーかな?
■陛下それほかの奴にやらせーや
後漢書26 伏湛
其『詩』曰:「帝謂文王,詢爾仇方,同爾弟兄,以爾鉤援,與爾臨沖,以伐崇庸。」崇國城守,先退後伐,所以重人命,俟時而動,故參分天下而有其二。
光武帝の即位直後、漁陽という地で彭寵と言う人物が反旗を掲げた。これを親征して討伐しようと考えた光武帝であったが、伏湛が当詩を引き、また体制が満足に整いきっていない状態で光武自らが動くといろいろまずいと引き留めた。結局この乱は足かけ三年ほど続き、最後は耿舒と言う将軍によって平定された。
■周に比べて晋ときたら……
晋書5 評
至于王季、能貊其德音。
晋書巻五、つまり西晋の亡国の主、懐帝愍帝の伝の評である。ここは要するに「なぜ西晋が滅んだのか」を事後孔明的に語るシーンである。引き合いに出されるのは「理想国家」、周。そこでの内容が、要は詩経に乗る建国伝説の模写である。そして季歴が古公亶父より村を継承する段に至れば、当然当詩の言葉が用いられますよね、という感じである。
■王の怒りは
「王赫斯怒,爰整其旅」にて語られるのは、王は怒れど、それでやけにはならず、粛々と軍備を整え、怒りと正当なる討伐とを取り違えぬ、と言うことである。ただし時代が下がると「お前は王の怒りに触れたのだ」程度の語句に卑小化されておる気配もあるな。
・左伝 文公2-2
君子謂狼瞫於是乎君子。『詩』曰:「君子如怒,亂庶遄沮。」又曰:「王赫斯怒,爰整其旅。」怒不作亂,而以從師,可謂君子矣。
・後漢30.1 蘇竟
東海董憲迷惑未降,漁陽彭寵逆亂擁兵,王赫斯怒,命將並征,故熒惑應此,憲、寵受殃。
・宋書84 鄧琬
王赫斯怒,興言討違,命彼上將,治兵薄伐。
■爰整其旅単品でも
「王赫斯怒,爰整其旅」がワンセットの句なわけであるが、意外と後者も単品で使われておる。とは申せ揚雄の詩中では明らかに当詩の用法に基づき運用されてもおるのだが。
・漢書87.2 揚雄
於是聖武勃怒,爰整其旅,迺命票、衞,汾沄沸渭,雲合電發,猋騰波流
・宋書44 謝晦
然歸死難圖,獸困則噬,是以爰整其旅,用為過防。
■聖王は天帝の思し召しに添う
聖人は師らしき師に恵まれずとも、おのずと聖なるものとしての振る舞い(天帝が示したルール)を弁えている、とする言葉である。なお論語にはこの詩句を意識したと思しき句が存在する。「賢者識其大者,不賢者識其小者,莫不有文、武之道焉。夫子焉不學?而亦何常師之有?」(子張22)がそれである。子貢が語る孔子は「特段の師無くともおのずと万物より学ぶ」存在であった、という。まー聡明な方はそうなるかもしれませんね、へーほーふーんという感じである。
・左伝 僖公9-11
臣聞之:唯則定國。『詩』曰:『不識不知,順帝之則』,文王之謂也。又曰:『不僭不賊,鮮不為則』,無好無惡,不忌不克之謂也。
・左伝 襄公31-12
詩云.不識不知.順帝之則.言則而象之也.
・晋書2 司馬師
帝曰:不識不知,順帝之則,詩人之美也。
毛詩正義
https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E5%85%AD#%E3%80%8A%E7%9A%87%E7%9F%A3%E3%80%8B
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