思齊(引用40:文王の徳)

思齊しせい



思齊大任しせいだいじん 文王之母ぶんおうしぼ

思媚周姜しびしゅうきょう 京室之婦きょうしつしふ

大姒嗣徽音だいじしきおん 則百斯男そくひゃくしだん

 慎み深く、荘重なる大任。

 偉大なる文王のお母上。

 慈愛の心もてる大姜、

 すなわち文王の祖母に認められ、

 周室の輝かしき徳を継がれ、

 そして多くの男児に恵まれた。


惠于宗公えうそうこう 神罔時怨しんぼうじえん 神罔時恫しんぼうじとう

刑于寡妻けいうかさい 至于兄弟しうけいてい 以御于家邦いぎょうかほう

 文王は常に祖先をよく祀り、

 故に神は文王を怨むことも、

 文王に怒ることもない。

 また文王は自らと同じように

 祖先を祀るようにと

 妻や兄弟にも命ぜられた。

 故にその徳治は家を越え、

 国にも及んだ。


雝雝在宮ようようざいきゅう 肅肅在廟しゅくしゅくざいびょう

不顯亦臨ふけんえきりん 無射亦保むしゃえきほ

 宮殿では和み、睦まれるが、

 祭祀にあっては粛然とされる。

 徳が明らかならざることがあろうか。

 故に臣下らも弛まず、

 しかし喜んで仕えるのだ。

 

肆戎疾不殄しじゅうしつふてん 烈假不瑕れつかふか

不聞亦式ふぶんえきしき 不諫亦入ふかんえきにゅう

 故に蛮族の脅威を

 払いきれなかったとは言え、

 その烈武は轟いていた。

 正しき道について教わらずとも

 その道に則っており、

 諫言なくとも自ずから軌道修正し、

 正しき道に戻ることが叶った。


肆成人有德しせいじんゆうとく 小子有造しょうしゆうぞう

古之人無斁こしじんむえき 譽髦斯士よぼうしし

 ゆえにこそ、文王の下にある壮士は

 みな徳ある振る舞いをなし、

 若き者たちもまた見事に成長する。

 文王は精勤を厭われることなく、

 こうして家臣らもまた

 後世に栄誉を示したのである。




○大雅 思齊


文王は具体的に、どう偉大であったのか。武威そのものは犬戎を追い払い切りこそできなかったものの、国内には多くの名士を育て上げた。ならばそれが見事武王の代に開花した、と言うことができそうである。そしてここで注目すべきは「文王は師らしき師もいなかったにもかかわらず正しき振舞いができた、仮に誤っても諫言を得ることなく軌道修正が出来た」であろう。論語にて、孔子はこのような人物を聖人と呼んでおる。実際の文王がどうであったのかはさておき、周という国を拓いた人物の偉大さを称えるにあたり、どこまでもすごいお方であるっぷりをアピールしたかったのであろうことがよく伺える。




■歌は神に祝福される


漢書87.2 揚雄

聽廟中之雍雍,受神人之福祜。歌投頌,吹合雅。其勤若此,故真神之所勞也。


前漢末期、蜀出身の大文人である。漢書にあってひとりで上下巻を埋めるのはただごとではない。そんな彼のものした、成帝の贅沢を戒める「長楊賦」中の一節にて歌われる「神之所勞」が当詩よりの引用のようである。内容はよくわからぬのだが、どうやら文選の賦編に収録はされておるようなので、後日もう少し意味にも踏み込んでみたいものである。




■お前の力がほしいねん


三國志11 管寧 注

夫以姬公之聖,而耇德不降,則鳴鳥弗聞。

『尚書・君奭』曰:「耇造德不降,我則鳴鳥不聞,矧曰其有能格。」鄭玄曰:「耇,老也。造,成也。詩云:『小子有造。』


管寧といえば三国魏の時代に隠者として過ごしたかった人である。が、明帝曹叡が「徳ある老人がいなきゃ周公旦だって鳳凰の鳴き声を聴けなかったじゃないか、予も一緒だ」と『尚書・君奭』を引き、懇願した。そして引用元の「耇造德不降」における「造」字が、当詩「小子有造」における用法、すなわち「見事に成長する」に当てはまる、と鄭玄が解説していた――と、裴松之が解説しておる。何だこの解説の入れ子構造は。殺す気か。




■斉なるをもたらす


検索をかけると、「思いひとしい」と割と混じり合うのが厄介であり、というよりも「思いが等しい」ときの雅語として当詩の題が用いられたりもしたのであろうなと思うと、やや憂鬱にならざるを得ぬ。まぁそこはあえて見ぬふりをし、当詩にて用いられているのと同じような用法で用いられていそうな語を引っ張り上げた。


・三國志5 文德郭皇后

 妾無皇、英釐降之節,又非姜、任思齊之倫,誠不足以假充女君之盛位,處中饋之重任。

・三國志25 楊阜

 誠宜思齊往古聖賢之善治,總觀季世放盪之惡政。

・三國志29 管輅

 仰觀天文則能同妙甘公、石申,俯覽周易則能思齊季主,遊步道術,開神無窮,可謂士英。

・魏書64 張彝

 虞人獻箴規之旨,盤盂著舉動之銘,庶幾見善而思齊,聞惡以自改。




■国を治めるには家庭から

上掲の考え方は、詩経の冒頭よりすでに示されている。すなわち周南關雎が夫婦仲の睦まじさを称える詩であるところより、である。故に国を治める基礎、として、「刑于寡妻」以下は引用されることが多い。しかし、なにせこの字面であるから、当詩を読むまで、「夫の罪で妻まで罰される」的な意味合いの引用とばかり思っていたのだが。ちなみに、字面より勝手に意味を生み出すふるまいを「望文生義」というらしい。先日教わり、またひとつ世の中の言葉を捻じ曲げる手法を知ったとほくそ笑んでおる。


・左伝 僖公19-7

『詩』曰:『刑于寡妻,至于兄弟,以御于家邦。』今君德無乃猶有所闕,而以伐人,若之何?

・後漢書41 鍾離意

 意封還記,入言於太守曰:「『春秋』先內後外,『詩』云『刑於寡妻,以禦於家邦』,明政化之本,由近及遠。

・三國志19 曹植

 及周之文王亦崇厥化,其詩曰:『刑於寡妻,至於兄弟,以御於家邦。』是以雍雍穆穆。風人詠之。

・三國志22 陳羣

 詩稱『儀刑文王,萬邦作孚』;又曰『刑於寡妻,至於兄弟,以御於家邦』。道自近始,而化洽於天下。

・三國志25 楊阜

 成湯遭旱,歸咎責己;周文刑於寡妻,以御家邦

・三國志50 評

 評曰:『易』稱「正家而天下定」。『詩』云:「刑於寡妻,至於兄弟,以御於家邦」。誠哉,是言也!

・魏書5 拓跋濬

 夫聖人之教,自近及遠。是以周文刑於寡妻,至于兄弟,以御家邦。




■美しき徳望の音


徽音、という言葉は、いわば国を治めるに足る徳を持つものより鳴り響く音、と介せよう。ただ、引用のされ方よりすると、原則としては皇后としての徳を示すようである。となると詩歌にて用いられておる箇所でも、皇后の徳に絡む内容が歌われておるのであろうかな。


・後漢10.2 獻帝伏皇后

 既無任、姒徽音之美,又乏謹身養己之福,而陰懷妒害,苞藏禍心,弗可以承天命,奉祖宗。

・後漢59 張衡

 玩陰陽之變化兮,詠雅、頌之徽音。

・晋書22 楽上

 徽音穆清風,高義邈不追。

・晋書23 楽下、宋書20 楽二

 化若風行,時猶草偃。雖曰登遐,徽音彌闡。

・晋書31 武元楊皇后

 宜嗣徽音,繼序無荒。

・晋書31 左貴嬪

 昔有莘適殷,姜姒歸周,宣德中闈,徽音永流。

 行周六親,徽音顯揚。顯揚伊何?京室是臧。

・晋書32 元敬虞皇后

 悼妃夙徂,徽音潛翳,御于家邦,靡所儀刑,陰教有虧,用傷于懷。

・晋書32 簡文宣鄭太后

 會稽太妃文母之德,徽音有融,誕載聖明,光延于晉。

・晋書32 孝武文李太后

 皇太妃純德光大、休祐攸鍾、啟嘉祚於聖明、嗣徽音于上列。

・晋書32 孝武定王皇后

 臣等參議,可以配德乾元,恭承宗廟,徽音六宮,母儀天下。

・晋書32 安僖王皇后

 義熙八年崩于徽音殿,時年二十九,葬休平陵。

・晋書75 評

 咸能克著徽音,保其榮秩,美矣!

・晋書90 序

 斯並惇史播其徽音,良能以為准的。

・晋書92 袁宏

 進能徽音,退不失德。六合紛紜,人心將變。

・晋書96 評

 聳清漢之喬葉,有裕徽音

・宋書18 符瑞中

 元嘉二十八年二月壬午,甘露降徽音殿前果樹。

・宋書20 楽二

 鑠矣皇祖,帝度其心。永言配命,播茲徽音。

・宋書41 序

 徽音房帥,置一人。/徽音監帥,置一人。

・宋書41 武帝張夫人

 伏惟夫人德並坤元,徽音光劭,發祥兆慶,誕啟聖明。

・宋書41 文帝袁皇后

 從后昔所住徽音殿前度。

・宋書41 文帝路淑媛

 臣聞曆集周邦,徽音克嗣,氣淳漢國,沙麓發祥。

・宋書41 明帝陳貴妃

 伏惟貴妃含和日晷,表淑星樞,徽音峻古,柔光照世,

・魏書16 拓跋叉

 是後,肅宗徙御徽音殿,叉亦入居殿右。

・魏書60 程駿

 徽音一振,聲教四塞。豈惟京甸,化播萬國。

・魏書72 陽固

 播仁聲於終古兮,流不朽之徽音。




毛詩正義

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