巧言(引用6:乱政批判)

巧言こうげん



悠悠昊天ゆうゆうこうてん 曰父母且えつふぼしょ

無罪無辜むざいむこ 亂如此憮らんじょしぶ

昊天已威こうてんいい 予慎無罪よしんむざい

昊天泰憮こうてんたいぶ 予慎無辜よしんむこ

 広大な天は民の父母と呼ぶべきもの。

 しかし今展は罪なき者に罰を課す。

 罪なくして暴威を被り、

 咎なくして災禍を被る。


亂之初生らんししょしょう 僭始既涵せんしきかん

亂之又生らんしきせい 君子信讒くんししんざん

君子如怒くんしじょど 亂庶遄沮らんしょずいそ

君子如祉くんしじょし 亂庶遄已らんしょずいい

 このような乱政は、讒言に端を発する。

 そのような乱政を受け、

 王は更に讒言を信じ込む。

 もし王が讒言に怒り、退ければ、

 乱はそこで収まったであろうに。

 王が賢人の言葉を受け入れれば、

 乱は早々に収まったであろうに。


君子屢盟くんしるいめい 亂是用長らんぜようちょう

君子信盜くんししんとう 亂是用暴らんぜようぼう

盜言孔甘こうげんこうかん 亂是用餤らんぜようたん

匪其止共ひげんしきょう 維王之邛いおうしきょう

 王はころころと盟約をなし、

 それによって乱は甚だしくなる。

 王が盗人を信じるせいで、

 国の乱れはますます甚だしい。

 盗人どもの甘言は、乱に餌を与える。

 奴らが己の利益の増進を

 止めることはない。

 王にとっての禍である。


奕奕寢廟えきえきしんびょう 君子作之くんしさくし

秩秩大猷ちつちつだいゆう 聖人莫之せいじんばくし

他人有心たじんゆうしん 予忖度之よそんたくし

躍躍毚兔てきてきさんと 遇犬獲之ぐうけんかくし

 輝かしき朝廷の宮殿は、

 偉大なる先王のお建てになったもの。

 秩序あるご政道は、

 過去の聖人が定めてきたもの。

 しかしそれを恣にする盗人がいる。

 奴らのあさましき心、

 気付かずにおれようか。

 小ずるい兎が跳ね回ったところで、

 猟犬に遇えば捕らわれるのが落ち。

 奴らとて、いつまでも

 のさばっておれようか。


荏染柔木じんせんじゅうぼく 君子樹之くんしじゅし

往來行言おうらいぎょうげん 心焉數之しんえんすうし

蛇蛇碩言いいせきげん 出自口矣しゅつじこういー

巧言如簧こうげんじょこう 顏之厚矣がんしこういー

 なよなよとした木を王が植える。

 かの阿諛追従の徒のようではないか。

 かの小人どもは今日も王が喜ぶ

 諂いの言葉を探るのだろう。

 偉そうな大言壮語が、

 その口から飛び出てくる。

 それっぽい話を甲高い声でなす、

 その面の皮のなんと厚きこと。


彼何人斯かかじんき 居河之麋きょかしび

無拳無勇むけんむゆう 職為亂階しょくいらんかい

既微且尰きびしょしょう 爾勇伊何じゆういか

為猶將多いしゅうしょうた 爾居徒幾何じきょといくか

 奴らはどの面を提げて

 この黄河のほとりにおれるのだ。

 力も勇気も持たぬくせに、

 せっせと乱政を積み上げる。

 その足は腫れ、ただれている。

 貴様の言う勇気とは何ほどか?

 まもなく王も正しい道に戻られ、

 多くの政策を展開されよう。

 その時、お前たちに居場所が

 残されるはずもなかろうとも。



 

○小雅 巧言


幽王を批判する詩、とのことであるが、それでも詩人は未来に希望を抱いているようにも思える。実際のところ幽王は殺され、西周はここに滅びるのであるが。こうして一通り読んでみると、巧言令色鮮し仁の語句は、当詩よりかなりのインスパイアを受けているのだなと実感する。となれば、史書中に見える「巧言」句も、当詩を淵源と見なすのが良いのやもしれぬ。




■その注意味ある?


三國志7 呂布 裴注

然卓性剛而褊,忿不思難,嘗小失意,拔手戟擲布。布拳捷避之,為卓顧謝,卓意亦解。(詩曰:「無拳無勇,職為亂階。」注:「拳,力也。」)


董卓に仕えていた時代の呂布のエピソード。董卓のご機嫌を損ねた時に小さなナイフを投げつけられたが、呂布はこぶしとその素早さで回避した。裴松之はなぜかそこで当詩を引用しておる。呂布は「拳」でもって乱をなしておらぬか?




■陛下を唆した奴がいんじゃねーの


三國志8 公孫淵 裴注

就或佞邪,盜言孔甘,猶當清覽,憎而知善;讒巧似直,惑亂聖聽,尚望文告,使知所由。


三国志バトルマップの東北部に君臨することとなる遼東の公孫氏。魏の明帝は毌丘倹を派遣して討とうとしたのだが失敗、これに対して公孫淵が非難の声明を挙げた際の一節である。前段で忠心を尽くしても責めを追われる小弁の句を引用した後、当段ではさらに当詩の句を引用し、陛下周辺のクソどもがささやきかけたろ、と指弾するのである。




■孫権クソですわ


三國志47 孫権 裴注

邪辟之態,巧言如流,雖重驛累使,發遣禁等,內包隗囂顧望之姦,外欲緩誅,支仰蜀賊。


魏の臣下らが孫権の降伏なぞフェイクです、と奏上した一節である。そのこびへつらう巧言は流れるかのようでも、その裏では光武帝期の群雄隗囂のごとき野心を抱いておりますぞ、と語ったのである。




■洛陽にクソどもがいる


晋書42 王濬

聞遣人在洛中、專共交構、盜言孔甘、疑惑觀聽。


王濬は晋が呉を討伐した時、都の建業に一番乗りを果たしている。これを出し抜かれたと憤った他将らが「王濬が建業で狼藉放題している」と讒言、これに憤った王濬が反論の上書をしたためた。そのうちの一節である。他将らの言葉は当詩で言う「盗人の甘言」にも等しきものである、疑うべきだ、と訴えたのである。誰の言葉が正しいかわからぬが、晋の呉討伐軍のコンビネーションが最悪であったらしいことはよくわかる。




■今の字はおかしい


魏書91 江式

乃曰追來為歸,巧言為辯,小兔為䨲,神虫為蠶,如斯甚眾,皆不合孔氏古書、史籕大篆、許氏說文、石經三字也。


陳留濟陽人とのことなので、劉宋で貴顕となっていた江夷とは同系の人物と言うことになる。彼は書家として名を馳せており、北魏後期の書式がいろいろダメになっていることを切々と訴えておる、ようである。




■巧言令色鮮し仁


魏書93 恩倖序

夫令色巧言,矯情飾貌,邀眄睞之利,射咳唾之私,此蓋苟進之常也。


恩倖の冒頭の一句である。恩倖は巧言令色で周辺にいい顔をし、唾を飛ばしてぺちゃくちゃと話し、分不相応な地位につくのが常である、と言った感じであろうか。




毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E4%BA%8C#%E3%80%8A%E5%B7%A7%E8%A8%80%E3%80%8B

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