小弁(引用38:追い詰められた臣下)

小弁しょうべん



弁彼鸒斯べんかよし 歸飛提提きひたいたい

民莫不穀みんばくふこく 我獨于罹がどくうら

何辜于天かこうてん 我罪伊何がざいいか

心之憂矣しんしゆういー 云如之何うんじょしか

 ゼンジョウガラス達は楽しそうに飛ぶ。

 しかるに民に幸福はなく、

 私もひとり憂悶にふける。

 なぜ天に罪を問われているのか?

 いったい私の罪とは?

 この心の憂い、どうしたものか。


踧踧周道てきてきしゅうどう 鞫為茂草きくいもそう

我心憂傷がしんゆうしょう 惄焉如擣できえんじょとう

假寐永嘆かびえいたん 維憂用老いゆうようろう

心之憂矣しんしゆういー 疢如疾首ちんじょしつしゅ

 広く平らかなるはずの周の道には、

 いま草花がぼうぼうとなっている。

 我が心の憂いは、

 何かに殴りつけられたかのよう。

 うたた寝の合間にも嘆息は尽きず、

 老いさらばえてゆくかのようである。

 我が心の憂いは、

 ぎりぎりと頭を締め付けるかのよう。


維桑與梓いそうよこう 必恭敬止ひつきょうけいし

靡瞻匪父びせんひふ 靡依匪母びいひぼ

不屬于毛ふしょくうもう 不離于裹ふりうり

天之生我てんしせいが 我辰安在がしんあんじゅう

 桑と梓とを見かけたら

 必ず立ち止まり、敬う。

 それを見るに父の事を思わざるなく、

 それに親しむに母を思わざるはない。

 毛髪の一本とて父に属すもの。

 母胎からは離れられぬ。

 そのはずなのに、父母より

 離れ離れとなり、久しい。

 天の我を産み落としたるに、

 我が安住の時を、いつとお考えか。


菀彼柳斯うつかりゅうき 鳴蜩嘒嘒めいちょうけいけい

有漼者淵ゆうさいしゃえん 萑葦淠淠へいへい

譬彼舟流へきかせんりゅう 不知所屆ふちしょかい

心之憂矣しんしゆういー 不遑假寐ふこうかび

 葉のしげるヤナギの木陰で、

 セミたちがしきりに鳴く。

 深い淵の傍に、ヨシやアシが生える。

 それぞれがいるべき場を

 定めているにもかかわらず、

 私は船に乗り、流れのまにまに

 さまようかのよう。

 行きつく先は、いずこなのか。

 心の憂いが、まともなうたた寝をも

 許してくれぬ。


鹿斯之奔かししほん 維足伎伎いそくきき

雉之朝雊ちしゆうこう 尚求其雌しょうきゅうきし

譬彼壞木へきかかいぼく 疾用無枝しつようむし

心之憂矣しんしゆういー 寧莫之知ねいばくしち

 シカは素早く走るが、

 友のそばでは歩調を緩める。

 キジは甲高く鳴くが、

 それはつがいを求めてのもの。

 対する私は枯れ木のようなもの。

 その枝葉を用いようにも、

 衰えてしまい、用をなさぬ。

 ああ、この心の憂いを、

 いったい誰が知り得ようか。

 

相彼投兔そうかとうう 尚或先之しょういくせんし

行有死人ぎょうゆうしじん 尚或墐之しょういくきんし

君子秉心くんしへいしん 維其忍之いきにんし

心之憂矣しんしゆういー 涕既隕之ていきいんし

 人を恐れて逃げてきたウサギには、

 先に進ませてやるものだろうに。

 道に死人がおれば、

 それを埋めてやるくらいはしように。

 王の我に対する普段の振る舞いを、

 我はじっと耐え忍ぶ。

 心の憂いのあまり、

 ついには涙が地を打つ。


君子信讒くんししんざん 如或醻之じょいくしゅうし

君子不惠くんしふけい 不舒究之ふじょきゅうし

伐木掎矣ばつぼくきいー 析薪杝矣せきしんちいー

舍彼有罪しゃかゆうざい 予之佗矣よしたいー

 王が讒言を鵜呑みになさること、

 まるで酌を受けられるかのよう。

 我に恵みを与えぬことに対し、

 何の疑問も差し挟まぬ。

 大木を切り倒すときには

 倒れる方向を調整して、ほかの木を

 傷つけぬようするであろうに。

 薪を切り出すにも、

 木目に沿って割るものであろうに。

 罪びとはほかにもおろうに、

 何故かその罪を我に押し付ける。


莫高匪山ばくこうひざん 莫浚匪泉ばくしゅんひせん

君子無易由言くんしむえきゆうげん 耳屬于垣じしょくうえん

無逝我梁むせいがりょう 無發我笱むはつがこう

我躬不閱がきゅうふえつ 遑恤我後こうじゅつがご

 高くないところは山でなく、

 深くないところは泉ではない。

 王よ、言葉は慎重に選ばれよ。

 壁には耳が張り付いているもの。

 私の通した梁に近付くな。

 私の編んだ魚籠を使ってくれるな。

 いや、もはやそれらも私には

 あずかり知らぬものなのだが。

 今更それらを惜しんで、何の益があろう。




○小雅 小弁


王に久しくお見限りとなった臣下の嘆きとも見れるが、見方によっては後宮で相手にされなくなった妃のひとりの悲しみともとれよう。なお最終連の語句は邶風谷風に同様のものが見える。しかし詩序は相変わらず幽王を叩きたいようである。まぁ、幽王は最悪の王であるからな。仕方ないな。




■誠心誠意仕えるのムダ


三國志8 公孫淵 裴注

盡忠竭節,還被患禍。小弁之作,離騷之興,皆由此也。


何やらくそ長い嘆願書の中の一節である。内容はよくわからぬが、懸命に仕えたらかえって災いを被るなど、まるで当詩が語ったり、あるいは楚辞にある屈原の「離騷」が語るようなクソな状況ではありませんか、と訴えておる。




■いや先に死人をおもんばかれや


晋書59 司馬穎

昔周王葬枯骨,故『詩』「行有死人,尚或墐之」。


司馬穎が司馬冏を排除した直後、飢饉に苦しむ住民に食料をふるまおう、と言い出した。それに対し配下の盧志が言うのである。いや先に死体処理しろや、周王はだってそうしたろ、と当詩を引き訴えたのである。




■おらが国の現況がクソ


魏書19中 元雲 子元順

鴟鴞悲其室,採葛懼其懷。小弁隕其涕,靈均表其哀。


元順が活躍していたのは北魏末期、霊太后が宮中でブイブイ言わせていたころである。豳風鴟鴞、王風采葛、そして当詩。最後のやつは楚辞に登場する屈原のあざなであるから詩経よりの引用ではないが、いずれにせよ臣下が国の政を不安視する詩である。そして彼も最終的には北魏を転覆させた爾朱栄の乱に巻き込まれ、命を落とした。




■「桑梓」は親の愛の象徴

クワはカイコに絹糸を吐き出させるために必要であり、すなわち母の想いの象徴。アズサは絹糸を巻き取るための器具に用いられるのであり、これは父親の想いの象徴。よってこの二つを合わせて呼ぶことで親の想いを象徴させる、と言う。わからんわそんなん。そしてこの語句を調べたら例によってどっさりと出てまいった。「これはさすがに植物を列挙しただけだろ……」と思しきものも混ざっておるが、敢えてそこは区別せず紹介いたす。後日「実は親のことを思う引用であった」と判明するやもしれぬのでな。


・三國志6 袁紹 裴注

又梁孝王,先帝母弟,墳陵尊顯,松栢桑梓,猶宜恭肅,而操率將校吏士親臨發掘,破棺裸尸,略取金寶,至令聖朝流涕,士民傷懷。

・三國志14 孫資 裴注

足下抱逸羣之才,值舊邦傾覆,主將殷勤,千里延頸,宜崇古賢桑梓之義。

・三國志36 趙雲 裴注

須天下都定,各反桑梓,歸耕本土,乃其宜耳。

・三國志38 許靖 裴注

瞻睎故土桑梓之望也,故復運慈念而勞仁心,重下明詔以發德音,申敕朗等,使重為書與足下等。

・三國志44 蔣琬

巴蜀賢智文武之士多矣,至於足下、諸葛思遠,譬諸草木,吾氣類也。桑梓之敬,古今所敦。

・三國志45 楊戲 裴注

及密至,中山王過縣,欲求芻茭薪蒸,密箋引高祖過沛,賓禮老幼,桑梓之供,一無煩擾,

・晋書14 地理上

世祖武皇帝接千祀之餘,當八堯之禪,先王桑梓,罄宇來歸,斯固可得而言者矣。

・晋書23 楽下

繁舞奇歌無不泰,徘徊桑梓遊天外。

・晋書48 段灼

疾痛增篤,退念桑梓之詩,惟狐死之義,輒取長休,歸近墳墓。

・晋書62 劉琨

伏惟陛下蒙塵于外,越在秦郊,蒸嘗之敬在心,桑梓之思未克。

・晋書72 郭璞

嗟乎!黔黎將湮於異類,桑梓其翦為龍荒乎!

・晋書75 范寧

人各有桑梓,俗自有南北。

・晋書82 徐廣

因辭衰老,乞歸桑梓。

・晋書92 袁宏

子布擅名,遭世方擾。撫翼桑梓,息肩江表。

・晋書98 桓温

實恥帝道皇居仄陋于東南,痛神華桑梓遂埋于戎狄。

・晋書104 石勒上

觀王公有青州之心,桑梓本邦,固人情之所樂,明公獨無幷州之思乎?

・晋書105 石勒下

立桑梓苑于襄國。

・晋書106 石虎上

一同舊族,隨才銓敘,思欲分還桑梓者聽之;其非此等,不得為例。

・晋書107 石虎下

永和三年,季龍親耕藉田于其桑梓苑,其妻杜氏祠先蠶於近郊,遂如襄國謁勒墓。

・晋書114 苻堅上

中州之人,還之桑梓。

・晋書114 苻堅上

且朕此行也,以義舉耳,使流度衣冠之胄,還其墟墳,復其桑梓,止為濟難銓才,不欲窮兵極武。

・晋書129 沮渠蒙遜

何故違離桑梓,受制於人!

・宋書2 武帝中

夫人情滯常,難與慮始,所謂父母之邦以為桑梓者,誠以生焉終焉,敬愛所託耳。

・宋書3 武帝下

彭城桑梓本鄉,加隆攸在,優復之制,宜同豐、沛。

・宋書5 文帝

詔曰:「丹徒桑梓綢繆,大業攸始,踐境永懷,觸感罔極。

・宋書22 楽四

繁舞寄聲無不泰,徘徊桑梓遊天外。

・宋書55 徐廣

息道玄謬荷朝恩,忝宰此邑,乞相隨之官,歸終桑梓,微志獲申,殞沒無恨。

・魏書5 拓跋濬

有流徙者,諭還桑梓。欲市糴他界,為關傍郡,通其交易之路。

・魏書35 崔浩

今居北方,假令山東有變,輕騎南出,燿威桑梓之中,誰知多少?

・魏書42 酈範

桑梓之戀,有懷同德。

・魏書61 畢眾敬

後以篤老,乞還桑梓,朝廷許之。

・魏書88 裴佗

苻堅平河西,東歸桑梓,因居解縣焉。

・魏書94 封津

津世不居桑梓,故不為州鄉所歸。





毛詩正義

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