雨無正(引用35:乱政批判)

雨無正うむせい



浩浩昊天こうこうこうてん 不駿其德ふしゅんきとく

降喪飢饉こうそうききん 斬伐四國ざんばつしこく

昊天疾威こうてんしつい 弗慮弗圖ふつりょふつこく

舍彼有罪しゃかゆうざい 既伏其辜きふくきこ

若此無罪じゃくしむざい 淪胥以鋪りんしょじほ

 大いなる天は、しかし人に徳を与えず、

 悲劇と飢えにて、天下を苦しめる。

 天は民を憐れむべきだというに、

 試練ばかりを押し付け、憐れまない。

 罪深き者への罰を捨て置き、

 罪なき者を次々にとらえている。


周宗既滅そうしゅうきめつ 靡所止戾びしょしれい

正大夫離居しょうたいふりきょ 莫知我勩ばくちがせい

三事大夫さんじたいふ 莫肯夙夜ばくこうしゅくや

邦君諸侯ほうくんしょこう 莫肯朝夕ばくこうちょうせき

庶曰式臧しょじつしょくぞう 覆出為惡ふくしゅついあく

 周は既に滅びたようなもの。

 戻るべき先は失われた。

 士大夫らは逃げ去り、

 この地に留まる私の苦しみを

 知る者はいない。

 大臣や高官たちも夜を徹して

 国を憂うこともなく、

 国公や領主たちもわざわざ出仕して、

 国のために頭を絞ることもない。

 誰か勇気あるものが

 賢人を取り立てて下さいと願えど、

 それは悪しき結果をもたらすだけ。


如何昊天じょかこうてん 辟言不信へきげんふしん

如彼行邁じょかぎょうまい 則靡所臻そくびしょしん

凡百君子ぼんひゃくくんし 各敬爾身かくけいじしん

胡不相畏こふそうい 不畏于天ふいうてん

 ああ、天よ。

 なぜ信ある言葉を遠ざける。

 このまま事が進んでしまえば、

 国の行く末もおぼろとなろう。

 高官、すなわち君子らには、

 身を慎み、政に邁進して頂きたい。

 何故お互いを恐れ慎みあわないのか。

 なぜ天を恐れぬのだ。 


戎成不退じゅうせいふたい 飢成不遂きせいふつい

曾我暬御そうがせつぎょ 憯憯日瘁さんさんじつすい

凡百君子ぼんひゃくくんし 莫肯用訊ばくこうようじん

聽言則答しょうげんそくとう 譖言則退しんげんそくたい

 争乱は起こり、兵は引かぬ。

 人々は飢え、安らぐことはない。

 国の政を任されつつも、実権のない

 私ただ一人が、この事態を憂い、

 苦しんでいる。

 高官、すなわち君子らには、

 諫言を王にしようとする者もおらぬ。

 耳障りの良い言葉のみを拾い上げ、

 気に食わぬ言葉は退ける。


哀哉不能言あいかふのうげん 匪舌是出ひぜつぜしゅつ 維躬是瘁いきゅうぜしょう

哿矣能言がいーのうげん 巧言如流こうげんじょりゅう 俾躬處休ひきゅうしょきゅう

 言葉の上手からざる者の悲しみよ。

 この舌をこれ、出すわけにはゆかぬ。

 出せば結局、憂いに沈む。

 言葉上手きものは良きものよ。

 その流れるがごとき言辞の巧みさ。

 そしてその身を安逸に浸らせるのだ。


維曰于仕いえつうし 孔棘且殆こうきょくしょたい

云不可使うんふかし 得罪于天子とくざいうてんし

亦云可使えきうんかし 怨及朋友おんきゅうほうゆう

 国を良くするため、仕えようとしても、

 これでは身を危うくするばかり。

 しかしお役目を果たさねば、

 天より罰されることとなろう。

 さりとてお役目を果たそうとすれば、

 同僚よりの恨みを買うこととなる。


謂爾遷于王都せいじせんうおうと

曰予未有室家えつよみゆうしつか

鼠思泣血そしきゅうけつ 無言不疾むごんふしつ

昔爾出居せいじしゅつきょ 誰從作爾室すいじゅうさくじしつ

 逃げ出した士大夫たちに、

 都にきて、共に政を正そうと

 呼びかけたところ、彼らはうそぶく。

「そこに私の家がない」と。

 張り裂けそうなこの思いに、

 私は血の涙を流す。

 何も言わねば恨まれるまいが、

 あえて言わずにおれぬのだ。

 では、そなたが都から逃げ落ちた時、

 誰かがそなたに付き従い、

 家を作ってくれたのか、と。




○小雅 雨無正


変雅に載る王政批判の内容は、国風に載るそれよりもはるかに深刻であり、激烈であるな。詩序では引き続き幽王を謗ったものとしておる。幽王に付き従いはしたものの、決してその政を良くは思ってはおらず、むしろどうにか正したいと思いながらも力なく、是正には及ばぬ。そのような中離散していった元同僚たちの無責任ぶりを批判する。責任感の強い人物は概して損をするものであるな。




■ちのなみだをながす

血の涙の語源と思しき表現は、他にも易の『屯』卦の解説における「上六:乘馬班如,泣血漣如。 」や礼記の『檀弓上』に「高子皋之執親之喪也,泣血三年。」などもあるが、まぁ、こちらを出発点とするのが妥当なのであろう。そしてこの手の表現はたくさん出てくる。ではいつもの感じでどうぞ。


・三國志8 陶謙 裴注

昱慘戚消瘠,至目不交睫,握粟出卜,祈禱泣血,鄉黨稱其孝。

・三國志8 公孫淵 裴注

惟育養之厚,念積累之效,悲思不遂,痛切見棄,舉國號咷,拊膺泣血。夫三軍所伐,蠻夷戎狄,驕逸不虔,於是致武,不聞義國反受誅討。

・三國志46 孫策 裴注

謙未卽救,岱憔悴泣血,水漿不入口。

・晋書6 司馬睿

況臣等荷寵三世,位廁鼎司,聞問震惶,精爽飛越,且驚且惋,五情無主,舉哀朔垂,上下泣血

・晋書9 司馬昱

帝時年七歲,號慕泣血,固請服重。

・晋書20 礼中

舒不釋服,訟於上下,泣血露骨,縗裳綴絡,數十年弗得從,以至死亡。

・晋書31 左貴嬪

長含哀而抱戚兮,仰蒼天而泣血。

・晋書33 王祥

高柴泣血三年,夫子謂之愚。

・晋書50 庾純

此愚臣所以自悲自悼,拊心泣血也。

・晋書61 周浚

臣謂今梓宮未反,舊京未清,義夫泣血,士女震動;

・晋書62 劉琨

琨志在復仇,而屈於力弱,泣血屍立,撫慰傷痍,移居陽邑城,以招集亡散。

・晋書62 劉琨

遂使南北顧慮,用愆成舉,臣所以泣血宵吟,扼腕長歎者也。

・晋書67 郗鑒

是以率土怨酷,兆庶泣血,咸願奉辭罰罪,以除元惡。

・晋書70 鍾雅

聖主縞素,泣血臨朝,百僚慘愴,動無歡容。

・晋書88 王延

王延,字延元。西河人也。九歲喪母,泣血三年,幾至滅性。

・晋書88 何琦

及丁母憂,居喪泣血,杖而後起,停柩在殯,為鄰火所逼,煙焰已交,家乏僮使,計無從出,乃匍匐撫棺號哭。

・晋書98 王敦

聞之惶惑,精魂飛散,不覺胸臆摧破,泣血橫流。

・晋書98 桓温

溫時年十五,枕戈泣血,志在復仇。

・晋書117 姚興

而執憲吹毛求疵,忘勞記過,斯先哲所以泣血于當年,微臣所以仰天而灑淚。

・晋書128 慕容超

自亡祖司空世荷燕寵,故泣血秦庭,冀匡禍難。

・宋書1 武帝上

裕等所以叩心泣血,不遑啟處者也。

・宋書8 明帝

朕假寐凝憂,泣血待旦,慮大宋之基,於焉而泯,武、文之業,將墜于淵。

・宋書22 楽四

暴子見陵侮,犯辠以亡形, 丈人為泣血,免戾全其名。

・宋書43 徐羨之

每念人生實難,情事未展,何嘗不顧影慟心,伏枕泣血。

・宋書51 劉義慶

在母憂,毀瘠過禮,今罹父疚,泣血有聞。

・宋書61 劉義恭

陛下忠孝自天,赫然電發,投袂泣血,四海順軌,

・宋書69 范曄

率土叩心,華夷泣血,咸懷亡身之誠,同思糜軀之報。

・宋書77 沈慶之

朕以不天,有生罔二,泣血千里,

・宋書79 文五王 

進不能泣血提戈,忘身徇節;

・宋書84 鄧琬

孝武皇帝釋位泣血,糾義入討,投袂戎首,親戮鯨鯢,九服還輝,兩儀更造。

・宋書84 鄧琬

毒流九縣,釁穢三靈,搢紳戮辱,黔庶塗炭,人神同憤,朝野泣血。

・宋書85 謝荘

賊劭自絕於天,裂冠毀冕,窮弒極逆,開闢未聞,四海泣血,幽明同憤。

・宋書99 劉劭

四海崩心,人神泣血,生民以來,未聞斯禍。

・魏書19下 中山獻武王英 子 熙

臣仰瞻雲闕,泣血而生,以細草不除,將為爛漫,況叉悖逆如此,孰可忍之!

・魏書78 孫紹

泣血上陳,願垂採察。




毛詩正義

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