六月(引用33:蛮族討伐の詩)

六月りくげつ



六月棲棲りくげつせいせい 戎車既飭じゅうしゃきちょう

四牡騤騤しぼきき 載是常服たいぜじょうふく

玁狁孔熾げんいんこうし 我是用急がぜようきゅう

王于出征おううしゅっせい 以匡王國じきょうおうこく

 ざわざわと落ち着かぬ盛夏、六月。

 戦車は整い、馬も意気盛ん。

 軍資も万全に搭載した。

 蛮族の脅威が激しい。

 急遽、討伐せねばならぬ。

 王は出征なさる、国の平和のため。


比物四驪ひぶつしり 閑之維則かんしいそく

維此六月いしりくげつ 既成我服きせいがふく

我服既成がふくきせい 于三十里うさんじゅうり

王于出征おううしゅっせい 以佐天子じさてんし

 馬車を引く四頭は

 力の等しさで選ばれるもの。

 しかし、その馬車を引く馬は

 毛並みもそろっている。

 馬たちも万全に調練し、

 六月、すべての準備が整った。

 いざ、三十里を征かん。

 王は出征なさる、天子を助けるため。


四牡脩廣しぼしゅうこう 其大有顒きだいゆうぎょう

薄伐玁狁はくばつげんいん 以奏膚公じそうふこう

有嚴有翼ゆうげんゆうよく 共武之服きょうぶしふく

共武之服きょうぶしふく 以定王國じていおうこく

 四頭の馬は実に勇壮にして重厚。

 さあ、蛮族を打ち払わん。

 その功績を、公に奉らん。

 厳粛に慎み深く、将軍は武を振るう。

 その武を以て、お国を寧んぜよう。


玁狁匪茹げんいんひじょ 整居焦穫せいきょしょうかく

侵鎬及方しんこうきゅうほう 至于涇陽しうけいよう

織文鳥章しょくぶんちょうしょう 白旆央央はくしおうおう

元戎十乘げんじゅうじゅうじょう 以先啟行じせんけいこう

 蛮族の強さは測りがたく、

 いまや焦穫の地を占拠している。

 そこから鎬や方にも進出し、

 涇水の南にまで及ばんとしている。

 ハヤブサの描かれる旗を翻し、

 十台の戦車を先頭とし、

 王の軍は道を切り開き、進む。


戎車既安じゅうしゃきあん 如輊如軒じょてつじょけん

四牡既佶しぼききつ 既佶且閑ききつしょかん

薄伐玁狁はくばつげんいん 至于大原しうたいげん

文武吉甫ぶんぶきつほ 萬邦為憲ばんほういけん

 戦車は乱れることなく進む。

 兵らは時に高ぶり、

 時に不安に駆られる。

 馬たちは訓練通りに走る。

 取り乱そうとするところもない。

 さあ、いざ蛮族を討たん。

 ついには太原に至る。

 軍を率いるのは、文武に長けた尹吉甫。


吉甫燕喜きつほえんき 既多受祉きたじゅし

來歸自鎬らいきじこう 我行永久がこうえいきゅう

飲御諸友いんぎょしょゆう 炰龞膾鯉ほうべつかいり

侯誰在矣こうせいざいいー 張仲孝友ちょうちゅうこうゆう

 見事蛮族を撃退した尹吉甫。

 戦勝の宴にて、大いに歓喜する。

 鎬にて多くの褒美を受け、

 そして故郷に帰還した。

 なんと長き軍役であったことか。

 友らと飲み食いを交わす。

 包み焼のスッポンや、コイの膾が並ぶ。

 その宴には親に孝、兄弟に友を尽くす、

 君子の張仲の姿もあった。




○小雅 六月


周の宣王が尹吉甫に玁狁討伐を命じた時のことを歌う詩である。見事なまでに叙事詩である。なお当詩の詩序がこれまでの小雅詩を挙げて、「それぞれの詩に語られるメンタリティが失われることにより、どのような事態が引き起こされるのか」を語っている。興味深いので、紹介しておこう。


『鹿鳴』

 →交友の楽しみが失われる。

『四牡』

 →君臣のつながりが失われる。

『皇皇者華』

 →忠義、信義が失われる。

『常棣』

 →兄弟の絆が失われる。

『伐木』

 →友情が失われる。

『天保』

 →天よりの祝福が失われる。

『采薇』

 →征伐による成果が失われる。

『出車』

 →戦わんとする気力が失われる。

『杕杜』

 →統率力が失われる。

『魚麗』

 →諸ルールの拘束力が失われる。

『南陔』

 →孝友の徳が失われる。

『白華』

 →恥じらい、謙譲の心が失われる。

『華黍』

 →富が失われる。

『由庚』

 →世の道理が乱れる。

『南有嘉魚』

 →賢者が地位を失う。

『崇丘』

 →あらゆる物事がうまくゆかなくなる。

『南山有台』

 →国の基盤が揺らぐ。

『由儀』

 →万物より道理が失われる。

『蓼蕭』

 →世に王の恩沢が行き渡らなくなる。

『湛露』

 →王を諸国が見捨てる。

『彤弓』

 →すべての国が衰えゆく。

『菁菁者莪』

 →礼、儀式が失われる。

これらすべてが廃された時、四方より蛮族の侵攻を受け、ついに国々は千々に乱れるであろう、とする。……五胡十六国時代のことかな?




■公役長くてつらいねん


三國志11 邴原裴注

頃知來至,近在三山。詩不云乎,『來歸自鎬,我行永久』。


邴原は孔融のもとで働いていた時、その手腕を激賞されていた。が、邴原自身は孔融のことを軽蔑していた。なので孔融のもとを離れ隠棲しようとしたのだが、そこに改めて孔融から慰留の手紙が届く。微妙に意味合いも拾い切れぬのだが、邴原を尹吉甫になぞらえておるのであろうか。ちなみに邴原はその手紙をシカトして撤収している。




■マジ蛮族ファック


三國志30 序

『書』載「蠻夷猾夏」,『詩』稱「玁狁孔熾」,久矣其爲中國患也。


三國志30巻は、いわゆる蛮族伝。その冒頭がこの言葉で始まる。書経では「蛮夷が夏の地を荒らす」と書かれ、そして当詩では「玁狁が勢力を増大させている」と記し、この者らが中原を脅かしてきた、と語るのである。




■元帝陛下も、晩節がねぇ……


晋書6 元帝 評

中宗失馭強臣,自亡齊斧,兩京胡羯,風埃相望。雖復『六月』之駕無聞,而『鴻雁』之歌方遠,享國無幾,哀哉!


東晋を興した元帝司馬睿は、いわば中興の祖である。しかしその手腕は琅邪王氏に頼りきりであり、その権勢をどうにかしようとしたところ琅邪の王敦に反乱を受け、屈服させられ、失意のうちに死んだ。当詩に語られる成果もあげられない、さりとて小雅鴻雁に語られるようなメンタリティも守り切れなかった、とするのであろうか。なんにせよおしまいが悲しき皇帝である、とは認識されておるようである。




■おい蛮族●すゾ☆


世説新語 排調41

習鑿齒孫興公未相識。同在桓公坐。桓語孫:「可與習參軍共語。」孫云:「蠢爾蠻荊敢與大邦為讐。」習云:「薄伐獫狁至于太原。」


東晋時代、桓温の宴席にて、ふたりの文人、荊州人の習鑿齒と太原人の孫綽とが出会った。すると桓温、この二人にラップバトルを強要。先手の孫綽が小雅・采芑を引き「おい蠢く荊州のクソ、お国にかみつくんじゃねーぞ」と語れば、後手の習鑿齒も当詩を引用し「うるせー太原のクソが●すぞ」と返す。詩経を引用してやり取りするというみやびやか極まりないふるまいなのであるが、その内容たるやガキのケンカである。大丈夫かこ奴ら。



■元戎十乘! 以先啟行!

曹操に与えられた詔勅にて用いられた、上掲句よりの援用たる「首啟戎行」句が、晋の時代に勇ましい武将の振る舞いを表現する慣用句化しておったようである。ぱっと見でもバリバリに武勲を挙げた武将ばかりである。が、その後あっさり廃れたくさい。ただし、後半の語句たる「戎行」という言葉は息が長い。まぁ最終的には素直に「啟行」を用いたほうがいいよね、となったようであるが。


・三國志1 曹操

君則攝進,首啟戎行,此君之忠于本朝也。

・晋書42 唐彬

頃者征討,扶疾奉命,首啟戎行,獻俘授馘,勳效顯著。

・晋書61 苟晞

晞雖不武,首啟戎行,秣馬裹糧,以俟方鎮。

・晋書62 劉琨

臣當首啟戎行,身先士卒。

・晋書67 温嶠

至於首啟戎行,不敢有辭,僕與仁公當如常山之蛇,首尾相衛,又脣齒之喻也。



・三國志34 劉璿 裴注

永和三年討李勢,盛參戎行,見玄於成都也。

・三國志48 評 裴注

・晋書54 陸機

拔呂蒙於戎行,識潘濬於係虜。

・三國志54 魯肅 裴注

委以腹心,遂荷榮任,統御兵馬,志執鞭弭,自效戎行。

・晋書2 司馬昭

孫壹構隙,自相疑阻,幽鑒遠照,奇策洞微,遠人歸命,作籓南夏,爰授銳卒,畢力戎行。

・晋書66 陶侃

侃以忠臣之節,義無退顧,被堅執銳,身當戎行,將士奮擊,莫不用命。

・晋書114 苻堅下

正以方難未夷,軍機權速,庶竭命戎行

・宋書59 張暢

受任戎行,不齎樂具。

・魏書18 廣陽王拓跋建 曾孫元深

昔在軍中,妄增首級,矯亂戎行,蠹害軍府,獲罪有司,避命山澤。

・魏書53 李孝伯

我戎行一夫,何足致問。然足與君相敵。

・魏書97 島夷劉裕 子義隆

南兗及青、冀、兗、豫三五簡發,以配戎行;


・三国志43 呂凱 

 伏惟將軍世受漢思,以為當躬聚黨眾,率先啟行,上以報國家,下不負先人,書功竹帛,遺名千載。

・三国志48 評 裴注

・晋書54 陸機

 雖有銳師百萬,啟行不過千夫;

・晋書51 摯虞

 且啟行于重陽兮,奄稅駕乎少儀。

・晋書55 潘岳

 砲石雷駭,激矢虻飛,以先啟行,耀我皇威。

・晋書108 裴嶷

 嶷首定名分,為群士啟行。

・晋書114 苻堅下

 略計兵杖精卒,可有九十七萬,吾將躬先啟行,薄伐南裔,于諸卿意何如?

・宋書18 礼五

 大駕鹵簿,最先啟行。

・宋書20 楽四

 乘輿啟行,鸞鳴幽軋。

・宋書72 文九王

 往歲授鉞南討,本非才命,啟行濃湖

・宋書74 臧質

 今奉旨前邁,星言啟行。

・魏書2 拓跋珪

 左軍將軍李栗五萬騎先驅啟行。

・魏書100 百済

 今若不從詔旨,則卿之來謀,載協朕意,元戎啟行,將不云遠。




毛詩正義

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