渭陽(引用7:母方の親族を思う)
叔父ぎみを送り、渭水の北に。
なにを送ろうか、
車と黄毛の馬としよう。
叔父ぎみを送って、思いを遥かす。
なにを送ろうか、
宝玉の帯びものを。
○国風 秦風 渭陽
この詩を読むうえでは、叔父を大切にしたい、という思いしか伝わってこぬ。ではセンセー、お願いいたします。
○儒家センセー のたまわく
当詩は秦の康公が母を想ったものである! ここで康公が見送った叔父とは、のちに春秋五覇に一人となる晋の文公! 夭折した康公の母は、文公にそっくりであったという! 晋の動乱により姉の嫁ぎ先に亡命しておった文公が、いよいよ晋の動乱を収めんがため晋に向かおうとした時、康公がその見送りに出る際、改めて母のことを思い出し、どうか叔父にも無事であってほしい、と贈り物をなした! 孝子の母方の親族を思うこと、かくのごとくあらねばならぬ!
■武帝のママは偉大
晋書31 文明王皇后
每惟聖善,敦睦遺旨,渭陽之感,永懷靡及。
晋武帝の母、王氏が崩じた時の武帝よりの言葉の一節。彼女が上の親族を常に敬っていたことを引き合いに出し、その聖善なる所は、まさに当詩に歌われているがごとき徳をずっと内に秘めていたがゆえである、とするのである。
■恵帝、楊駿を偲ぶ
晋書40 楊駿伝
舅氏失道,宗族隕墜,渭陽之思,孔懷感傷。其以{艸務}亭侯楊超爲奉朝請、騎都尉,以慰『蓼莪』之思焉。
西晋恵帝の母は楊駿の姪であった。その関係で楊駿は宮中で幅を利かせたのだが、それがたたり賈南風に殺された。なので「大おじさんの死が悲しい」と恵帝に言わせているわけである。殺したのアンタの奥さんですけどね! そして、同族の楊超を取り立て奉朝請・騎都尉とし、これにて小雅・蓼莪にある「父母に孝行し切れなかった悲しみ」を収めるように、と説くのである。
■おじさんブチギレる
・晋書79 謝萬伝 孫謝絢
曾於公坐戲調,無禮于其舅袁湛。湛甚不堪之,謂曰:「汝父昔已輕舅,汝今復來加我,可謂世無渭陽情也。」
・宋書52 袁湛
陳郡謝重,王胡之外孫,於諸舅禮敬多闕。重子絢,湛之甥也,嘗於公座陵湛,湛正色謂曰:「汝便是兩世無渭陽之情。」絢有愧色。
宋で貴族としての存在感を確立させていた陳郡の袁湛は、謝氏に嫁いだ姉妹の息子、謝絢が親族に対して甚だしく礼を欠いていることに怒りを抱いていた。そしてついに公的な場で「そなたに渭陽の情は望めぬようだな!」と一喝。これにより謝絢は恥じ入ったそうである。ただし恥じ入ったとはあってもその後の行状が改まったかどうかまでは書かれていない。
■陛下外戚ちやほやしない方がいいっすよ
晋書109 慕容皝
陛下深敦渭陽,冰等自宜引領。
後に前燕の王となる鮮卑の慕容皝は、はじめ東晋に対し服属し、連携して後趙の石虎を討たんとする姿勢を示していた。その時期の東晋は宰相にして外戚の庾亮が死亡、その弟たる庾冰が中央で権勢を握っていた。そんな中央の体勢に対して慕容皝が苦言の手紙を送ったのである。「いや陛下が渭陽の情を大切になさるのはわかるんですが、そのせいで庾冰の野郎が我が物顔で振る舞ってんじゃねーですか」というわけである。
■クソガキ感謝しろや
晋書49 羊曼伝 弟羊聃
今便原聃生命,以慰太妃渭陽之思。
兗州八伯と称される東晋初期の名士グループの一人に数えられる羊曼であったが、その弟の羊聃はクソアンドクソアンドクソであり、多くの犯罪行為にも手を染めていた。時の大臣らも「こいつは殺すべき、慈悲はない」モードであったのだが、なぜか多くの后妃らが彼の助命を嘆願、最終的に処罰は追放で済んだ。時の晋帝は羊聃に対し、「お前は后妃らの渭陽の想いゆえに生かされたんだぞ、そのことを噛みしめろ」と言い置いている。なお羊聃は間もなく死亡した。
■宮殿の名前は
世説新語 言語13
魏明帝為外祖母築館於甄氏。既成,自行視,謂左右曰:「館當以何為名?」侍中繆襲曰:「陛下聖思齊於哲王;罔極過於曾、閔。此館之興,情鍾舅氏,宜以『渭陽』為名。」
魏の明帝が母方の祖母のための宮殿を建てた。いつものアレである。さてこの宮殿に何と名を付けようか、と考えた時に繆襲という人物が「陛下のその徳高いおん振る舞いからすれば、舅氏への想いを顕彰し、渭陽となさるのが良いでしょう!」と言った、という。ようはおべんちゃらである。高堂隆もさぞこの手の存在には頭を痛めておったろうな。
毛詩正義
https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%85%AD#%E3%80%8A%E6%B8%AD%E9%99%BD%E3%80%8B
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