◎崔浩コラム⑦ 孔センセーさぁ……
ごきげんよう、崔浩である。
詩経について、孔センセー言行録、
すなわち『論語』には、
以下のようなコメントが残っておる。
詩三百 一言以蔽之 曰思無邪
詩経三百余首。
一口に言い表せば、
読んでいて、邪念が取り払われる。
(論語2 為政2)
孔センセーは箇所箇所でも、
まずは詩だ、詩を覚えろ、
そう仰っておられる。
なるほど、詩経とは素晴らしいのだな!
だが、そのまま論語を読み進めると、
突然仰るのである。
「なお
……んぅ?
○論語15 衛霊公11
顏淵問為邦
子曰
行夏之時 乘殷之輅
服周之冕 樂則韶舞
センセーは仰る。
儀礼は
流す音楽は『
(韶は,
良く、美しい、そうである)
放鄭聲 遠佞人
鄭聲淫 佞人殆
その上で鄭の音楽は退け、
佞人は遠ざけよ。
鄭の音楽はいかがわしく、
佞人はリスクを招くからである。
句形を切り替えているのが面白いな。
「よきこと」を四字句で語り、
「よからぬこと」で字数を削る。
ついでに言えばスピード感も出る。
昔ながらのしきたりを素朴に守りつつ、
浮わついたものには手を出さぬ。
このとき「鄭の歌」が、
浮わついたものの代表。
なるほど?
更に論語は、別の箇所でも
鄭の歌をくさす。
○論語17 陽貨18
子曰惡紫之奪朱也
惡鄭聲之亂雅樂也
惡利口之覆邦家者
孔センセーは仰る。紫が、
朱色になり代わるのが許せぬ、と。
鄭の歌が由緒正しき音楽を
乱すのが許せぬ、と。
口さがない者が国家を
転覆させるのが許せぬ、と。
後世に紫は至尊の色とされておるが、
ここでは朱色を殺す色、とされておる。
むしろ孔子が紫を指弾しておるのに
後に至尊の色となるのには、
その経過を調べたくも思うのだが、
それはさておき。
雅楽、すなわち美しき音楽を、
古来より伝わる音楽の伝統を、
鄭の音楽は揺さぶり、乱す。
それが許せぬ、と仰っておる。
それは巧言令色を操るものが、
国家を転覆させうるレベルでクソだ、
そう、孔センセーは語っておられる。
うーん
……この辺りで、
そろそろ叫ばせていただきたい。
詩経国風って、各国の詩を
集めたものですよねぇええええぇえ?
孔センセー、国風を含めた
合計三百の詩で心がスキッとする、
そうおっしゃってましたよねぇえええ?
○どう取り扱うべきやら?
一応先に書いておこう。論語で語るのは
鄭の「声」であり、詩そのものではない。
おっ、つまり詩経にあるやつには、
やっぱり「邪なし」なんですねっ!?
この議論、後世の人々も論じておる。
明の「
子何獨以鄭聲為當放哉? 其説是否曰:「鄭詩、非鄭聲也。鄭聲、非鄭俗也。」孔子云:「惡鄭聲之亂雅樂。」夫鄭聲者鄭之樂也、鄭聲雅樂、皆言其音、非指其詞。雅為古調鄭乃新聲、人多悦之。悦之、故能亂雅。
いや「鄭声」は別に
「鄭の詩」のことでも
「鄭の習俗」のことでもないでしょ、
ただそのメロディラインがエロいだけ!
鄭声は新しくて、エロい!
そいつが雅楽、つまり
乱しかねないから排除しろ、
孔センセーはそう仰ってるんだよ!
……以上が、上記の大意である。
一方で、こう論ずるものもあった。
「いや音楽がエロけりゃ
当然詩だってエロくなんだろ」
……申し訳ない、こちらについては
どこに記される言葉であったかを
掘り出し切れぬ。
もっとも、ここで我々には
強敵が立ちふさがるのだがな。
そう、「焚書坑儒」である。
すなわち、現状鄭聲と詩経鄭風が
イコールで結び付けられるだけの史料は
現存しておらぬ。
一方で、イコールで結びつけることが叶わぬと
証明しうる史料もまた、ない。
○結論? ないよ?
以上で、何が言いたいか。
「論語のテキストで
鄭風を否定してたら面白いよね☆」
である。
それを裏付けられるテキストは、ない。
いわゆる史学的アプローチに立てば、
ざっと参照しうるテキストより、
「孔子が鄭風を嫌っていた」と、
はっきり証明できるものはない。
だが、仮にそれが真であれば、「面白い」。
「確かに立証しうるもの」
に従うのは、大切なことである。
が、一方で「自由に遊ぶ」のも、
また軽んずべからざる振る舞いであろう。
中国史研究の大家である、
宮崎市定も言っておる。
(九品官人法の研究 はしがきより)
「考証は……一段の飛躍が要求される」
略された部分にはまるのが
「ある所までいったならば、後は」
であり、またこの大家の述べる「ある所」が、
作者の如き無学者からすれば
はるか霞の彼方のお話なのは、
まぁ、詮無き話である。
では、また。
○謝辞
本コラムは、「くらすあてね」様よりのご教示をもとに作者が独自に調査、執筆いたしました。
https://twitter.com/qullasathens/status/1323837473949065216
「くらすあてね」氏に改めての感謝を申し上げるとともに、当コラムにおける文責はすべて作者浪間丿乀斎が負うものであります。
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