氓(引用1:夫の無体/衛宣公の乱倫を批判)

ぼう



氓之蚩蚩ぼうししゅうしゅう 抱布貿絲ほうふりゅうし

匪來貿絲ひらいりゅうし 來即我謀らいそくがぼう

送子涉淇そうししょうき 至于頓丘しうとんきゅう

匪我愆期ひがえんき 子無良媒しむりょうばい

將子無怒しょうしむど 秋以為期しゅうじいき

 氏素性不明の、しかし実直そうな男。

 布を抱え、絹糸に替えてくれと言う。

 しかし目当ては糸でなく私のよう。

 かれを送って淇水を渡り、頓丘に。

 一緒になりたくないわけではない。

 けど、きっちり仲人は立てたいの。

 ああ、どうか怒らないで。

 秋には必ず一緒になりましょう。


乘彼垝垣じょうがきえん 以望復關じぼうふくかん

不見復關ふけんふくかん 泣涕漣漣りゅうていれんれん

既見復關きけんふくかん 載笑載言わいしょうさいげん

爾卜爾筮じぼくじふ 體無咎言たいむきゅうげん

以爾車來いじしゃらい 以我賄遷いがわいせん

 崩れかけた垣根にのぼり、

 復関のほうを眺める。

 復関にはあの人がいるはず、

 けれど見えず、さめざめと泣く。

 彼が来れば共に笑い、話す。

 占いの結果が吉であれば、

 誰が反対できましょう。

 車を曳いてやってきて。

 あなたのもとに旅立ちましょう。


桑之未落そうしみらく 其葉沃若きようよくじゃく

于嗟鳩兮うーさきゅうけい 無食桑葚むしょくそうじん

于嗟女兮うーさにょけい 無與士耽むよしたん

士之耽兮ししたんけい 猶可說也しゅうかせつや 

女之耽兮にょしたんけい 不可說也ふかせつや

 クワの葉は落ちるまで瑞々しい。

 ああ、ハトよ。

 食べ過ぎて酔わぬよう。

 ああ、女よ。

 男におぼれ過ぎぬよう。

 男が色におぼれるのはまだしも、

 女が色におぼれるのは、

 とりかえしがつきませぬ。


桑之落矣そうしらくけい 其黃而隕きおうしいん

自我徂爾じがそじ 三歲食貧さんさいしょくひん

淇水湯湯きすいとうとう 漸車帷裳ぜんしゃいしょう

女也不爽にょやふそう 士貳其行しじきこう

士也罔極しやぼうきょく 二三其德にさんきとく

 クワの葉は黄色くなって落ちる。

 お前のもとに嫁いで以来、

 三年間の貧乏暮らし。

 とうとう淇水を渡り、

 家財道具一式を水に浸し、

 離婚することとなった。

 女は懸命に尽くしたが、

 男は期待を裏切ってばかり。

 なんとだらしのない男。

 二枚舌、三枚舌の男。


三歲為婦さんざいいふ 靡室勞矣みしつろういー

夙興夜寐しゅくこうやび 靡有朝矣びゆうちょういー

言既遂矣けんぎついいー 至于暴矣しうぼういー

兄弟不知けいていふち 咥其笑矣しきしょういー

靜言思之せいげんしし 躬自悼矣しんじとういー

 三年もの間、お前に尽くした。

 どんな家の仕事も厭わなかった。

 早くに起き、遅くに寝、

 けれど寝坊などは絶対にしない。

 そうして暮らしが落ち着いてきても、

 お前はかえって暴力をふるう。

 お前の兄弟は知らん顔。

 それどころか哄笑を浮かべてばかり。

 静かに、我が軽率さを思う。

 なんと私は哀れなのだ。


及爾偕老きゅうじかいろう 老使我怨ろうしがおん

淇則有岸きそくゆうがん 隰則有泮しゅうそくゆうはん

總角之宴そうかくしえん 言笑晏晏げんしょうあんあん

信誓旦旦しんせいたんたん 不思其反ふしきはん

反是不思はんぜふし 亦已焉哉えきいえんや

 お前と共に老いてゆこうと思ったが、

 老いたお前は私に恨みを抱かせた。

 淇水には河岸があり、

 沢にもまた岸がある。

 垂れ髪にて嫁に来た時の宴では

 よく笑い、よく語ったものを。

 決してお互いに背かないという誓いが

 よもやあっさりと裏切られようとは。

 思いもよらぬことであったが、

 今はもうどうしようもなきこと。




〇国風 衛風 氓


邶風谷風と境遇がかなりそっくりであるが、しかしこの夫氏はいったいどうして彼女をターゲットに選んだのであろうな。それにしても、この手の詩を田所米子氏が調理なさったらさぞおいしい血の花が咲きそうである。女の本懐、ナメられたら殺す。




〇儒家センセー のたまわく


衛の宣公の時代の乱倫を非難したものである! 谷風と並び「棄婦怨詩」の代表格として挙げられるが、片や賢婦が棄てられたことの怨みであり、片や騙されてズタボロにされた女の怨みであるところに違いを見出せよう!




■二枚舌の士大夫はサイテーですっ!


三國志巻16 蘇則そそく伝 はい

則旣策名新朝,委質異代,而方懷二心生忿,欲奮爽言,豈大雅君子去就之分哉?詩云:「士也罔極,二三其德。」士之二三,猶喪妃偶,況人臣乎?


蘇則は曹丕そうひかんより禅譲を受けた際、曹植そうしょくと共に漢の滅亡を嘆いたとされる。その後曹丕に対しあれこれと諫言をなしたが、最終的には疎まれ、左遷されている。これに対して東晋とうしん孫盛そんせいは「漢のために哭いたのではなかったのか。なのに曹丕に対して、直言だのなんだのをしたところで、君子の振る舞いとは言えまい。“たとえ士であっても、だらしのない、二枚舌、三枚舌の男”であれば、妻を失う。ただの人臣に過ぎぬ身であればなおさら信義を失おう」、と糾弾している。

まぁ、なんだ。国が安定している時代の士大夫様の仰ることは違うな……。




■他にもいっぱいあるが略


本当にいっぱいある。だがどれも「民」をこの字に置き換えている、というやつである。三国志で一箇所、晋書で四ヶ所、宋書で二十二ヶ所。ニコニコしながら無言でディスプレイを殴りつけかけたものである。




毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E4%B8%89#%E3%80%8A%E6%B0%93%E3%80%8B

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