考槃(引用7:賢者の悠々自適/乱政を嫌う賢者)
山中の谷間にたたずまう、
賢者の心は豊かなもの。
一人起臥し、沈思する。
いつまでもこの境地を忘れまい。
小高い丘陵にたたずまう、
賢者の心は穏やかなもの。
一人起臥し、ただ歌う。
いつまでもこの境地でありたいもの。
この大地によって立つ、
賢者は決して揺らがない。
一人起臥し、沈思する。
あえて余人に語りはせぬ。
〇国風 衛風
ふむ。これはまさしく世説新語にて阮籍が理想とした人物の姿であるな。棲逸1である。山中に佇まう彼を求めてやってきた阮籍が議論を持ち掛けても一切反応すらせず、応じたのはただその歌にのみであった、と言う。一説によれば嵆康があこがれてやまなかった人物、孫登であるとも言われておるが、さてどうなのやら。
〇儒家センセー のたまわく
この詩にては、武公の息子たる荘公を批判しておる! 荘公と言えば「綠衣」以降でさんざん批判されてきた人物であるが、荘公の荒れた統治を嫌い隠棲した賢人の姿が描き出されておるのである!
■王敦、杜夷を推薦。
晋書91 杜夷
夷清虛沖淡,與俗異軌,考槃空谷,肥遁匿跡。
時折りしも八王の乱が収まり、司馬越が改めて晋を立て直そうか、というタイミング。ここで朝廷に人士を求めるのに応じ、揚州(つまり旧呉のエリア)にいた王敦が杜夷を推挙した。その時の推挙文である。仕官にはあまり興味を示さず学問に邁進していたかれの名声を、王敦は当詩を用いて称賛したのである。
■隠者は美しい
晋書94 隠逸伝序
玉輝冰潔,川渟岳峙,修至樂之道,固無疆之休,長往邈而不追,安排窅而無悶,修身自保,悔吝弗生,詩人『考槃』之歌,抑在茲矣。
豊かな自然の中に会ってひたすら終身に励み、己を保つ。そのような美しい境地にある人々には、やはりこの詩こそが相応しい。そのような形で隠者達を称賛しておるのである。
■異字体やめーや
晋書94 張忠
及見,堅謂之曰:「先生考磐山林,研精道素,獨善之美有餘,兼濟之功未也。故遠屈先生,將任齊尚父。」
恐らく隠逸伝序に用いる言葉のもととしているはずであるが、何故ここで字体を変えてきているのか。序で正しい字を使ってきている以上ここで誤字を決めるというのも不自然な話なので、もと史料の段階でこの異字が混じってきたのであろう。前秦の王苻堅が、隠者暮らしをしていた張忠を召喚。「山野で真理の追求をしていた」あなたに教えを乞いたい、そう願い出ている内容である。
■暴君を泣いて諫める
晋書102 劉聡
侍中卜幹泣諫聰曰:「陛下方隆武宣之化,欲使幽谷無考槃,奈何一旦先誅忠良,將何以垂之於後!……」
ある日突然、劉聡が綦毋達・師彧・王琰・田歆・陳休・卜崇・硃誕と言った人物を殺した。劉聡の周囲を取り巻くクソどもに嫌われていたから、とのことである。それを聞き、卜幹は「陛下はその武力と、巷間に隠れる賢人とで国を盛り立てられましたのに、どうして先代よりお仕えになった忠良の士をお殺しになったのですか!」と泣いて諫めた、という。取り巻きのクソどもを「考槃」と呼ばざるを得ない辺り、涙ぐましい忖度のあとが見える。なお卜幹はこのあと罷免された。
■ヒキコモリユルサネー
晋書109 陽裕
泮曰:「……欲偃蹇考槃,以待大通者,俟河之清也……」
陽裕は五胡十六国時代、前燕に仕えて功績を挙げた人物。普通晋書において五胡十六国の人物と言えば君主しか伝が立たぬのだが、功績の顕著であったごく数名は立伝されている。そう言うクラスの人物である。が基本引き籠り志向。仕事せずにすげえ君主の目に留まりたいとかナメたことを友人の成泮に漏らしたら「お前黄河の水が澄み渡るのをぼーっと待ってるつもりなのか、そんなん数百年に一度だぞ、お前が寿命で死ぬ方が先だわ。外に出向いて仕事しなきゃ優れた君主の目になんぞ止まるわけねーだろ」とブッ叩かれた、というほほえましいお話である。その後果たして前燕の王・慕容皝に見出され、立伝されるにまで至る功績を挙げたのである。
■のがさんぞ
晋書114 苻堅載記附伝 王猛
卿昔螭蟠布衣,朕龍潛弱冠,屬世事紛紜,厲士之際,顛覆厥德。朕奇卿於暫見,擬卿為臥龍,卿亦異朕於一言,回『考槃』之雅志,豈不精契神交,千載之會!
苻堅にブラック企業も真っ青な勢いで使い潰された。それが「五胡十六国時代最大の宰相」たる王猛の実態である。その凄まじい働きに対し、苻堅はトンデモネー官位をガンガン王猛の肩に乗せていった。そのたびに王猛は断るのだが却下される。色々長ったらしく語っておるが、要は「俺がこの世を立て直そうという思いにひかれて、お前だって『考槃』の志を翻してくれたんだろ! なら、やれるとこまでやろうや!」である。結果王猛は過労死し苻堅は「なんで天は俺から王猛を奪った!」と絶叫。いやだいぶあんさんのせいですがな。
■劉裕、人士を求める。
宋書巻93 宗炳伝
髙祖開府辟召,下書曰:「吾忝大寵,思延賢彦,而兔罝潛處,考槃未臻,側席丘園,良增虚佇。
劉裕が相国となった時、広く人材を求めようとした中にかれ、宗炳がいた。かれを招聘せんとする文の中で劉裕は「兔罝」にて歌われるような良士は密かに隠れ住み、当詩にて歌われる隠遁の賢人は未だ現れない。我が隣を温めてくれるような人士は野に遊んでいる。張良や范増のごとき人物がいずことも知れぬ場所にたたずんでいる、と語るのである。相国となった頃は彼の右腕であった劉穆之を失った直後。思いがけず劉裕の副官を失った悲しみと不安とに巡りあってしまった。もっとも宗炳は普通にこの招聘を蹴ったのだが。
毛詩正義
https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E4%B8%89#%E3%80%8A%E8%80%83%E6%A7%83%E3%80%8B
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます