式微(亡命中の主を叱る)
臣下 衰退 帰国 苦難
衰えた、なんと衰えたことか。
どうしてお帰りにならぬ。
我が君のためでなくば、
どうして露になど濡れておれよう。
式微式微 胡不歸
衰えた、なんと衰えたことか。
どうしてお帰りにならぬ。
我が君のためでなくば、
どうして泥になど塗れておれよう。
〇国風 邶風 式微
亡命中の国主が一向に国に帰ろうとせぬのを、家臣が切にに「寄寓だなどという恥ずかしい状態のままでなどおられましょうか、あなた様がここにおらぬのであれば、すぐさま国に帰りたいのですが」と説いたものである、という。本来国主として国を支えねばならぬ者が、いつまでも賓客の立場に甘んじる。これを「衰えた」と断じる家臣どのの諫言は、だいぶ激烈であるな。
〇儒家センセー のたまわく
「黎侯寓于衛。其臣勸以歸也。」
衛の北にある黎に騎馬民族が押し寄せてきたため、そこの主たる黎侯が衛国に亡命して参った! やがて騎馬民族の勢いが収まってもなお黎侯は衛国に留まり続けようとした! 忠臣の諫言の切なること、臣下のふるまいの範を見るかの如くである!
■帰らない選択肢はない
左伝 襄公4
公謂公冶曰。吾可以入乎。對曰。君實有國。誰敢違君。公與公冶冕服。固辭。強之而後受。公欲無入。榮成伯賦式微。乃歸。
魯の襄公が外国を回っていたとき、臣下が勝手に魯国内の村を攻撃、占拠した。こうした動きに襄公が帰国を渋ると、榮成伯が当詩をうたい、帰るべきと勧めた。……ふ、ふーん、ところでその振る舞いだと「魯が衰えましたね」って直言してることになりませんかね?
■自らの衰亡のさだめを前に
宋書43 傅亮伝
忠誥豈假知,式微發直謳。
傅亮は劉裕に息子のことを託された権臣で、文章家。ただし劉裕の息子・少帝がクソであったため廃位謀議を立ち上げた。その後同志の徐羨之が復讐を恐れて廃帝を殺してしまうのだが、これによって彼ら自身も次代の皇帝に滅ぼされるルートが確定。遺言ともいえる賦の最期の段で上記を詠んでいる。意訳すれば「我が忠誠の心は、おそらく届きはすまい。衰亡が、ただちに我が元にやってくるのだ」となろうか。
■帰りなんいざ
・晋書94 陶潜
・宋書93 陶潜
歸去來兮,田園將蕪,胡不歸?
陶淵明でもっとも有名な詩「帰去来辞」の冒頭に、いきなりぶっ込まれる式微。そうしてみてみると「田園將蕪」が式微式微、すなわち「衰えた、ああ衰えた」に比定することが可能となってくるわけである。では、田畑とは何か? 「陶淵明の拠って立った地」、すなわち晋である、と牽強付会することも可能であろう。
■崔浩先生 世説新語の引用を顧みる
世説新語 文学3
須臾,復有一婢來,問曰:「胡為乎泥中?」
柏舟と同じく世説新語において鄭玄の奴隷たちの会話にて引用されておるわけであるが、主人の鄭玄に「物理的に」泥の中にぶち込まれた婢女は、柏舟を引用した婢女に比較すれば、まぁまぁ遠からぬ引用をなした、と言えよう。それにしてもやはり微妙は微妙なのだがな。
■なかりせば
・史記96 張蒼
・漢書42 張蒼
見昌,為跪謝曰:「微君,太子幾廢。」
・史記43 趙朔
非然,孰敢作難!微君之疾,羣臣固且請立趙後。
作者が漢文読解においてわりとちょくちょく殺されている用法であるため自戒の意味を込めて紹介しておく。微を頭につけることで「~がなかったら」と言う用法となる。理性がなかなかこの用法を受け付けてくれぬのだが、「詩経からの引用だ!」と言い切ることによって自らの心を落ち着かせてくれることであろう。
毛詩正義
https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E4%BA%8C#%E3%80%8A%E5%BC%8F%E5%BE%AE%E3%80%8B
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