第17話 スペースクッキー
退院も間近というある日、バズとムネチカはそろって病院へ見舞いに行くことにした。
めずらしくバズが朝からキッチンに立ち、せわしなくしている。部屋中にバターと小麦の香ばしい香りがした。
バスと地下鉄を乗り継ぎ、テムズ河沿いの市立病院へ着いたのは昼の二時を過ぎたころだった。
病室の前まで来たとき、バズが足を止めた。
先客がいる。
警官がふたり。
バズはさっと、きびすを返した。
ムネチカはわけもわからずに、小走りでバズを追った。
ふたりは病院の待合室で時間を潰すことにした。
「警察だなんて。モイラ大丈夫かな」ムネチカは落ち着かない。
「救急車が来る前に、モイラがもっていたブツは全部すてた。だから平気さ」
バズの言葉を聞いて、ムネチカは少し安心した。モイラのような美しい少年が刑務所の男子棟なんかに放り込まれたら、どうなることか。
三十分ほどしてから、二人はふたたびモイラの病室を訪れた。すでに警官の姿はなかった。
「よう」
「あー、来てくれたんだ」モイラは四人用の男性部屋で、明るく手を振っていた。
どう見ても、紅一点。
しかし本人はあっけらかんとしている。
「傷の方はどう?」
モイラは病院服をめくり上げて、縫い合わされた横腹を見せた。細くくびれた腰の辺りに、大きな絆創膏が貼られている。
「八針!」さも自慢げに、モイラは両手の指を八本立ててみせた。
ムネチカは傷痕よりも、膨らみのないモイラの胸に視線が向いてしまった。
(やっぱり男の子なんだ)
「もうメシくえるんだろ?」バズが、フラットから持って来た紙袋を掲げた。
「うん」綺麗な白い歯をみせてモイラがわらう。
バズは茶色い紙袋に手を突っ込んで、形の悪いクッキーを取り出し、バキッと半分に割ると、そのうちの一枚をモイラに差し出した。
「やったぁ」
モイラは目を輝かせて、いきなりまるっと一口で頬張った。
ムネチカも一枚もらった。
妙な味がした。
よく見るとハーブのようなものが混ぜ込まれている。
「なに、これ」
「スペースクッキー」
「なにそれ」
「マリファナ入りのクッキー。痛み止めの効果があるんだ。見舞いの品にはちょうどいいだろ」バズは咀嚼しながら、もごもごと言った。
「病院でなんてことを」
ムネチカの問いをスルーして、
「で、警察はなんて?」
と、バズが訊いた。
「犯人との関係は、とか。そんな質問ばっか。裁判してからじゃなきゃわかんないけど、エイプリルのやつ、七年は出てこれないだろうって」
「人を刺しておいて、たった七年って」
ムネチカは憤慨した。
「短けりゃ、仮釈で五年だろ」バズは買ってきた水のボトルを開けて、ゴクリと喉を鳴らして飲んだ。
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