第16話 静寂

 翌々日、未だにムネチカの心は波立っていた。

 学校から戻ると、真っ直ぐにバズの部屋へと向かった。

 バズはムネチカに気づくと、レコードを回す手を止めて、床の上に置いてあったタブロイド紙を胸くそ悪そうにこちらへ放った。

 誌面の端に小さく「スクアットパーティで、若者が刺される。動機は調査中」という記事が載っている。

 白黒の犯人写真は、紛れもなくエイプリルだった。頬がこけて目がくぼみ、鼻が異様に高い。

 ムネチカの脳裏に深く刻まれたあの光景。

 大切なモノが手の平から落ちてゆくときのような、一瞬で全身の毛穴が開き、鼓動がどっと速まり、滝のような冷や汗がでる、あの感覚が蘇ってきた。

 シラフではいられないと思った。

 バズも同じ気持ちだったのか、ムネチカのためにマリファナを巻いて火をつけてくれた。

 そして二人でレコードを回した。

「こうやってやるんだよ」

 バズは丁寧にDJミキサーや、ターンテーブルの使い方を教えてくれた。

 左右のレコードのテンポを合わせて、音と音を調和させていく。

「案外やるじゃん」

 バズに褒められて、ムネチカは少し元気が戻ってきたような気がした。

  

 モイラの状態はというと、刺された箇所がかろうじて急所を外れていたおかげで、三週間ほどで退院できるとのことだった。

 スマホで連絡をとりあってはいたものの、ムネチカにとって、モイラのいない日常は、もはや日常ではなかった。

 学校も休みがちになり、バズの部屋に入り浸るようになった。

 ドラッグが足りなくなると、ハイゲイトのウィルアックスの住処へ向かった。

 ウィルアックスは誰よりもモイラの状態を心配していたので、ムネチカを賓客のように招き入れた。

 そして、話が犯人のエイプリルに及ぶと、まるで悪鬼のような形相で、全人類の敵だと言わんばかりに罵った。

 そうかと思えば、寂しさを紛らわすように、ムネチカと話し込む時もあった。

「モイラはな、ユニコーンなのさ」

 ムネチカは、またウィルアックスがラリっているのかと思った。

「あいつは誰も愛せない。誰のものにもならない。あいつに惚れちまったら——」

 そういってウィルアックスは右手で何かが爆発するようなゼスチャーをして見せた。


 それから、モイラの母親は彼が幼い頃に癌で亡くなったこと。父親はウクライナに帰国したきり音信不通であることなど、ムネチカの知らないことを教えてくれた。

「俺はあいつの親父みたいなもんだ」

 ウィルアックスは哀しそうに顔を歪めた。

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