第15話 幕切れ
朝方四時を過ぎたころ、DJブースに王者が現れた。
クリス・フレイザーだ。
モイラは飛び跳ねながら口を大きくあけて何かを叫んだが、もはや声になっていない。
ランボルギーニの排気音と、パトカーのビープ音を足して刻んだようなリズムが轟々と鳴り、天井までびりびりと震えている。
みんなの朗らかな笑顔が徐々に切なく、うずくような表情に変わっていく。
後方でクラゲのように揺れていたムネチカに「もっとこっちへおいでよ」と、モイラが視線でうながす。
クリスがカミソリのような切れ味でフェーダーを上下すると、あちらこちらで口笛や奇声が上がった。
いくつものビートで織り合わされた轟音に、身体が突き動かされる。
ムネチカは無心で手足を動かした。
誰の目もきにせずに、大音量で音楽を鳴らして、バカみたいに踊り、ドラッグをやる。
「ほんっと、やめられない」モイラが長い両腕を宙に伸ばす。
身体中に快楽物質がいきわたっていく。浮遊しはじめる細胞たちを、ベースラインが強引に揺り動かし、鋭いノイズの高周波が神経核を刺激する。ノルアドレナリンは心拍数を上昇させて、脂肪からエネルギーを引っぱりだす。そして筋肉はガシャガシャと蒸気機関のように動き続ける。
錯綜する荒々しい音の波が、みんなの隙間を埋めていく。
音楽と、己と、空間が一体化する。
いつのまにか客たちは、汗を飛び散らせる一塊のうねりになっていた。
クリスはさらに強いトラックを選び出して、継ぎ目なく繋いでいく。
もっと、もっと!
ここにいる誰もがさらなる高まりを渇望していた。やがて、緻密にビルドアップされた壮大な波が、容赦なくフロアの人々をさらっていった。
(これこそ、全能なるクリス・フレイザーのなせる技だ!)
みんなが称賛の雄叫びをあげたときだった。
目の前で踊っていたモイラの姿がロウソクの火のようにフッと消えた。
視線を落とすと、脇腹をおさえたモイラが前屈みにひざまづいている。
指の隙間から赤黒い何かが滲み出ている。
ストロボライトに照らされたフロアに、しずくが点々と落ちた。
すべてがスローモーションのように見えた。
ムネチカは吸い寄せられるようにモイラへ駆け寄った。
周りの連中は夢中で踊りつづけている。
キーモが飛びかかるようにして誰かに覆いかぶさった。カラカラと硬い金属音がして、傍らの床の上をナイフがころがっていった。
力なくうずくまるモイラの身体をムネチカが庇うようにして抱きあげた。
いつのまにかバズもそばまで来ている。二人でモイラを支えるようにして、出口へ歩き出した。
客たちの大半はまだ何が起こったのか気づいていない。
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