第14話 ラフィンガス
時間は夜の十二時を過ぎたばかり。
メインフロアでは、ミニマルなテクノミュージックが鳴っていた。
快活なハイハットと、小気味良いクリック音が耳をくすぐる。太く丸い重低音が床を伝わり、骨まで響いてきた。
まるで朝焼けに輝く稜線のように美しく展開してゆく曲たち。
ムネチカは周りを探るように視線を動かした。
客の入りはまだ六割といったところか。
DJは一時間ごとに入れ替わっていく。
時間を重ねるごとに、人々が徐々にフロアに集まり始め、会場の空気も熱を帯びてきた。
ムネチカはエクスタシーを舌の上に乗せ、水で流し込んだ。
正直にいえば、シラフでは面白味が足りない、と感じた。
ドラッグ抜きでは音は単に音でしかなく、時間は時計通りに進んでいく。
日常の延長がただそこにあるだけだった。
二十分もすると、足元がふわふわとした感触に包まれ、身体が空間とつながっていくような感覚が出現した。それぞれのスピーカーから飛び出した音が幾何学模様に変化して、視界を飛び回り始める。
隣の客から、テキーラのボトルが回ってきた。ひとくち飲んでから、かたわらで踊るモイラへ回す。
みんな自由に、笑顔で躍動している。
どれくらいの時が経っただろう。
どこから手に入れてきたのか、真っ青な風船をもったバズがやってきた。
「キター!」テンションがぶちあがるモイラ。
「なんで風船?」
意外な子供っぽさに驚くムネチカをよそに、空手家のようにふーっと息を吐き、モイラは風船の口をくわえ、思い切り吸い込んだ。
そして、唇を真一文字にとじるなり、ピタリと息を止めた。
数十秒後、限界を迎えたのか、モイラは「ぶはああぁ」っと苦しそうに肺の中の気体を吐き出した。そしてしぐさで、お前も吸え、とムネチカに言ってきた。
おそるおそる口をつけるムネチカ。
(……甘い)
促されるままに先ほどのモイラを真似てみた。
息を止めてる間はなにも起こらなかった。
やがて徐々に苦しさの限界が近づき、水中から顔を上げるように呼吸をした瞬間、全身が溶けるかと思うほどの多幸感がムネチカを襲った。
手足を動かすと、まるでシルクの海を泳いでいるように感じる。
鼓膜だけがピリピリと冴えわたり、あまたの音の粒をキャッチする。
なあにコレ、と視線で問いかけると、「笑気ガス」そう言い残すなり、こんどはバズが風船の中身を吸い込んだ。
「瞳孔がパックリ開いてるよ」モイラの大きな瞳がムネチカを覗き込む。
蜂蜜色の虹彩に反射する自分の顔まではっきりと見える。
「うふふ、もっともっといっちゃおうよ。ひりひりするくらい、くらくらするくらいに鼓膜をぶっ叩いて、脳みそ揺らしてくぞぉ」
モイラが若鹿のように跳びながら笑った。
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