第10話 屋上

 冬のロンドンの日の出は遅い。

 フロアでひとしきり踊ったモイラとムネチカは、火照ったからだを冷ましに、倉庫の屋上にのぼった。

 濃い紫色の空が、遥か彼方まで続き、微かなオレンジ色へと変化していく。

 吐く息が白い。

「クソ綺麗だけど、やっぱ寒いね」互いに顔を見合わせて微笑んだ。

 大空を見上げて、ムネチカは密かに高揚していた。この感覚がどこから来るものなのか、考えてみる。

 ドラッグのせいかと思ったが、それだけではない気がする。

 生まれて初めて法律を破ったこと。

 全身が震えるくらいのボリュームで、音楽を感じたこと。

 今まで知らなかった種類の人たちに出逢ったこと。

 今、この瞬間、素晴らしい空色と異国の空気を感じていること。


 そして、初めてのキス。


 そのどれもが当てはまっている気がする。

「楽しんだ?」モイラが尋ねた。

 ムネチカは小さく笑った。

「なんかむちゃくちゃなカンジ。トイレがないなんて。びっくりだよ」

「スクアットパーティだからね。ここなんてまだ綺麗な方だよ」モイラはポケットから煙草を取り出し、火をつけた。

 頬をくぼませ、煙を吸い込むと、朝焼けに向かって、ふうっと吹きかけた。

 ムネチカはモイラの横顔に尋ねた。

「そういえば、さっきの女の人だれ?青い髪の、怖い人」

 モイラは肩をすくめて呆れたように、

「あー。エイプリルのことね。あたしのストーカー。いっつもああやって難癖つけてくるんだ」

と、煙を吐き出した。

「ストーカーってほんとにいるんだー。なんかすっごいやなカンジだったね」

「むかしはあんな子じゃなかったんだけどなぁ」モイラは遠くを見るような目をした。

「友達だったの?」

「うーん、ちょっと違うかな」

といって、モイラはボア付きのフードで頭を覆った。


 くわえ煙草のまま、モイラがウェストポーチを膝に乗っけてジッパーを開いた。

 そこには、今夜のアガリのすべてが詰まっている。ざっと六百ポンドはありそうだ。

「すごいね」ムネチカは目を丸くした。

「これで、今週の家賃は払わなくて済む。ムネチカ、あとでちゃんと分け前はあげるからね」モイラはゴロリと仰向けに寝転がった。

「もらっていいの?」

「だってうちら友達じゃん」モイラの栗色の前髪が風にそよいでいる。

 ぼくたちって友達なのかな、そう訊こうとして、ムネチカは口をつぐんだ。

(友達ってなんなんだろう)

 ムネチカは赤々とした日の出に目を細めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る