第六話:メイドさんは褒められたい

「ただいま〜」


 学校帰りは、寄り道をする事もなく真っ直ぐ家に帰った。何故かと言うと――


「お帰りなさいませご主人様。ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも……」


 テリエシャの事が少しだけ気になっていたからである。が、特に問題はないようだ。

 と、俺は彼女の事を無視して玄関に入る。


「や、焼いたクッキーがテーブルにありますので……手を洗ってお食べ下さい」

「うん。ありがと」


 カバンをリビングに置き、洗面所に向かう。心地よい水が、手を濡らした。

 蛇口から出てきた水が、俺の手を流れて管に流される。


 この世には、『水に流す』という言葉がある。でも、それは不可能だ。

 流した水は必ず何処かで存在し、どんな過去だって誰かの記憶には残っている。

 水に流すことなんて、出来やしないのだ。


「いつも通り……! 何も考えるな!」


 冷水で顔を洗い、近くのタオルで水を拭いた。


 そういえば、クッキー焼いたんだっけ。楽しみだな。よし、自然に……!


 そんな意気込みを内心呟き、俺はリビングへ向かった。


「お! ク、クッキー、美味そうだな」

「ありがとうございます」


 テリエシャは、いつも通りだ。

 流石はメイド。俺とは大違いだな。


「ん! んまい!」


 なめらかな口溶けに、サックリと焼き上げられていたクッキーは、非の打ち所がなかった。もう、商品で出せるくらい。


「喜んで貰えて嬉しいです」


 ニコッと笑う。そして、それだけを聴きたかったかの様に、俺のカバンから弁当箱を取り出して台所に向かっていた。


 なかなか止まらない右手は、クッキーがなくなりかけた所で止まった。残りは三枚。


「テリエシャさんも食べますか?」


 若干子供っぽいが、これ以外言葉が出てこない。

 それでも、彼女は満面の笑みでサクリと食べていた。ちょっとだけ、ドキッとした。


「久しぶりにクッキーを焼いてみましたが、満足いただけた様でなによりです」

「うん。やっぱ凄いな」


 テリエシャには、俺の見た限りでは非の打ち所がない。見えないのだ。俺の視野では。

 でも、知りたくない気持ちも、内心に少しはあった。そんな気がした。


「ご主人様」


 俺の隣りまでゆっくりと歩き、膝立ちをする。訳も分からず目で追っていると、テリエシャはそのまま照れ笑いをした。


「私も人間です。そして、人間は褒めると伸びるんですよ?」

「……つまり?」

「そ、その……頭を撫でて貰えませんか?」


 頭がゆっくりと前に出る。テリエシャは目を瞑って、ただその瞬間を待ち望んでいた。


 頭を撫でるなんて、人生で一度も経験した事がない。というか、現実的に考えてそんな事は普通しないだろ。

 といっても、相手が求めているのであれば断る訳にもいかない。


 俺は、ゆっくりとテリエシャのなめらかな銀髪に触れた。

 ちょっとだけ緊張しながらも、しっかりと髪に触れる。優しく、素直な感じがした。


 この時一瞬だけ、メイドだけどメイドではない彼女を感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る