第3話 琉夏と読書感想文
夏休みの宿題に絵日記がある。上のほうに絵をかいて下のほうには文章を書く。絵をかくのは好きだ。だけど文章を書くのはあんまり好きじゃない。読書なんて普段しないし、難しい言葉がたくさん出る本は余計に読めない。持ってきた図書館で借りた本はどれも意味がよくわからなかった。
悩んで悩んで頭が沸騰したので散歩に出ることにした。おばあちゃんからメモを渡されて、ついでに八百屋さんに行って来てほしいと頼まれた。おつかいも慣れたものだ。
いつものように川に行き、本を読むなっちゃんに声をかける。なっちゃんは嫌がりもせず、二つ返事でついて来てくれる。
「そろそろ御崎の道もわかってきたんじゃない」
「そんなでもないよ、細い道は迷っちゃうし……なっちゃんが教えてくれた道は覚えてるんだけどね」
「田んぼ道ならわかりやすいんだけどね。確かに細い道は似たところが多いから迷いやすいかもしれないね」
八百屋で買いものをするとしたらおばあちゃんちで作ってない野菜か、果物だ。メロン、スイカ、桃、葡萄なんかもある。今日は私が好きなものでいいといわれたので切ってあるメロンに決めた。なっちゃんもメロンが好きらしい。それから人参とじゃがいもがいる。今日のメニューはカレーだと思う。
「桜田さんとこのお嬢ちゃんだね。おつかい偉いねぇ」
会計を済まして店をでるとなっちゃんが袋を持ってくれた。友達のゆなちゃんがよく言う「彼氏」みたいだななんて思うけど、それよりは母の荷物を持つ父の背中のほうが似ている気がした。
今日は一本道から帰ることにした。たまには山を眺めながら歩こうと提案したのは私で、日に焼けた半そでの腕に蚊が吸い付いているのを見つけて騒ぐ。
「O型は蚊に刺されやすいっておばあちゃんが言ってた」
「そうなの?じゃあ僕も蚊が寄ってくるタイプなのかもしれないな」
「なっちゃんは腕くらいしか刺されなそう。琉夏はスカート履くから足もさされるよ」
スカートは動きづらくて苦手だけど、涼しいし可愛いのでよく履いていた。母も似合う似合うとほめてくれるので調子に乗って何枚も持ってきている。なっちゃんはそんな私のスカートに、短すぎるよ、体が冷えるよとおばあちゃんと同じことを言う。
「そういえば宿題は順調?」
「うん。ただ読書感想文がきらい……なっちゃんていつもなに読んでるの?」
「僕?なんでも読むよ、小説でも図鑑でも、絵本でも」
「絵本も読むのー?」
「読むよ。でも最近読んでたのは銀河鉄道の夜かな。知ってる?」
国語の先生が言ってた気がする。聞いたことがあるような気がする。そう答えるとなっちゃんは口をとがらせてうーんとうなった。
琉夏には難しいかもしれないけど素敵な本だよ、貸してあげようかというので借りることにした。なっちゃんが素敵というならきっと素敵なのだろう。
「そのまま持っててもいいよ。僕は読み終わったから琉夏にあげる」
「本当?なっちゃんがくれるならちゃんと読んでみようかな」
手のひらから少しはみ出るくらいの本は文庫本というらしい。表紙は私が普段読むような本とは違って、大人が読むみたいな、ちょっとお姉さんになったみたいな不思議な気分だった。
その日おばあちゃんが縫物をする隣で一生懸命読んだ。やっぱり難しかったけど、なんだか素敵なのはわかった。文を書くのは嫌いだけどこれならがんばれそうかもしれない!と感想文を書き始める。
ついでにその本をくれた人のことも少し書いた。なんとなく恥ずかしくなって少しだけにしておいた。
暑くて目が覚める。
「琉夏、一緒にそうめん茹でよう」
「ゆでるー!」
おばあちゃんと台所に並ぶのも、なんだか大人みたいでくすぐったかった。母と台所に並ぶおばあちゃんの姿が好きで、よくじっと見ていた。
「そういえば、お母さんから電話が来たよ。一度こっちに来るって」
「そうなの?!お仕事休みになったのかな」
「琉夏が宿題してるか見に来るんでねぇのかー?」
おばあちゃんがにやにやしながら言ってきて、失礼だな、ちゃんとやってるのにと頬を膨らます。感想文も書いたし、計算ドリルも終わりそうだ。
ゆであがったそうめんに氷をいれて、ガラスの器にめんつゆをそそいで、おばあちゃんの真似をしてネギをいれた。日が当たってガラスの中のめんつゆが机に映し出されて、きらきら、水面みたいに光っている。
昼を過ぎたころ母の車が到着した。疲れてはいるけどいつもより元気に見える母はおばあちゃんの言う通り私の宿題を点検した。
「終わりそうだね。よかったよかった」
「休みが取れたの?」
「うん、今日だけね。またすぐ戻らなきゃいけないけど。琉夏、ごめんおばあちゃんと内緒の話したいからここにいてくれる?」
母がなんだか真剣な顔で言うので頷くと、いや別に重大な話じゃないんだけどねとからかうように笑った。私は言われた通り部屋に残った。
羽音がしたので窓のほうをみると、セミがひっくり返ってじたばたしている。またセミかー、なんてぼーっと眺めていたら、窓の奥、山のほうから人影が歩いてくるのが見えた。
「なっちゃん?」
「桜田さんちの孫じゃん」
ふふっと笑うとなっちゃんは窓のそばに来た。
「今日は散歩はなしかな?」
「ああ、お母さんが来てくれたから……なっちゃんが散歩してるの?うちまでくるなんて珍しいね」
「たまには僕から会いに行こうと思ったんだ。本は読んだ?」
「読んだよ!ちゃんと感想文書いた。見る?」
「いいの?」
一通り原稿を読むと、なっちゃんは難しそうな顔をして、琉夏の字は読みにくいと言った。まあ確かにそんなに上手じゃないけど、頑張って書いたのにとしょぼくれると、あわてて慰められた。
「違う違う。そういう意味じゃないんだけど……」
あ、となっちゃんが言うとみしみしと部屋の前の廊下が鳴った。お母さんが戻ってきたらしい。
「琉夏?誰かと話してた?」
窓のところにはもうなっちゃんはいなかった。ううん、と首を振る。
「誰も」
「よかった。また怖いのが見えたとかいうかと思った」
母はさっきより元気がなさそうだった。理由を聞くとおなか減りすぎて具合悪いらしい。おやつ買いに行こうよと言われて頷いて、もう一度窓を見てみる。やっぱりなっちゃんはもういなかった。
琉夏の夏休み 美紘 @novel-31-lo
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