第53話
まず1つめ。君がマキシマ家を選んだ理由を、僕はよく知っている、ということ。
僕がミナと親しくていて、僕のフォトホルダーにあった写真を見せながら、彼女やその家族のことをいろいろ聞かせてくれていたから、というのが君の言い分だったね。でも、それより前に、君があの水槽のある部屋で過ごしていたときに起きたことすべてを、あの部屋や庭の監視カメラと、君のライフログデータが捉えていたんだ。
だから、知っている、立ち入り禁止のはずの病院の研究棟の中庭に、数人の少年が何度か入り込んでいたことも、ある日、そのうちの1人が窓から見下ろす君を見つけ笑いながら手を振ったことも、そのとき君の心拍数が一気に上昇したこともね。それから君はずっと、その少年、カイが来るたび目で追っていたわけだ。もしかしたら、君にはその自覚があったかもしれないね。君がそんな感情を持っているということ、それがわかって僕はとても嬉しかった。
2つめ。これは、君自身も知らないことだと思うんだけど、君のルーツについて。
君の遺伝子を調べた際に、母親由来と父親由来のものとを分離してみた。そして、各遺伝子パターンを既存データと照会してみたら、母親由来のもののほうにデータと一部一致したものがあった。そこで僕らは、その“母親”のライフログなどから、いつどこでどんなことをしてきたかなどの情報を集めてみた。さらに、君が彼女のお腹の中にいたと思われるころに、彼女がどこにいたのかなどを調べてみた。君の出自について、何かがわかるかと期待しながらね。
結果として、君の父上については、詳細はわからなかった。けど、2 人の出会いの場については、少しだけ絞り込むことができた。恐らくは、南洋の、ペラゴノ諸島のどこか。かなり広範囲だけど…。残念ながらそれ以上はわからない。
このエリアについて説明すると、まず、海がとても美しくて、地元では“青の楽園”と呼ばれている。さまざまな不思議な遺跡がある。割と最近までは知る人ぞ知る場所だったけど、近年リゾート開発の話が持ち上がり注目を集めているみたいだ。
知る人ぞ知る場所だった、美しい“青の楽園”で出会った君のご両親。そこにどんな物語があったんだろう? そう考えると、ちょっとロマンチックだよね。いつか君を連れて行きたいと、その時から僕はずっと思い続けていたんだ。
僕は、今回の休暇をこの青の楽園で過ごすつもりだ。実は僕、子どものころにこの知る人ぞ知る島で過ごしたことがある。そうなんだ、本当に美しいところ、たくさん洞窟があってね。
7歳の僕は大人たちの目を盗んで1人冒険に出かけ、海に落ちて溺れてしまった。反重力機能付きの重たい靴を履いて、さらには、あのころ流行っていた大きめのモバイルを腕に付けていたから、もうどんどんどんどん沈んじゃって、もうだめだ、死んじゃう―、そう思ったとき、海の底から何かが僕をぐいぐい押し上げてくれたんだ。それは、イルカ、少なくとも、イルカのような何か、だった。けど、洞窟の中の地面に僕を押し上げてくれたのは、人間の腕。振り返ると、そこいたのはイルカではなく美しい少女だった。
彼女はアイラと名乗り、別れ際、僕に秘密のことを言った。
人間にはサル以外から進化したものもいるのだ、と。
そして再びイルカに姿を変えて、海に消えていった。
僕は今この時まで、この話を誰にも一度もしなかった。誰も信じないと思ったし、彼女が秘密と言ったから、それを守りたいと思ったんだ。そんな秘密を今、君に伝えようと思ったのはね、君のことを初めて聞いたとき、彼女を思い出したからなんだ。僕は思った。君は彼女の同族ではないかと。そして数年前、君が『ずっと水に入っていると体が変化するようだ』と言いはじめて、それは確信に変わって行った。だから、もし君が湖底で海につながっていると言われているあの湖から海に還ったなら、“戻る”べき場所は、あの海なんだと思う。
だから僕は、この夏、あの島を選んだ。あの海に、この手紙と、ミナが君のために作ったネックレスを入れた瓶を沈めるために。届くことなどまず無いだろう瓶の中の手紙と贈り物だなんて、かなりセンチメンタルだけどね、でも、ぜひそうしたい、と思ったんだ。このネックレスはミナの手作りで、君とお揃いで付けたいんだと一心に作っていたものだから、特にね。
…さて、そろそろ出かける時間のようだ。
いつかまた、どこかで、君の消息が得られたらと、心から思う。
ではまた、そのときまで。
深い友情を込めて
ラス・スオミ』
人魚姫 ~ Little Embraceable Infanta ~ はがね @ukki_392
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます