第105話:カスタール神聖国へ

 レイドにリリス、ミレーティアの系三名は、現在魔王城を出立し、カスタール神聖国へと軍を進めていた。

 カスタール神聖国は魔族領から少しばかり離れた場所にあり、徒歩で二週間は掛かる。

 特にこれといってやることもなく、現在は武士運搬馬車の荷台で三人で昼寝をしていた。


「う〜〜ん。天気がいいなぁ〜」


 レイドは腕を伸ばし欠伸をする。

 後ろを歩く兵から視線が突き刺さるが気にしない。


「レイドお兄ちゃん、暇だよぉ」


 袖を引っ張るミレーティアに、レイドは隣でスヤスヤと寝ているリリスを見てか応える。


「昼寝は?」

「やだぁ!」

「俺は眠いんだ……」

「遊ぼうよ!」


 グイグイと袖を引っ張り上目遣いで見上げるミレーティアを見て、思わず「うっ」となるがレイドは惑わされない。

 それからミレーティアとやりとりをしていると、前方から兵が騒いでいる声が聞こえてきた。


「なんだ?」


 騒ぎ声で起きたリリスの元に、前を歩いていた兵士がリリスの下に駆け込んできた。


「ほ、報告です! ワイバーンの群れが現れました。現在交戦中であり、苦戦しております!」


 眠そうに瞼を擦るリリスは「うん、わかった。頑張って」と再び寝ようとしていた。


「おいリリス、寝るのか?」

「私は今、睡眠を欲している」


 兵士が助けを求めるかのようにレイドの方を見た。


「あ、あの……」


 申し訳なさそうにレイドに声をかける兵士。


「どうした?」

「我々だと倒すことはできるのですが、ワイバーンの群れだと被害は大きくなる一方でして……」

「つまりは魔王の夫である俺に倒して欲しいと?」

「滅相もございません! ですが、ワイバーン自体が強くて……」

「まあ、フランから預かっている兵を無駄死にさせるわけにはいかないか」


 レイドが動いてくるということで、兵は大きな声で「ありがとうございます!」と頭を下げた。


「ミレーティア、一緒に行くか?」

「うん!」


 嬉しそうに笑うミレーティアを見て、丁度よくワイバーンおもちゃの群れが現れたくれた。

 向かうと、そこにはワイバーン十体を相手に奮戦している兵の姿があった。


「一箇所に集まり槍を掲げろ! 怯むな! 相手は初戦空飛ぶ虫だ!」


 支援魔法を使っている兵はワイバーン相手に持ち堪えていた。

 それでもワイバーンの方が有利だった。

 レイドは先程指揮を採っていた隊長らしき人物に声をかけた。


「お前がここの指揮を?」

「む? なっ! これはレイド様!?」


 レイドは自分のことが知れ渡っていたことに思わず仮面越しで驚きの表情をする。

 それも一瞬で、レイドは指揮官に告げる。


「お前たちは下がれ。あとは俺がやる、というよりはミレーティアが暇を持て余していてな。丁度いいから少しばかり相手をしてくる」

「暇でワイバーンを……いえ。分かりました!」


 指揮官の男は素直に頷いて兵を退かせた。


「ほらミレーティア。全部相手するのか? それとも俺が半分受け持とうか?」

「ううん。私一人でやる!」

「そうか。怪我をしないようにな」

「分かった! それじゃあ倒して遊んでくる!」


 そう言ってミレーティアは飛び出していった。

 レイドの後ろから、先ほどの指揮官が声を掛けてきた。


「レイド様、よろしいのですか? あのような幼い子に任せてしまっても?」

「心配なのは分かるが、あいつは、ミレーティアは暗黒龍王アルミラースの娘だぞ? 心配もしていない。それに、もしものことがあれば俺が出るから問題ない」

「左様でしたか」


 その時、上空で大きな音がしたと思った同時、一体のワイバーンが地面に墜落した。

 ミレーティアの一撃でワイバーンが沈んだのだ。

 それからも上空でミレーティアに攻撃をするワイバーンだが、そのどれもが意味をなさない。

 笑みを浮かべながら次々と殴っていくミレーティアを見て、指揮官が戦慄の表情をしていた。


「わ、ワイバーンが一撃で……」


 あの程度なら一撃で倒せて当然だと、レイドはミレーティアの闘いとも呼べない光景を見て頷いていた。

 程なくしてすべてのワイバーンが地に伏した。

 レイドの前に降り立ったミレーティアは満面の笑みで「ぶいっ!」とピースサインをした。


「楽しかったか?」


 レイドはミレーティアの頭を撫でながら訪ねる。

 頭を撫でられて嬉しそうにしているミレーティアは満足そうにしている。


「少し物足りなかったけど楽しかったよ!」

「なら良かった。俺達は戻るとしようか」

「うん!」


 抱き着くミレーティアをよそに、先ほどの指揮官はお礼を口にした。


「ありがとうございます!」

「気にするな。また手に負えないヤツが出てきたら呼びに来てくれ」

「はっ!」


 敬礼をする指揮官を尻目にレイドとミレーティアは戻って行った。

 その後、ワイバーンの死骸は解体され素材にされた。

 それから程なくして日が暮れたので、野営地を見つけ休息を取ることに。

 食後、俺は少し離れた高台で寝そべって夜空を見上げていた。


 王国で勇者として活躍していた時も、みんなでこうして空を見上げていた。

 空はどこで見ても同じ景色。


(同じ空の下で生きる俺達は争うのだろうか?)


 いつの時代いつの世も、人がいれば必ず争いは起きる。

 領土を求め、あるいは何かを〝悪〟と決め付けて戦争は起きる。


 そんな中、背後で足音がした。

 殺気や敵意はないことから敵ではないと分かる。

 両隣に座った音がしたので振り向くと、リリスとミレーティアだった。


「レイド、こんなところで何してるの?」

「レイドお兄ちゃん、空なんて見上げてどうしたの?」


 リリスとミレーティアが不思議そうな表情でそんなことを聞いてきた。

 俺は二人に答えた。


「星空はどこから見ても同じだなって、な……。どうして人は闘争を求めるのかとも考えていた」


 そのような俺の言葉にリリスが真面目な顔で、同じく空を見上げながら答えた。


「それが人。生きるということ。誰しも無欲というわけでない」

「……それもそっか」


 リリスは「でも」と続ける。


「いつか争いがなく、誰もが幸せで暮らせる日が来ればいいと思う」

「そうだな。幸せで暮らせる日が来ることを願って、俺達は戦うしかないか」

「レイドお兄ちゃん、私もみんなが笑って暮らせる日が来ればいいと思う!」

「だな。みんなの幸せをいつか実現しようか」


 俺はミレーティアの頭を撫でながらそう言うのだった。



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