第5話:元勇者、魔王に挑む

 扉を開けるとその奥にある玉座に一人――魔王と一人の老執事がいた。


「よくぞここまで辿り着いた。褒めてやろう」


 レイドは驚きで目を見開いた。だって玉座に座る者の声は女性だったからだ。

 今まで男と思っていたが違ったようだ。

 仮面越しに魔王を見ると、青い澄んだ綺麗なぱっちりとした瞳とピンクの長髪をツインテールにした少し小柄な美少女であった。頭からは魔族特有の角が生えている。


 そんな魔王の言葉にレイドは答えない。


「仮面を付けた強き者よ。何しにここまで参った?」


 その言葉でようやくレイドは口を開いた。


「……魔王がどの程度の存在か、見ておきたかった」

「ほう。そうだ、紹介がまだだったな。私は魔王フラン・ヴィレアーレ。この私が相手をする前にこの執事がお前の相手をする。これでも四天王の一人なのでな」

「そうか」


 執事が一歩前に出てレイドへと挨拶をする。


「私は執事をしておりますベノムと申します。ここに来たからには死ぬ覚悟がおありで?」


 そう言って優雅なお辞儀をして構え、レイドへと猛烈で狂気的な殺気と押し潰すような強烈なプレッシャーを放ちながらそう問うベノム。


 そんな殺気とプレッシャーを柳に風と受け流したレイドは、表情が読めない仮面越しに答える。


「言っただろう? どの程度か見ておきたかった。と」

「そうですか。では――死んでください!」


 一瞬で肉薄するベノムにレイドは蹴りを放つが、その姿が掻き消えた。いや、霧散したと言った方が正しいだろう。


「……ほう」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 瞬間、濃密な殺気がレイドのすぐ真横から向けられた。攻撃の気配を察知し飛んできた蹴りを左腕で防ぐ。


 鈍く重い音が響く。


「これを耐えますか」


 流石四天王と言うべきか、他魔族とは段違いの威力である。

 ベノムの言葉にレイドは答えない。会話とは戦闘にとって不要だからである。


「ですが次はどうですかね?」


 ベノムの気配が変わった。身体強化を使用したのだ。先ほどまでの戦闘は身体強化無しでの戦闘だ。ここからが本当の戦闘ということだ。


 先ほど以上に殺気とプレッシャーが増す。


 そして――ベノムが眼前から消えた。


 そう錯覚するほど尋常ならざる速度であった。


 だがレイドの視線は確実にベノムを捉えており、ベノムから驚愕の声が漏れた。


「見えているのですか!?」

「――当然だ」


 レイドはそれ以上の速度で背後に回り込み蹴りを放つがベノムも歴戦の魔族だ。今までの戦闘経験の勘が働き、レイドの蹴りを喰らうも後ろに飛ぶことで反動とダメージを減らした。


 それでもレイドは近接でさらには体術が大得意の勇者だ。ベノムは吹き飛び壁にぶつかり蜘蛛の巣状に亀裂を作り、衝撃で肺の中の空気を吐き出した。


「かはっ!!」


 倒れはしなかったはものの地面に膝を突いた。


「もういいか? そろそろ魔王と戦いたいのだが?」


 ベノムはゆ立ち上がり体中に闘気を満たしながらレイドを睨んだ。

 それは諦めていない目だ。


「まだです。まだ私は戦えますよ? それともあなたの方が限界で?」


 平然とした姿で服の誇りを払いレイドへと挑発をする。ベノムはまだまだ戦える。今までの戦闘はまだ20%とというところだ。

 本当の戦いはこれからだろう。


「そうか。全力で来い」

「ええ。そうさせていただきます。――覇流!」


 その言葉と共に、ベノムの体から膨大な魔力が天へと噴き上がる。そのまま城の天壁を突き破り螺旋を描くが少しして収縮した。

 ベノムからは紅いオーラの様なモノが纏わり付いており、気配という存在感が大きくなった。


 レイドは見えない仮面越しにニヤリと笑みを浮かべる。


(これは思っていたより楽しめそうだ)


「面白い。ではこちらも少々本気を出そう」


 レイドは身体強化を施し「来い」と告げた。

 ベノムが目の前から消え一瞬でレイドの三メートル手前でいつの間にか持っていた剣を振り払った。するとその一振りで数十本もの斬撃がレイドを襲う。それでもベノムの攻撃は止まらない。


 だがベノムは斬撃が当たらないと分かるや否、近接戦へと切り替えた。

 駆けて迫るベノムに対してレイドは拳を握り放つと、発生した衝撃破が床を抉りながら前方へと襲う。


 衝撃波にベノムが襲われるがそれは消えてしまう。


「欺いたつもりか?」

「ぐ――あがっ」


 後方から迫るベノムにそう告げ体から衝撃波を放ち吹き飛ばし、そのままベノムに一瞬で迫り腹に掌打を加えて気絶させた。

 その光景を見た魔王フランは口を開いた。


「ほほう。本気になったベノムを容易に倒すか」

「まあ強かったな。でも俺の敵ではない」

「面白い。では約束通り、この魔王である私。フラン・ヴィレアーレが相手をしてやろう」


 玉座から立ち上がりこちらに歩み一定の距離で立ち止まったフラン。

 フランはとある要求を口にした。


「我から一つ、条件がある」

「なんだ?」

「そなたに勝ったら我の配下となってもらおう」

「構わない」


 レイドの言葉に満足そうに笑みを浮かべるフラン。


「だが俺が勝った場合は?」

「私を殺そうがそなたが魔王になろうが好きにしてくれて問題はない。それで良いな? どうせ私が勝つのだからな」

「そうか」


 レイドは文句を言うことは無かった。


「では楽しい楽しい戦いを、死力を尽くした戦いを始めようではないか。我を存分に楽しませよ!」


 こうして魔王と勇者の戦いが始まるのだった。





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