第2話 仮婚約者の彼 Aとの記憶

 「お願い、やだ、もう助けて。」


 そんな事を言いながらAのベッドで愛を共にした。プライドが高く、サディストで征服欲の強いAはいつも私を自分の思うがままにしようとした。見下すように上から視線を落としながら、いつも小さく笑っていた。でも深い愛で私を包んでくれていたし、そして私をマゾヒズムへと仕上げていった。


 いつもそうだ。私を抱く腕は乱暴で、私の腕を拘束した。マンションのベランダの窓を開放した後に、

「声出しちゃだめだよ。」

と、いつ誰が通るかもわからないのに、私は露出を強要された。後ろから挿入され、羞恥心に苛まれて涙ぐみ、声を押し殺しなが耐える私をみてAは満足していたこともあった。


 Aは某国立大学院ので心理学を学んでいたが、この時期は就職氷河期、就職難で、就職浪人中であった。国立大学院在籍中であってもなかなか理想の就職先に勤められることは難しく、少し病んでいたようだった。就職活動初期は、色々なことを私に話してくれたが、最近ではめっきり話すこともなくなり、部屋に引きこもるようになってしまっていた。

月に2、3回程 週末に私がAの家を訪れていたが、いつも部屋は暗く、タバコのヤニの臭いがカーテンに染みつき、独特な香りがしていた。

 私が訪問すると、安心したようなそして複雑な表情を私に向けて、笑っていた。


 Aと最後に会った日も変わらず私を抱き、次会うクリスマスの約束もした。

 でも、その乱暴で優しいAに抱かれながら、寂しさが込み上げた。理由はわからないけど、とにかく帰りたくないと訴えかけたことを覚えている。しかし、その日が本当に最後の日だった。今思い返しても不思議な感覚だ。勘とか第六感とか、そういうものなのだろうか。


 突然の別れのメール。好きな人が出来たというのは信じがたい。引きこもりがちのAであったから、何か他に理由があったかも。プライドが高かったAを、私の存在がAを追い込んだのかも?憶測でしかないが、それでもただただ、平常心でいられず、パニック状態でAに電話した。電話に出てくれたAの声は深く低く、何を聞いても「ごめん。」としか言わなかった。電話に出てくれた事が、Aの最後の優しさだったのだろうかと。想像する事しかできない。私の最初で最後の大恋愛は突然終わりを迎えた。そして2年程引きずり、恋愛からも離れていた。誰とも関係を持つ気になれなかったのである。


 その後30歳を前に転職を決め、有給休暇が1ヶ月も出来た。新しい恋の再スタートを、そして生まれ変わりたいと、やっと動き出す決心もついたので、有給休暇を有効にと、南の島に2週間滞在することにした。そしてそこで、島ラブを経験することになるとは夢にも思っていなかった。





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トンネルの先のその暗闇の中 あから。 @kimopapain

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