第2話 太宰治が天神様となり、禁書化

夜になって家の大広間の座敷で食事となる。


「この世界にも民宿あるんだね」

「この世界? あなたどこから来たの」

「気づいたら海にいた」

「漂流したの」

タイタニックかよ、と俺はクスリとした。


「海で自殺しようとしたつもりなんだが」

「海で自殺!」


彼女の期待通りの反応に俺は安心する。しかし、次の言葉

「まるで太宰天神様みたいね」

に、何か強い違和感を感じざるを得ない。

「菅原道真は自殺なんかしてないっしょ」

「戦前の太宰天神様はそうだけど」

「は? 」

「戦後の太宰天神といえば、太宰治様でしょ」

娘は床の間の巨大な白黒写真を指差した。頭が痛くなる。そこには太宰が正座してショケンする有名な写真が飾ってあった。


(一家で太宰ファンか。にしても床の間に飾るのは大袈裟)

「大明神が日本を変えてくれたでんしょ。そんなことも知らないの?」

 秋子は何言ってるのと飽きれ顔だ。粗末な麻の半袖のシャツから生えている畑作業で鍛えた腕は細いながらも筋肉質。


「で、あなたは何者なの」

間を置かず質問されて、何故太宰が大明神なのか聞き損なう。

「俺はなんなんだろなあ」

説明が面倒で俺はため息つく。ふとテーブルを見ると旨そうな山菜や白身の刺身が黒光りした木製の低いテーブルに並べなられていた。

「お金がないなら村役場で手続きすれば貰えるのに 」

 娘は白く光るご飯をよそいながら言った。


「生活保護ってやつか」

「そうそう」

(そんなの簡単におりるかよ)


 俺は贅沢に油ののったブリの切り身を箸で摘まんでみる。

「うまい。新鮮だな」

「韓国産のブリよ」

「は、海があるのに、外国産なんだ」

「だって円高だから、買ってきたほうが安いんだもの」

今度は美味しそうなゼンマイの煮付けを口にいれてみる。

「さすがにこれは地元産だろ」

「これは中国産」

「なんだよ。地元ねえのか」

「確かに変よね。でも人件費が高すぎて外国産買ったほうがいいの」

秋子は顔をしかめる。

「漁師の給料が高いって、幾らだよ」

「1千万円以上くらい」

「まじ、そんな高いんだ」

「ここ石川県の最低時給が3000円だから」

「すげえな。最高じゃん」

「どうなんだろう。お陰で国産のTシャツなんてスーパーで買っても4000円する。外国産だと400円なのに」

「それは国産にはきついな」

「そうよ。国産何て誰も買わない」


 でも転生する前の世界もわりと似ていた。中国産ばかりで国産のティーシャツ何てほとんど売ってなかった。でも給料はこっちが天国だ。


「これからどうするの」

「魔術を使って、出来るだけ多くの人間をへいこらさせててやりたい」

「うわあ、志低いね」

「あとはハーレムだな」

「最低」


秋子はそういって、どっかへ行ってしまう。

 なにげなく天井を見上げると黒光りした太い梁がなかなか頼もしい。

「あんた、孫娘には手を出すなよ」

 日本酒を抱えた爺さんが、俺の正面にドッカリ座った。それと同時にボーンと巨大な音が頭上から降ってきた。年季のはいった、時計だった。


「いい家だね。座敷わらしいそ」

「あんたは津軽の人か」

爺さんは茶碗に酒ヲついでくれた。

「いや、東京だが」

「大明神の親戚じゃないのか」

「親戚じゃねえよ。太宰治の愛読者だけどね」

「よ、読んだのかえ」

「勿論だよ」

「じゃあ、あんたは特別な人間だ」

「は、俺は生まれながらの派遣社員だ」

「派遣社員ってなんだね」

「いつでも首きられる、バイトみたいな社員だよ」

「バイトて、その年であんたバイトか。結婚どうするんだ」

「派遣の給料じゃできねえよ。でも、秋子ちゃんくれよ」

「お前さんには、秋子は若すぎだろ」

「俺はまだ31だよ。7歳差何て問題ないっすわ」

「秋子は嫌だろうね」

「だろうな」


爺さんは酒を一緒に飲んでくれれば、何でも許せる奴だったみたいで、結構仲良くなる。俺は疑問に思っていた太宰が天神さまになった経緯を聞いてみた。


「太宰明神が国際ペンクラブでいったわけよ」

「なんて」

「日本は原爆を二つも落とされた国だからもういじめないでくれって」

「苛めるなって、幼稚過ぎてすげえな」

「それで、とりあえず日本で当時大変だったインフレをアメリカが無制限に助けるって合意が出来たんやわ」

「インフレって、そこまでひどいの」

 俺は漬け物を食いながら親切な爺さんに言った。

「毎日米の値段が上がって、庶民は地獄の苦しみだったそうな」

俺の無知にも飽きれたそぶりをみせない。

「それは困るね」

「太宰明神は円が弱くてスコッチウイスキーが飲めなくて困っとたんよ」

「あんま同情できんな」

「最初は輸出が出来なくて困ったけど」

「そうなんだ。今じゃみんな皆給料高くていい世の中じゃん」

「馬鹿いうな。物価が高いのに年金は上がらんから年よりは永遠に働かんとならん」

「そうなの。働いてる若い奴からがっぷりがめてんじゃねえの」

老人は俺の言葉を聞いてやれやれと頭をふった。

「田中角栄が年金を積み立て方式から付加方式に変えようとしたことがあった」

「え、何付加方式って」

「自分が積み立てた金とは別に年金を若い世代から徴収する方式じゃ」

「それそれ。最低なんだよ。俺の給料20万しかなかったのに、年金2万だぜ」

俺は怨みをこめて叫んだ。

「夢を見てたのか。年金はせいぜい給料の2%のはずじゃが」

「そ、それもまさか」

「ああ、太宰大明神のお陰じゃ。子育で大変な若者から金を奪わないと生きられないなら、俺は多摩川に入水するって国会で」

「はあ、太宰が国会に」

「大明神は父の意思をついで 衆議院議長になったんだよ」

「その代わり日本人は大明神を読めなくなった。

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異世界に転生したらブラックスペルが太宰ワードだった 不燃ごみ @doujjimayu

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