異世界に転生したらブラックスペルが太宰ワードだった

不燃ごみ

第1話 太宰マジックで老人と巨乳の孫娘を脅す

三秒後だ。


桜の木の下で俺は強者として生まれ変わる予定。


老人の背後に迫る時、春風がビューっと耳たぶをくすぐって痒い。砂でも入ったかと思ったら、花びらが引っ掛かっていて思わず顔をしかめる。


「はて」


 気配に気付いたか、老人は振り返って俺をみあげた。俺は無駄に上背がある痩せた体を反り返らせて、しゃがれた声でボソッと囁くように彼に告げる。


「ご老人、黒魔術はいかがかしら」

「い、今なんとおっしゃられた」


 キャツの目が不審げに細められている。年齢は70くらいだろうか。真っ白い髪は短く刈られている。


「だから、俺は黒魔術が使えるんだよ」

「ま、魔術って漫画じゃあるまいに」


 彼の動揺は見ていて心地よかった。他者が自分の力に恐れを抱く姿を見られるなんて。


「さて、爺さん覚悟はいいかい」


 屈辱しか感じたことがないこれまでの俺の人生。そんなネガティブな感情を存分に噛みしめながら、俺はその"ブラックスペル"を口にした。


「生まれてすいません」


「ひやあ」


と、小さいながらも驚愕の声を残して爺が目の前から一瞬にして消えた。

(あらら、ちっこいねえ)


 俺は老人が己の手の平で尺取り虫の姿でのたうつ姿を見てユエツを覚えた。


 若い娘がいつまのまにか能面のように静まりかえった表情で俺の背後に立っていた。


「そ、祖父を元に戻して」

「君は誰だ」

「秋子です」


 孫娘とおぼしき秋子は白菜が植えられた畑で肩幅よりも大きく足を広げてしっかりと大地にキツリツしている。

推定年齢24くらいで、目が大きくソバカスがあって、胸がタワワで首だけがか細い。


「見返りはなんすか」

と無心に聞いてみたら

「うちで取れた大根で美味しい味噌汁を」だって。


「普通最低キスだしょ」と俺が言うと

「それは好きな人としか」

ときた。


 俺はさっさと手の平の虫を地面に払い落とす。

「あ、おじいちゃん蜘蛛に捕まったよ。おお、もうすぐごっくんされそう」といってあげたら


「キスは約束します。明日の早朝に」と態度を豹変させた。

「早朝は寝てるけど」

「一緒に畑の草取りしながらでも」

「本当にさせてくれるの」

「は、はい」


 俺は娘の言葉をいったん信じてみることにした。


「生まれて最高」


と太宰ワードを単純に否定するホワイトマジックを唱えると、爺が虫から復活した。

 爺は人間に戻っても頭が痛むのか、顔をしかめて木造の古民家にひきこもった。


「ねえ、ところでここは何ていう場所なの」

「総額って町よ」


 思いっきり変な名前の村だ。日本なのだろうか。


「あなたはどこから来たの」


秋子がいぶかしげに聞いてくる。


「今夜泊めてくんない」

「民宿だから、止めるけど」

「ちなみに、金はない」

 娘はさっきの虫でも食ったような顔をする。

「警察につき出すわよ」

「君も虫になって、みたいの」

「魔術を使えば、何でも思い通りってわけね」と秋子はため息ついた。


 力があると話が早くて良いものだ。結局秋子は無料で俺を民宿に泊めてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る