タイムパラドクスの殺人

遊馬海里

1話目 親殺しのパラドックス

「見つけた。」

父だ。俺の知っている父とは随分と見た目が違ってはいるけれど、あれは確かに父だ。

アキは心の中で渦巻く深い憎悪の感情を抑えるつもりがなかった。

「お前なんて死んでしまえばいい、そうすれば母さんが不幸にならずに済んだんだ。」

そう言ったアキは父親の元に駆け出し、カバンに隠し持っていた包丁で突き刺した。

「これで、全部リセットだ。」

全部全部が白紙に還る。

母さんと出会う前の父が死ねば俺は生まれない。

でもその代わりに母さんが幸せになるのならそれでいいんだ。

アキは混濁していく意識の中思い出した。

なんて言うんだっけ、確か……親殺しのパラドックス


幸せな夢を見ている。

父のいない世界で母さんと一緒に平和に暮らす世界の夢だ。

夢の中母さんは言う。

「お父さんを殺してくれてありがとう。」

そこでアキは気づいた。この幸せな世界は夢であって二度と戻っては来ないということを。


目が覚めた。背中がびちょびちょに濡れていて気持ちが悪い。

そこは知らない天井で腕には細い管が通っていた。

「戻って来た……のか。」

手にははっきりと父を刺した感触が残っている。あまり気持ちのいいものではなかったけれど、何よりも達成感が上回っていた。

アキは自らの拳を握りしめその事実を噛み締めた。

「やったぞ……俺はやったんだ。これで母さんは死なずに済むんだ。」

そしてまた思い出した。子供の頃図書館で読んでしばらく熱心に調べていたとあるパラドックスの話を。

親殺しのパラドックスの話を。

突然扉が開く音がしてカツカツカツと複数の音が聞こえて、ベット回りのカーテンが勢いよく開かれた。

「お目覚めか、犯罪者。」

しばらく眠っていたようだ。太陽の光が嫌に眩しい。

「お前を殺人の容疑で逮捕する。」

目が慣れてきて今の状況が理解出来た。となるとここで聞くべきはひとつだろう。

「今は……何年ですか?」

「あ?何おかしなこと聞いてんだ、今は1996年。そんなの誰だって知ってる事じゃねえか。」

「そうですか……。」

どうやら俺はまだ過去に存在しているみたいだった。


親殺しのパラドックスというのを知っているだろうか。「ある人が時間を遡って、血の繋がった祖父を祖母に出会う前に殺してしまったらどうなるか」というものである。その場合、その時間旅行者の両親のどちらかが生まれてこないことになり、結果として本人も生まれてこないことになる。従って、存在しない者が時間を遡る旅行もできないことになり、祖父を殺すこともできないから祖父は死なずに祖母と出会う。すると、やはり彼はタイムトラベルをして祖父を殺す……。このように堂々巡りになるという論理的パラドックスである。

このパラドックスが時間を遡るタイムトラベルが不可能だという証拠として使われてきた。

しかし警察が言うにも俺は父を殺したのだ。つまりこのパラドックスは成り立っていないということになる。そこで俺にはひとつの仮説が成り立った。

それは考えただけでちょっとばかしハッピーな気分になれる話だった。

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