やさしい海賊

ぽぽ

進路希望調査

太陽光とか将来の夢とか希望とか、キラキラしすぎて私には眩しい。「君にはなりたいものはないの」なんて言われても、私の周りにはそんな「美しい」ものはなかった。だから「"進路希望調査"を提出するように」なんて言われたって、自分がキラキラする未来なんか想像もできないんだから出せるわけがないんだよね。

ふざけた男子が進路希望調査に「海賊」って書いて出したって噂を聞いた。私は「バッカじゃないの」って思った。「賊」って、泥棒のことでしょ?そんなものになりたいなんて先生に知られたら、呼び出されるに決まってんじゃん。本当に、バッカじゃないの?

……でもさ、そいつはなんでそんなことしたんだろうって気になる。気になって気になって、そのバカ男子の靴箱に、私はノートを1枚破って書いた手紙を入れたらしい。

たぶん私はぼーっとしていて、その靴箱に入った紙切れをひとりで見つめていた。

誰かに肩をトンっと叩かれるまで自分がしていることに気がつかなかった。

「えっ、なになにどうしたの?俺に告白?」

今起きている状況に気付いて私は恥ずかしさでうずくまる。

あたりは誰もいなくて夕日が沈もうとしてる。私の影が長く伸びる。

もう夕方のくせしてうだるように暑いのに、冷や汗が出て体が凍っていくような感じがする。

「『あんたってバカなの?叱られるの好きなの?』ねえ。こりゃラブレターじゃないや、残念。聞いたんだ、俺の進路希望のこと。」

「ウン」

自分でも何故こんなことしたかわからないから目が回りそうだ。なんとかひっくり返った声で返事をする。

「教えてあげよっか、俺のこと」

そう言ってそいつはうずくまる私を立たせて、私の手首を引っぱって、誰もいない裏庭の日陰のベンチに連れて行った。ここは暑いけど、大きな桜の木が影を落としてくれているし、少しだけ風も吹いている。汗で張り付く前髪と横髪をそのままにするのはただただ隠れたいから。もう恥ずかしくてうつむきっぱなしだ。

たぶん、そんな私の様子を見て、そいつは自分から話し始める。

「俺ね、嫌いな先生の授業の時こっそりここ来るんだ。」

「うわ、サボってんだ」

「だって耐えらんねーんだもん。あいつ、太平洋と大西洋、間違えて教えてたんだぜ。許せねーよ。」

「私も嫌いな先生はいるけどボイコットする発想はなかったね」

すぐ近くの壁に止まったセミが鳴く。鳴いてたと思ってたらビビビッと飛んでいく。ギャッと私は縮こまる。

「ねえ、君さ、夏って好き?」

そいつが私をじっと見て言う。

「何突然。キライだよ。暑いし日焼け止め塗るのダルいし眩しいしセミいるし」

「じゃあ冬は?」

「キライ。寒いから厚着して着膨れするし、霜焼けできるしそのくせマラソンあるし」

「うーん、じゃあ秋は?」

「キライ。虫がうるさいし。○○の秋みたいなの多すぎてウザい。」

「はい、じゃあ春は?」

「キライ。花粉症だから。あと…難しいし…いろいろ新しく始まることが」

「…人間関係?」

「まあ…そうかな…」

「君は全部の季節が嫌いなんだねぇ」

「どれか一つ好きじゃなきゃダメなわけ?」

「ううん。でもさ、好きな季節は?ってよく聞かれる質問だから大変そうだなって。きっと君はその時無理やり嘘つくんでしょ?」

「嘘なんか…」

ぽろぽろぽろぽろ涙が出てくる。なんなのこいつ。私のこと知ったような口きいて。でもそうなんだ。私はきっと言えないから。「全部キライです」なんて。

「え、泣いてる!」

「いや、なんかムカついちゃって…」

「え、ごめん!」

なんなんこいつ、めちゃくちゃ素直でムカつく。

「それよりさあ、なんで進路希望調査に『海賊』とか書いたの?」

「え?だって俺は海が好きだから。」

「いやいやいやちょっと待ってそれなら海賊である必要はなくない?」

「まあね〜」

へへーんって感じで脚を組む。

うわあ、こいつ、まじでふざけてるんだ…

「私帰るね」

ベンチから立ち上がってプリーツスカートについた木屑をはらう。

「いやいやいやちょっと待って、あのね続きがあるんだ」

私は立ったまま振り返って睨むようにそいつを見る。

「俺さ、本当にバカだから困っちゃったんだよ、"進路希望調査"。みんなさ、フツーに職業を書くんだ。プログラマーとか弁護士とか作家とか」

「そりゃあそうでしょ。私だってとりあえず教師とか公務員とでも書いておこうと思ってるよ」

「うーーーーーんそうだよねえ…。ごめん、俺の話聞いてくれる?」

「聞いてるよ」

「いや、まじで引いてほしくないんだ、誰にも言ってなくて。」

「うん」

特別扱いされたら聞くしかない。少し鼓動が早まるのを自覚して私はまたベンチに座る。

「…俺ね」

「うん」

「バカだから職業書いたところで鼻で笑われるのわかってたんだよ。だからもはやYouTuberとかでもよかったんだけどさ。でも別に流行りに乗りたいわけでもなければ顔出しして痛い目見るのも嫌だったんだよ、俺、本当は結構真面目なんだよ、バカだけど」

「そんな気はする。素直だし」

「素直か…まあよくバカ正直とは言われる」

「だろうね」

「それでさ、俺…"進路希望調査"の"希望"ってなんだろうって思ってさ…」

「はあ」

「なんとなくスゲー前向きでキラキラしたもののように感じてたんだよ。『希望』って。」

「そういうもんじゃないの?」

「まあそうなんだけど…俺さ、『希』と『望』って漢字をさ、調べたんだ」

「ほえー」

こいつは本当に「バカ」なのだろうかという気持ちになってきた。

「どっちの漢字もたしかに"願う"みたいな意味があるのはそうなんだけど…」

「うん」

「希望の『希』って『稀』と同じなんだって。あと…"うすい"みたいな意味もあるみたい、あ、ほら『希薄』って言うじゃん」

「たしかに」

「そんでな、『望』の方は…スゲーいっぱい意味あるの」

「…そうなんだ」

「"人気"とか、あと…そう!"うらむ"っ意味もあるらしいんだ!面白くね?」

「ほえー!それは知らなかった」

「…だからさ、進路希望調査って、別にそんなみんなが思うキラキラしたもん書かなくてもいいのかなーって思ったんだ。まあ一応海賊は"人気"だしさ、ジョニーデップのおかげで。あと"うらむ"ことをしてもいいんだし、俺には海賊がぴったりなんだよ。」

「……………」

微妙に腑に落ちない感じがする。

「…海賊になりたいの?」

「………わかんね。」

わかんないんかい!わかんないんかーい!

私は笑う。お腹を抱えて。そして涙まで出てきた。

「あんたのこと、好きだ、たぶん」

「えっやっぱり告白だった!?」

「バッカじゃないの、人間としての話」

私は笑いながら涙を手で拭って言う。


でもね私、あんたと一緒に海に出て、水平線に沈む太陽を見てみたいと思った。水面のきらめきを見てみたいと思った。そしてね、きっとあんたはバカ正直に港で食べ物を乞うて愛される海賊になるのかな、なんて思った。拭っても拭ってもなぜか私は涙が止まらない。あんたともっと話をしてみたい。

あんたと話をしていたら楽になれる気がしたんだ。きっと海にはほとんどね、季節なんかないだろうし。もっと海のこと教えて。もっとあんたのこと教えて。

「ねえ、今度はさ、海賊ってどうやってなるのか一緒に調べよう」

「まじ?じゃあ明日の放課後、図書館で」

私たちはベンチから立ち上がって、ほぼ沈みかけた夕日が見える校門に向かって歩いた。

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