第593話 おてんば令嬢

 それから五年も経つと、世の中の状況は色々と変わる。


 領地をあげて植林に取り組んだ結果、小さな林があちらこちらにでき、街の外の景色は一変している。多く果樹を得られるようになったのはもちろん、木々が大きく育つとそこに棲む動物もどこからかやってくる。


 領都周辺の獣といえば野ウサギや野羊ばかりだったのだが、森ウサギやリス、それにヘビやトカゲなどが林に棲み着いている。もちろん、その中に魔物はない。


 各地の街道も整備が進んでいる。特に現在はウンガス王国への道の整備が着々と進められている。周辺の魔物退治をしたうえで工事の拠点を作ってと簡単ではないが、両国の関係を考えたうえでの工事のため国からの補助もある。


 それに伴い、グィニハシとスゥミガシにも小さな村から作り始めている。あれらの土地も、いつまでも何もない野原のままにしておくわけにもいかない。

 王宮で進めている新しい町の作成の試みや、イグスエンでの町の復興を参考に、二つの村づくりは順調に進んでいると言って良い。



 何よりも変わったのは〝守り手〟への距離感だ。


 三年前、私が初めての出産をしたころ、銀狼が街のすぐ近くに巣を構えて人々を驚かせたのだ。

 私も動けないときに何があったのかと思ったら、彼らも仔を産みたかったらしい。一か月後には元気な仔狼が草原を走り回っていた。


 半年ほどしてから娘を連れて挨拶に行ってみたのだが、銀狼の背の上に乗せてみると大喜びで這い回るはしゃぎようだった。


 三歳になった今でも「ぎんろう、ぎんろう!」と連れていって貰えるのを楽しみにしているくらいだ。


「まったく、一体誰に似たのやら。」


 ジョノミディスはその度にに呆れたように言うが、銀狼の背で大喜びするのは私の子だけではない。騎士や文官も子どもを連れていったりいているが、何割かの子どもは大はしゃぎしているらしい。


 平民の中には、銀狼の子とじゃれあっている者もあるらしい。体格が違いすぎるため怪我をする危険もあるだろうに、逞しいことである。


「そういえば、ハネシテゼ様は黄豹の子とともに魔法の扱いを学んだと聞いていますけれど、銀狼でも同じようにできるのでしょうか?」

「やめてくれ。そんなところまでハネシテゼ様に倣わなくとも良いだろう。」


 無茶なことをしなくとも、城の庭で魔力を使った遊びをさせておけば十分だとジョノミディスは言う。それでも私と同程度以上になれる道なのだから、公爵家としてはそれ以上は求めなくて良いと言われれば私も反論が難しい。


「それよりも、今は南洋諸島連合だ。」

「私は行けませんから、ブェレンザッハからは騎士を派遣すれば良いでしょう。」


 一か月ほど前に三人目を出産したばかりの私は、内紛が激化しているという南洋諸島に行こうとは思えない。赤子を置いて遠征に行こうと思えないし、何よりも体調がまだ戻っていない。


 いくつかの島の代表者がやってきて何とかして戦いを収めてほしいと請われているらしいが、ハネシテゼも私も出産や育児で動くことは難しい。


 次期領主として引継ぎを始めているジョノミディスも動けないし、おそらく出向くのはフィエルナズサとなるだろう。エーギノミーアでは揉めに揉めた末に次兄ウォルハルトが次期領主と決まっているため、フィエルナズサは比較的自由に動ける。


 南の国がどのような状況下は知らないが、天から制圧できるフィエルナズサが苦戦するとも思えない。もしも、フィエルナズサだけではどうしようもないならば私も出るようにと言われるだろうが、おそらくその心配はいらない。


「糧食として、特産品をいくつか出してやるか。」

「それでしたら栗蜜菓子など如何でしょう? 使節の贈り物としても使えると思います。」


 栗の蜜を使った菓子はブェレンザッハの自慢の特産品の一つだ。他の領地でも栗は採れるので作ることは可能だろうが、まだレシピは真似されていない。


 お茶に入れたりパンに掛けたりしても美味しいのだが、これを練りこんだ焼き菓子がまた格別なのだ。栗の風味ある甘さに香ばしさが加わり、食べるととても幸せな気分になれる。


 南の国では何が原因で争いごとになっているのか知らないが、争いが激しくなれば食料が不足するであろうことだけは分かる。麦の類はもう少し南の領地に任せるとして、こちらで多くとれる堅果の類でも送ってやれば良いだろう。


 蔵の整理もかねて木箱数十を送り出してやり、その旨を王宮にも知らせておく。


 それ以外についてはいたって平和だ。

 農業生産は比較的安定し、少々の冷害では飢えに苦しむものもない。治水工事も計画通りに進み、犠牲者が出るような水害も心配がないと言えるだろう。


 各種産業も順調に伸びている。

 皮革や紡績、織物業は個性的な衣服や装飾品を生み出し、窯業なども五十年前の技術水準を取り戻したと言える。当時の職人たちはもう数えるほどしか残っていないが、技術はしっかり受け継がれている。


 そして何よりも。

 子どもの銀狼や黄豹、白狐の毛を利用した衣服が、最高級品として貴族の中で広まりつつある。年二回の換毛期に得られるだけなので多くはないが、それでも王宮やエーギノミーアでも毎年採れてはいるらしく、少しずつ着用する者が増えている。


 まったく予想もしていなかった特産品だが、ウンガス王国にも赤獅子や黒剣虎などの〝守り手〟がいるため、今後種類は増えていくだろうと予想される。



「おかあさま、たすけて!」


 突然、執務室の扉が押し開かれたと思ったら、シュメセリエが泣きながら飛び込んできて訴える。様子から察するに、おそらく、側仕えに叱られたのだろう。外敵が侵入していたならば、こんな騒ぎでは済みはしない。


「どうしたのです? この時間は踊りダンスの稽古ではありませんか?」

「あのね、あのね。側仕えミデルファネがいじめるの。」


 顔を覗き抱き上げてやると、泣きながらしがみついてくる。そんな娘にジョノミディスも苦笑いをしているが、私も同じようなことをした記憶がある。


 これは双方の話をしっかり聞いたうえで、稽古の方針についての認識合わせをしっかりとしなければならない。

 わがままに育ってしまってはいけないし、逆に大人を信用しなくなるようなこともあってはならない。小さなことが、成長を大きく狂わせてしまうこともある。


 子どもができて、私もとても大切に育てられたのだと初めて気づいた。両親からだけではない。兄や姉からも大きなものを与えられてきている。


 それを子どもに伝えていくのが、親となった私の仕事だ。



 今は三歳の小さな子どもだが、いずれはこの領地を担っていかねばならない。

 それが、公爵家に生まれた子どもの使命だ。それを疎ましく思うこともあるだろうが、ぜひとも誇りをもって育ってほしいと願う。

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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子 ゆむ @ishina

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