第592話 懐かしいもふもふ

 謁見の間での報告はそれほど長くはない。概要に関してはフィエルナズサらが報告しているだろうし、形だけのことも多い。それでも謁見の間で行うのは、私たちがウンガスで王権を担っていたためだろう。


 ただし、その後は会議室に場所を移して延々と仔細にわたる報告である。フィエルナズサらは細かい数字を出しての報告まではしていないはずで、資料を示したうえで一つ一つ丁寧に説明しなければならない。


 災害被害やその対処だけでもかなりの量があるが、話はそれだけではない。ウンガス王国の法体制や貴族のつながりなど、今後、彼の国と繋がっていく上で必要となりそうな情報全てが報告の対象だ。


 もちろんそんな量の報告が一日だけで終わるはずもなく、四日かけて説明をしてやっと王族や文官たちの質問も尽きた。


「よくここまで纏めたものだ。内乱や我が国との戦争もあるかと思いもしたが、想像以上に平和裡に治ったものだ。」


 感心したように言うのは先王トゥジェだ。私たちが行く前の使節とのやり取りや、一年目の報告では武力衝突は十分に起こりうる事態と認識していたらしい。


「限界近くまで追い詰められていたのだろう。それに、ザッガルドやノエヴィスといったウンガスの貴族に種を蒔いておいたのが有効に働いたといえる。」


 以前の使節で赴いた際に、ウンガスの貴族とつながりを作っておいたのが功を奏したといえる。それがなければ、オードニアム公爵らを引き込むのは困難だっただろう。


 それに当初は敵対的貴族の筆頭格と数えていたヘージュハックが、全く敵対することなく冷静に利を説いたのは本当に予想外だった。


「そういえば、その後の話は私も聞いていなかったのですが、ヘージュハックの長子はどうなったのです?」


 当主が捨てる決断をしたことだし報告を出して以降気にもしていなかったが、ふと思い出して尋ねてみる。


「ブェレンザッハに攻め入ってきたウンガスの者か? あれは何年も前に処刑しているはずだ。確か、引き渡し要求をするつもりもないと報告が来ていたのではなかったか?」


 そんな報告を出したのは、ウンガスに行ってから一年も経たないころだ。返せとも言われないならば捕虜として大事に確保しておく必要もないということで、その後すぐに処刑となったらしい。


「大した情報も得られなかったので、彼らにはすべての罪を被ってもらいましたよ。処刑の立会人はブェレンザッハ公爵とイグスエン侯爵です。」


 以前の侵攻の責任まで被せて、諸悪の根源のような扱いでの処刑だったらしい。思い出しながら処刑について話すハネシテゼだが、聞いていると思わず笑ってしまう。



「お話は以上でよろしいでしょうか。」

「いや、まだ聞いていないことがある。」


 資料の説明も終わったし、質問ももう終わりだと思ったのだがセプクギオはまだ話があるという。


「堅い席ではなくお茶会の話題とした方が良いのかも知らぬが、貴方あなたたちの話を聞いていない。」


 つまり政治の話ではなくて個人的な話に近いものだという。もっと具体的に言えば子どもの話だ。


「フィエルナズサから聞いていませんか? 子どもはまだ設けておりません。」

「そ、そうなのか? 一人や二人、いても良いと思ったのだが。」


 そういうセプクギオとハネシテゼの間には、昨年子どもが生まれたらしい。年齢や結婚歴から考えれば私たちにも子どもがいても何の不思議もないが、ウンガス王宮での出産はさすがに難しい。


「いくら何でも子どもを産んでいられる状況ではありませんよ。恭順を示す者がほとんどでしたが、反バランキルのような者もおりますから。」


 赤子というのは弱みにもなるし、内外に隙を見せられるほど余裕があったわけでもない。子どもはこれからだと告げるとセプクギオは申し訳なさそうに頭を下げた。


「わたしからも一つ聞きたいのですけれど、空を翔ける魔法はどこまで広まっていますか?」

「王子にはお教えしましたけれど、そこから広げてはいません。ウンガスでは、王族用の魔法ということにする方針です。」


 強力な魔法を不用意に広めてしまえば、王子の権威が相対的に下がってしまう。今後の統治のことを考えたら、王族のものとしておくのが良いだろう。


「バランキルでも王族用だぞ……」


 ぽつりと言うのは第二王兄ストリニウスだ。フィエルナズサやメイキヒューセも使えるはずなのだが、そちらには秘匿するようにと言ってあるらしい。私たちも秘匿せよということなのだろうが、少なくとも私も空を翔けられることはブェレンザッハでは知られている。


「ウンガスで王族に準じた扱いだったということで、お二人は使えると周知してしまっても構わないと思いますけれど。」

「しかし、それでは王族の権威に影響が出ませんか?」

「ティアリッテに関しては今更でしょう。それに、わたしを支える最も重要な臣下なのですから強い力を持っている方が良いのです。」


 フィエルナズサらに秘匿するように言ったのも、私がウンガスから戻っていなかったからだとハネシテゼは説明する。


 家柄等を考慮すれば、順序としては私が筆頭でジョノミディスとフィエルナズサが並ぶ。その次が誰なのかは議論があるが、メイキヒューセは一段下であることは間違いない。


 いつの間にそんな序列が作られていたのかとも思うが、私を一番上にしなければ、ハネシテゼがウンガス王国に乗り込んでいった説明ができないということも大きいらしい。


「ぜんぶネゼキュイアの所為ですか。」

「そうですよ。諸悪の根源なんて言い方をするならば、あれが一番酷いではありませんか。ウンガスなんて比べものになりません!」


 思わずため息を吐いてしまうが、ハネシテゼはネゼキュイアにすべての責任を押し付けるつもりらしい。やったことも王の言い分もありえないものであったし、言いたいことも分からなくはない。


「その話は良い。どちらがどう下であるかをここで言っても意味がない。そんなことよりも、何か見せたいものがあると言っていなかったか?」

「ああ、そうでしたね。あれを見ればティアリッテも驚きますよ。」


 そう自信満々に言うハネシテゼだったが、それは王宮の中ではなくて外にあるのだという。


「いったい何でしょう? こちらでも果樹園を作ったのですか?」

「ひみつです。見てのお楽しみですよ。」


 ジョノミディスと顔を見合わせてみるが、ハネシテゼがそのように言うものが想像ができない。まさか、以前に言っていた空に浮く船だろうかと思ったが、王配セプクギオをはじめ他の王族がそれを作ることを認めるとも思えない。


 翌日、朝からハネシテゼと一緒に王宮の北へ行ってみると、巨大な生き物がそこにいた。


「黄豹に白狐? なぜ、こんなところに?」

「あなたの帰りを待っていたんですよ。」


 ハネシテゼはそう言うが、そんなはずはないだろうと思う。彼らが以前に会ったことのある個体であるとしても、十年以上も前の話だ。今さら私に会おうとする理由が分からない。


「空を翔ける魔法と、ネゼキュイアの穴の処理が関係しているのだと思います。最初に彼らが集まってきたのはわたしがウンガスから戻ってすぐでした。」


 そのときも騎士から報告を受けて様子を見にきたが、緊急事態のためにどこかへ連れて行こうという雰囲気ではなかったらしい。そして今も、獣たちは並んで座っているばかりで、切迫した様子は微塵もない。


「どうすれば良いのでしょう?」

「わたしもよく分かりません。」


 ハネシテゼも肩を竦めるのなら仕方がない。まずは挨拶として六頭に魔力を放り投げてやる。そして一通りのやり取りを終えると、獣たちはだらしなく寝転びはじめる。


「では、存分に撫でてあげましょう。ジョノミディス様は黄豹を撫でるのは初めてですよね?」

「私も撫でるのか?」


 ジョノミディスは何故か困ったように言うが、今の私たちは昔とは違う。口で咥えて放り投げられなくても、自分で空を進んでその背に乗れる。

 私もあれだけは勘弁願いたいと思う。


 黄豹も白狐も親子連れだ。端にいる親の黄豹から順に肩から首にかけて撫でまわしてやるが、ふわふわすべすべとした手触りがとても気持ちいい。


 子どもの黄豹の毛は親よりも柔らかい。ふわふわもふもふとしていて、いつまでも抱きしめていたい心地よさである。


「この毛で作った毛布はさぞかし寝心地が良いでしょうね。」

「そう思って、抜けた冬毛は回収してあります。」


 ふと呟くと、驚きの言葉が返ってくる。いつの間にそんなことをしていたのかと思ったら、三日前には黄豹も白狐もやってきていて、騎士に命じて抜け毛の回収をさせていたらしい。


「私の分はありますか⁉」

「できてみなければ分かりませんね。」


 期待を込めて言ってみるが、回収できた毛の量でどれほどの生地を作れるかはハネシテゼにも分からないらしい。あまり期待しないでほしいと言われ、がっくりと肩を落とした。

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