第591話
一通りの報告が終わると夕食の時間だ。豪勢に用意しているとのことで、ミシュレアスとキャノメルも呼ぶことになる。
二人とも味付けの違いに驚いてはいたが舌に合わないわけでもないようだった。これから数年は、バランキル王国の料理を食べることになるのだが、美味しく食べられるならば何よりである。
延々と美味しいと思えない食事ばかり食べ続けなければいけないのは、非常に辛いことだ。
「ジョノミディス、ティアリッテ。先ほどは言うのを忘れていたが、
「承知しております。ですが、明日は休ませていただければと思います。」
「そのくらいならば構わぬ。」
中途半端にブェレンザッハでの仕事に着手してから出られるのは困るということだが、この話の流れは事前に想定していたものであるし、特に問題はない。
「ミシュレアス様とキャノメル様も一日ここで休んでから行くと良いだろう。早く着いてしまいたいと言う気持ちも分かるが、用意されている部屋にすぐに入れる方が良いだろう?」
王都の学院寮では部屋の準備が全くされていないこともないが、誰がいつ到着するのかが事前に分かっているわけでもないため簡素な用意であると説明するのはディクサハンジだ。
しかしその言い分にも疑問がある。ミュウジュウ侯爵が取りまとめて名簿をブェレンザッハ側に渡しているはずだ。
両領地はウンガス王国からバランキル王国へ行こうとした時に必ず通り道となるため、この情報はかなり重要で必ず届けられているはずだ。
「ミュウジュウ侯爵より名簿は届いていますし、こちらとしても助かっています。けれど、各領地からの到着時期の予想は難しいのですよ。」
「兄上やティアリッテ様のお帰りも、一般的な予想より半月ほど早いのです。さらに遠方と聞いているオードニアムやヨドンベックから、もう到着してしまうとは思っていませんでした。」
雪解けの状況は年によって違うし、遠方からの長旅は予定のずれが大きくなることもある。しかも魔法で雪を解かし強引に路面を乾燥させてやってくることは普通はしないらしく、王宮の想定よりも早すぎる到着となってしまうだろうと言う。
「つまり、ティアリッテのせいか。」
「私が悪いかのようにいうのはやめてくださいませ!」
冗談まじりにジョノミディスが言うが、客人の前ではやめてほしいと思う。まるで私がいつも非常識なことをしているように思われてしまいかねない。
「そういえば、私の植えた木はかなり大きくなっていますけれど、実が採れたりはしているのですか?」
「ああ、そういえば
「それはぜひ飲んでみたいですね。」
話題を変えてみると、果実酒がいくつか出てきた。桃の果実酒と一口に言っても、甘味や酸味の調整の仕方で種類がある。
熟成期間の違いでさらに種類が増えるが、出されたものは代表的なもの四つだ。
飲み比べてみると、白の熟成が若いものが最も好みに合う。桃の甘酸っぱい香りが強く残り、味は甘味よりも酸味の方が少し強い。これにケーキを合わせると、とても美味しいことだろう。
ジョノミディスはよく熟成されているものを好み、ミシュレアスとキャノメルは甘味の強いものが良いと言う。
「このような甘いお酒を飲むのは初めてです。」
「ウンガス王国では果実酒が少ないですからね。あなたたちが卒業して戻る頃には増えているでしょう。」
オードニアム公爵もヨドンベック公爵も植樹に力を割いている。薪や建材にできる樹木が第一であるはずだが、果実の生る木も植えているだろう。
その領地で何を大切にして、どのような産業を伸ばしていくのかは領主次第だ。二人とも優秀な領主であるし、豊かな領地になっていくだろうと思われる。
酒造の優先度はそれほど高くないようだったが、全く作らないということもない。数年後、大量の実が生る頃には酒造を強化しようとなる可能性もある。
子どもたちはそれを楽しみにしていれば良いと思う。
翌日はゆっくり休んで、さらに翌朝に馬車で城を出ると昼からは再び船の旅だ。ビアジア伯爵領、ウジメドゥア公爵領と抜けていくが、領主に挨拶をするのは帰りだ。
予定通り一週間で王都に着くと、そこでミシュレアスとキャノメルの二人とはお別れだ。彼らと次に会うのは、早くて冬だろう。
ブェレンザッハの邸に着くと荷物を下ろし、使用人たちに顔を見せる。先に出た遣いの知らせを受けて、既に王宮には面会の予約は入れてあり、明日の午後に登城すれば良いということだった。
「エーギノミーアの邸にも顔を出してきてよろしいでしょうか?」
「
「恐らく、していると思いますよ。」
迷惑ではないかと心配そうな顔をしていたが、実際に行ってみると邸ではお茶の用意をして待っていた。それにはジョノミディスも驚き呆れていたが、私と馴染みのある使用人だっているのだ。遠い異国に何年も行っていて、何も心配されていないこともないだろう。
翌日は昼食後に王宮に向かう。
馬車を降りて案内されて行ったのはなんと謁見の間であった。扉が開けられ、ふかふかのカーペットを進み、
「ジョノミディス・ブェレンザッハおよびティアリッテ・シュレイ、ウンガス王国統治の任よりただいま戻りました。」
「二人とも大儀である。彼の国での首尾は如何であるか?」
壇上からのハネシテゼの声は今までに聞いたことないものだった。私たちがウンガス王国に行っていたのとほぼ同じ期間、彼女も国王をやっている。
前回会ったときは欠片ほども見せなかったが、国王としての威厳が既に十分過ぎるほど備わっている。
「内政に関しては、落ち着き安定してきたと言えるでしょう。ウンガス王族に王権を返還して参りましたが、今後とも平和に国家運営されていくと確信しております。」
全ての問題が片付いたわけでもないが、時間をかけて解決していかなければならないことも少なくない。国をあげて協力してやっていけるだろうと思う。
「あちらでは大きな災害があったと聞いている。それに西国からの侵略があったとも。それらはもう良いのか?」
質問はハネシテゼの隣に座る
胸中を測ることはできないが、少なくとも胸を張ってハネシテゼの隣にいられるようになったのは純粋に喜ばしいことだ。
「こちらでイグスエンが元どおりになっていないのと同様、大規模な被害からの回復にはとても時間がかかります。十年以上かけて復興を進めていくことになるかと思っていますが、その全てに私たちが携わる必要もないと判断しております。」
「避難や復興に向けての計画は書類にまとめてありますので、後ほどご覧になってください。」
後ろの文官を示してやると、持っている箱の大きさにだろうかセプクギオは一瞬だけ目を大きくする。
また、ネゼキュイアについても軽く報告しておく。ネゼキュイア王の暴挙についてはハネシテゼも当事者となっているため詳細の報告は省くが、農業の調査で新たな発見があったことは重要だ。
「そちらについても、書類にまとめてございます。」
横に並ぶ文官からも溜息が聞こえてくるが、この国をもっと豊かで幸せな国にするにはまだまだ頑張るべきことがいっぱいある。
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