第590話 帰ってきたブェレンザッハ
アーウィゼまでやってくると、騎士たちもブェレンザッハに帰ってきたとはっきり実感するのだろう。表情が数日前までとは全然違う。
迎えてくれた
翌朝はなんとかベットから起きて領都に向けて出発したものの、お酒が残っているのか顔色が優れない者も多い。
それでも意地でも背筋を伸ばすのは領主一族の騎士や側仕えという誇りのためだろうか。
「ブェレンザッハの領都に着くまではお酒はお断りしましょう。」
「うむ。歓んで用意してくれる
美味しい食事とお酒を楽しんでいる間は良いのだが、翌日に動きたくなくなるのでは困る。ウンガスから帰ってくるなり宿酔の醜態を晒すわけにもいかない。
アーウィゼからギディナ、アスボヴと一つずつ町を進み、ウンガス王都出発から三十五日目にようやくブェレンザッハの領都に到着した。
「よく帰ったジョノミディス、ティアリッテ。それに騎士たちもご苦労であった。」
領主一族が揃って出迎えてくれるのは良いのだが、後ろにオードニアムやヨドンベックがいるのに下手な挨拶はできない。
「ただいま戻りました、父上。勤めを果たし、懐かしき故郷に戻れたことを大変嬉しく思っております。本日は同行者もおりますので、まずはご挨拶させていただきたく存じます。」
「ああ、ウンガスからの留学者か。」
ジョノミディスの背後に控えたミシュレアスとキャノメルを見つければ、用件はすぐにわかる。公爵が許可を出すと、二人は前に出てあらかじめ練習していた挨拶を始める。
「お初にお目にかかります。わたくしはミシュレアス・オードニアムと申します。成人するまでバランキル王国で学ばせていただく予定にございますゆえ、以後お見知りおきを。」
「私はキャノメル・ヨドンベックと申します。どうぞお見知りおきをよろしくお願いいたします。バランキル王国では大きな学びを得られると聞き、大変たのしみにしておりました。」
二人とも挨拶の言葉はそれほど長くない。当主だけならばともかく、一族揃っての出迎えであることは紹介されなくても察せられるようで、短く済ませる用のものを選んだようだ。
「まずは長旅ご苦労であった。ここから王都までは七日ほどであるが、ゆっくり休んでから行くといい。我が城に来るものも珍しい、歓迎しよう。」
公爵が言うと、ミシュレアスやキャノメルは客室に案内されていく。私たちも部屋にといわれるが、その前に馬車に積んだ荷物の引き取りの立ち合いに行く。オードニアムの馬車の隅を借りているのだが、間違ってミシュレアスの荷物まで下ろしてしまっては大変だ。
「ジョノミディス様とティアリッテ様のお荷物はこれだけで間違いないですね。」
「うむ、この箱で間違いない。騎士の分も間違えぬよう気をつけよ。」
「承知しております。」
荷物を取り違えてしまえばブェレンザッハの騎士も、オードニアムの騎士も大変困ることになる。自分たちの荷物に関してはお互いしっかり確認して進めるだろう。
小箱だけを取り出し、他の荷物は使用人に預けて私も
「休まなくてよいのか?」
「報告の書類だけ先にお渡しした方が良いと思いお持ちしました。」
「……多いな。」
公爵が顔を
「肥料はともかく、災害についてはブェレンザッハだけの話でもないですよね?」
横から書類をのぞき込んで言うのはまだ若い女性だ。先ほども公爵の横にいたので、セスニロイエのはずだ。ディクサハンジと思しき男性も何事かとやってくる。
「セスニロイエにディクサハンジで間違いないな?」
「何を言っているのですか、お兄様。」
弟妹は呆れたように言うが、五年も見ていない間に二人ともすっかり成長してしまっている。身長は伸びているし、顔つきも大人のものになってきている。執務室にいるから見当がつけられるのであって、何らかのパーティであったのであれば分からない可能性もある。
「それでこの書類だが、当然ハネシテゼ陛下にも報告するものだ。」
「農業の改善はまだあるのですね。」
「これは際限がないのではないかと思っている。麦に有効な方法と、豆に有効な方法は明らかに違うのだ。畑にはいったいどれほどの種類の作物があると思う?」
ジョノミディスの言葉に困った顔をするのはディクサハンジとセスニロイエだけではない。公爵と夫人もそろって眉間に皺を寄せる。
「優先順位をつけて進めていけば良いのか? 鉄鉱業も手を抜けぬし、どのように調整していくかだな。」
「その話は二人が休んでからでも良いでしょう。それまでに報告の概要を把握しておきましょう。」
私たちが一服もしていないことに気づいてディクサハンジが話を一旦打ち切る。
部屋に戻ると、湯浴みをして着替える。今回袖を通すのは、ウンガスから持ち帰ったものではなく、五年前からこの城に置いてあるものだ。若干首回りと胸回りがきつくなっているような気がするが、苦しいというほどでもない。
お茶とお菓子で一服すると眠気がやってきたりもするが、報告をせずに寝てしまうわけにもいかない。気持ちを入れなおして執務室に向かうと、会議室に場所を移しての話し合いとなった。
「まず、ネゼキュイアの件だが、これは我々にはほぼ関係がない
「そうですね。あとは北や南との外交の話が上がったときの参考資料程度に考えていただければと思います。」
「災害も今のところは備えの見直し程度で良いだろう。肥料や農法についてだが、明らかに効果がある作物に関しては取り入れるので構わぬ。ただし、調査研究は我が領地ではしばらく行わない。」
フィエルナズサやメイキヒューセも同じ話は知っているし、それぞれの領地ですでに試験を開始しているのではないかと思う。公爵としては、調査研究に関してはそちらに任せれば良いだろうという判断だ。
「我々が力を入れなければならないのは鉄鉱業と林業だ。まずはこちらの現状も説明せねばなるまい。」
金属を産出できる土地は少ない。いくつもある領地の中で、鉄を産出できるのはブェレンザッハとファーマリンキだけだ。各地で産業の復興や発展が進むことで金属の供給不足が浮き彫りになり、産出力の強化が求められているらしい。
良質な金属を製錬するには大量の薪や木炭も必要で、つまり多くの木を伐り倒すことになる。
「従来の金属の産出量でも森が減少していたのに、増やすとなれば近い将来に木が不足してしまうのは明らかだ。」
私が過去に何度も言っていたことだが、ここにきて公爵も危機感を持たざるを得ない状況になってきたらしい。道の途中で若木の林が増えていたのも、そんな話の影響なのかもしれない。
「ティアリッテ様の報告の中に林業についてもあれば良かったのですけれど。」
ディクサハンジはそう言うが、そう簡単に新しい発見などできるものでもない。将来的な木材不足に備えて各地での植林を強く訴えていた程度だ。
「もしかしたら、数年後にはどこかの誰かが画期的な方法を見出すこともあるかもしれませんが、今のところは何もないので地道に従来通り頑張るしかありません。新しくできることと言ったら、若木を植える際に魔物使った肥料を使う程度でしょうか。」
「樹木に対して肥料とは効果があるものなのか?」
「分かりません。そこから試してみるしかないでしょう。」
なんだか過度な期待をされているような気がするが、何もないものはどうしようもない。一つずつ有効性を確かめながら進めていくしかないだろう。
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