第28話・終章


時間が止まった様に、咄嗟に動けなかった高地が、立ち上がって焚き火の側まで寄って、気絶した加東に手錠を掛けた。


加東が、悲鳴を上げて、鎌を落とした訳が解った。加東の右腕には、太い針の様な物が刺さっていたのだ。

それは、早月の道場で見た棒手裏剣の一つだった。加東の鎌が春彦の首から離れた瞬間、正宗が投げ撃った物だ。正宗との距離は約5Mだった。


「それにしても、凄い・・」

「この距離なら、正宗が外す訳は無いわ」

 高地の呟きに答えて、美結が言う。

美結もその一瞬のタイミングを逃さずに、飛び出て、一発で加東を仕留めたのだ。


(この二人の呼吸も見事だ)

「ところで、これ抜いても大丈夫? 警察まで刺さったままでは、言い訳が・・」

 高地が聞くと、麻里先生が来て刺さった場所を確認すると、

「うん、血管には刺さっていないようだから、大丈夫よ。美結、止血のタオルでも持って来なさい」

 美結が走って、自分のザックを持ってくると、その中から包帯と消毒液を出した。


「抜くよ」

 麻里先生が引き抜くと、美結が手早く血止めをした。

 そのてきぱきとした動きに、感心した高地は、

「ほんとに、早川の子供らは、手際がいいなあ」

 思わず、又呟いた。


 棒手裏剣を抜いた痛みからか、加東は気が付いた。

目を白黒させて、手錠を見て自分の置かれている現状を理解したか、

「ちぇ、やっぱり、こんな山奥までまんまと、誘い出されたのか・・」

 と、美結を見て恨めしそうに言った。


「ふふ、でもねえ、実際にオンバ像はここにあったのよ」

 春彦が、持っていたオンバ像を近づけて見せた。


「庫裡の引き出しに丁寧に仕舞っていたの。亀谷の住所を書いた紙をつけてね。でもね、オンバ像には宝のありかを書いた巻紙は、入ってなかったわ」

「じゃあ、どこへ・・・」

 加東が呟いた。


「それはね、勢至菩薩像に入れられて、早月中学校に来たの。そこで、修理中に校長が抜いて置いたの。袴田のお爺さんも、巻紙の処置に困ったのね。オンバ像に入れてこんな所に放置するのも忍びなかったのね」


「学校にあったのか・・」

「巻紙を見て怒ったわね。偽物だと思ったのでしょ?でもね、それが本物なの」

 加東は、麻里先生の言葉を考えた後で、

「本当に、それがオンバ像に入っていたのか、それは、あの詩を真似したものだろう?」

「そうね。あなたならここに書かれた意味が解るの?」

「意味も何も・・・」

 加東は、ガックリと肩を落とす。


「有名な、鍬崎山の埋蔵金伝説の詩と、最初の(朝日さす、夕日かがやく)ってのは、ほぼ同じね。この言葉に意味はあるの?」

 美結が、優しく加東に問う。


「それは、埋蔵金に対する決まり文句だ。全国どこでも使う。最後の(黄金いっぱい、光かがやく)も一緒だ・・」

「そうなの! じゃあ、あいだの言葉が鍵なのね。(一つむすんで、一むすび」ってどういい意味なの?)

「その元々の詩はわらべうたなのじゃ。大して意味は無い、敢えて言えば、鋤崎と七カ所に宝が埋まっている、と言うだけじゃろ・・」

「と言う事は、敢えてこの巻紙を盗む意味も無かったのね」


「無い。そんな物であれば見る値打ちもない。だが、何故じゃ?」

「佐伯校長が、地域活性化の為に、斉藤氏が後になって作った物だろうと言っているわ」

「後になって作ったって、そんな物の為に・・」

「そんな物の為に、山本はつさんを、死なしたのよ」

 麻里先生が、厳しく言う。


「あれは・・あの婆がわめき立てるのが、子供の儂を、奴隷の様にこき使った叔母に見えて、ついかっとして・・」

「だけど加東。山本さんは叔母でも無ければ、お前は咎められて当然の盗人だった。いい加減に目をさませ」

 高地が言って、厳しい目で加東を睨む。

 遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。高地の連絡を受けて、高山署から来たパトカーだ。



 逮捕した加東と共に高山署に戻った高地は、なんと翌日には六厩の貸別荘に姿を見せた。


「加東の手と顎の怪我の治療のために、今日・明日は取り調べが行われないのだ。だから、私は休暇を貰った。ほら、最近働きずくめだろ。それに、ここでのBBQの人数に入っているだろうからね」

 

もちろん、その日のBBQは大いに盛り上がった。その時に、昨日の春彦が取った行動を皆が褒めた。

「俺なんか、倒すどころか逆に掴まって、人質になったのに・・」

 と、恐縮する春彦に、

「いや、その前の安子を救ったのは、見事だった。大手柄だ。あれで、俺たちがどれだけホッとしたか」

 と正宗に褒められて、春彦も嬉しそうだった。


「そうよ、オンバ像の在処も春彦が居なければ、解らなかったわ。そうなれば、加東を捕まえることも難しかった。今回の手柄の第一は、金田一春彦よ。これは、ご褒美」

 美結と安子が、春彦の頬に、両側からキスをした。

「うえー、嬉しい」

「ついでよ」

 と、羨ましそうに見ていた正宗にも、ダブルキッスのおこぼれがあった。

子供らには、夏休みの良い思い出が残る夜になっただろう。


「ここは星が、綺麗だよ」

なんて照れながら言う高地さんが、夜のお散歩デートに、みんなに冷やかされながら麻里先生を連れて行った。

果たして、大人たちにも、良い夏の思い出になったかどうかは知らない。



六厩の清澄寺から見つかったオンバ像と巻紙は、亀谷に返された。

亀谷の斉藤家では、この像に入っていた巻紙によって、二人の命が失われた事を反省して、巻紙の内容を隠さずに寺に掲示して、一般公開する事にした。


 勢至菩薩像は、六厩の住民と協議の上で、清澄寺に戻されても、もはやお守りする人もいないので、そのまま早月中学校に置いておく事になった。

 加東を逮捕した時に、美結と正宗が、気配を消して行動したと知った春彦と安子は、二人に頼んで気配を消す稽古を受けた。


その基本は呼吸法だと言う事で、細く長く鼻から息を吸い、そのまま長く止めて、ゆっくりと吐く練習をしてみたが、当然の様に二人には、気配を消して動く事などとても出来なかった。

 しかし、美結らと一緒に森の中で、木に持たれかかり、地面に伏せてした本物の忍者の稽古は新鮮で、得がたいものだった。

 早月村の子供たちの夏休みは、こうして終わった。

           終わり



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忍者と過ごす夏休み kagerin @k-saburou

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