第27話・襲撃される。


 高地と正宗は、テラスとフャイヤ―・プレイスが見える道路側に、潜んでいた。昼間、見た目には解らない様に、藪を刈って作っていた場所だ。

 ここは丁度、加東が潜むであろう位置に正対していた。

だが、テラスからは、少し離れていた。ここは、加東の逃亡を阻止する位置だそうだ。


 リーダー美結は、別荘の影になった位置にいる。そこからは、別荘の玄関に、すぐ出られ、全体を見回せ、事が起った場合、すぐに支援に出る位置だそうだ。

もし、加東が麻里先生の車を奪おうとしても対処出来て、美結の持つ短弓で狙うことも出来ると言う。

準備するときに、そう説明された高地は、彼らが相当な訓練を積んでいる事を知ったのだ。


 加東の車が、別荘の裏の林道に入って来た。正宗が美結にメールで知らせる。

 しばらくして、美結からメールが来たようだ。


「加東が、藪に入った。俺は車を確かめてくる。ここに居て下さい」

 正宗が小さな声で囁く。

頷くと、正宗は立ち上がって、音を立てずに歩み去る。


 テラスでは、打ち合わせ通り、オンバ像が見つかった事を、声高に話し始めた。その声は、少し離れたこの位置でも、聞き取れた。

(これを聞いて、加東はさぞ嬉しいだろうな・・)

などと思っていて、横を向いたら、正宗が戻っていた事を知る。

正直ギョッとした。


美結と正宗は、移動に殆ど音を立てないのだ。藪の中はもう暗く、横に座っていても息の音さえ聞こえず、見て確かめないと解らないのだ。

(まさに早川のエリート、忍者の一族だ)


 と感嘆しながら、小声で聞く。

「テラスで上手いこと会話していたのは、聞いた?」

「はい、途中からですけど・」

「車の確認てのは?」

 打ち合わせに無かった事だ。


「念のために、加東の車のバッテリーを外して隠しました」

(なるほどー)

 それでは、加東は車で逃げることは出来なくなったのだ。走って逃げて早川のエリートに叶うはずがない。加東はここから逃げることは、不可能だ。

 高地は心の中で拍手した。



 やがて、テラスでのBBQは終わり、焚き火の周りに三人は座った。

「そろそろ出ます」

 正宗が呟いて、そろりと藪の端に出る。もう辺りは真っ暗である。


「きゃー」

 突如、安子の悲鳴が届いた。

見ると、藪から飛び出した加東に、腕を握られている。加東は、三人並んだ真ん中の安子の真後ろから飛び出したのだ。逃げる間も無かった。


その刹那。

「えーい」

 気合と共に、春彦が加東に打ち込んだ。

春彦は、焚き火しているときには、棒を出して持っていたのだ。棒は、薪を持つのと変わりなく見た目にも違和感は無かった。


「痛っ」

 加東が、打たれた手を押さえる。その隙に、安子は別荘側に走って、麻里先生の後ろに隠れる。麻里先生は、地面の薪をそっと拾って持つ。


(やったぞ、)

 高地はホットした。それも束の間の事だった。

「餓鬼、やりやがったな」

 加東が春彦に近寄る。春彦は果敢に棒で牽制するが、加東の持っている武器は、想定していたナイフでは無かった。

より凶暴な雰囲気を感じさせる鎌だ。しかも春彦の持つ30cmの棒よりも長い。

打ち込んだ棒を、鎌刃に掛け奪われると左腕を掴まれ、首に鎌を回された。


こうなっては、どうしようも無い。春彦が人質に取られたのだ。

高地は出て行こうとして、とどまった。

今出て行っても、事態の好転は望めない。悪化するだけだ。銃を寄越せと言われるかも知れないのだ。

正宗も手を後ろに回して、出るな。と合図している。


「オンバ像を持って来い。早くしろ」

 加東が言う。

「言う通りにするのよ。オンバ像を持って来なさい」

 麻里先生が、安子に指示する。


 取りに行こうとした安子を、加東が止める。

「待てえ、携帯電話を置いて行け」

 安子は、ポケットからスマホを取り出して、薪の束の上に置いた。


「取ってこい。下手に時間が掛かったら、切り刻むぞ」

 安子が、小走りに階段を駆け上がって玄関を上がる。

「おめえは動くなよ」

 加東が、麻里先生に念を押す。


「動かないわ。だからその子に怪我させないで」

「お前ら次第だ」

 安子が袋を持って戻り、麻里先生に渡す。


「ゆっくり近付いてこい。よし、そこでいい。地面に置け」

 麻里先生が地面に袋を置いて、下がると、

「それを拾うんだ。ゆっくり行けよ」

 春彦が首に鎌の刃を回されたまま、ゆっくりと進んで、しゃがんで袋を持つ。

「よし、下がって元に戻れ」

 春彦がそのまま、下がって元の場所に戻ると、


「開けろ、そして仏像を取り出して見せろ。ゆっくりだぞ」

 春彦は、言われた通りに袋からオンバ像を出して、目の前に上げて加東に見せる。


「これだ。間違いない。これが俺のオンバ像だ。久し振りに見る」

 加東は、喜びが滲んだ声を上げて、

「中の物を出せ。像の下の方が外れると聞いた」

 春彦は、オンバ像の下のフタを外して、巻紙を取り出した。


「おお、あったか。像を置いて、広げてみろ」

 春彦は、地面にゆっくりオンバ像を降ろすと、両手で巻紙を顔の前に広げて見せた。

「なんだ、字が書いてあるな、何と書いてある? 読んで見ろ」

 春彦が、ゆっくり大きな声で読み出す。


「朝日でて、夕日かがやく、亀谷に、一つむすび、一むすび、黄金いっぱい、光かがやく]

「何だと、もう一度読んで見ろ」

 春彦がもう一度読むと、


「てめえら、俺をおちょくっているのか、本物の巻紙を出しやがれ!」

 怒った荒い剣幕で、麻里先生らに怒鳴った。

「そんな事言ったって、それが、元からあった本物だからしょうが無いじゃない」

 麻里先生は平然と答える。


「何だと、俺を馬鹿にしやがって、てめえら痛い目に会わなきゃあ、分らねえのか!」

 怒り心頭の加東は、春彦の首に左腕を回して引きずって、右手の鎌を大きく振りかぶって麻里先生に迫って行く。


(まずい)

 と出て行こうとした高地が、正宗の右腕が、一瞬、動いたのを目の隅に見た。

 と、同時に、

「ぎゃあー」

 加東の振り上げた手から、鎌が落ちた。


(なんだ?)

 と思った時には、向こうの藪から飛び出した美結の足が、下から加東の顎を蹴り抜いた。

焚き火の光に照らされた加東の体が、スローモーションの様に、後ろに飛び上がって、仰向けに落ちるのが、高地には見えた。


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