第26話・包囲網
高地は、何事もこの二人の指示に任せていた。
朝からこの辺りの山に入って、瞠目した。
二人は、まるで水を得た魚の様に、動き出したのだ。
別荘地の周囲を確認して、加東の潜む位置を予測する。
そして、数カ所に監視の拠点をあっという間に作ったかと思うと、まるで良く知った山の様に、集落に行く道も作った。それも、入り口は、ぱっと見た目には解らない様にしている。
あっという間にお寺のある山を駆け巡って、監視の位置を決める。木にも猿の様に登るのだ。そして、どの角度からも見えない位置に、車を止める指示を出す。
(彼らは、早月のエリートで、専門の訓練を受けた忍者、言わば野戦のプロフェッショナルなのだ)
と、認識せざるを得なかった。
藪を切り開く道具も、独自に工夫した物を使っていた。彼らが背負った小さなザックはまるで魔法の袋のように、予測していない物が出てくる。
美結は携帯を取り出す。安子からの連絡だ。
― オンバ像を回収。別荘に戻る。加東は確認出来ず。
すぐに返事を返す。
― 加東は、別荘地前の国道に移動した。
雨は上がっていた。再び太陽が顔を出すが、少し色味を帯びて昼間の様な強さはもう無い。
― では、そちらには気の毒ですけど、BBQの準備を始めるわ。
― 気にしないで、周りからも解る様に、賑やかに楽しむ事。
「旨えー」
春彦が最初の肉を頬張るや、すっとんきょの大声を上げた。
「本当。美味しいー」
「焼き加減も、丁度良いわ」
安子も麻里先生も大声を上げて、肉を頬張る。
別荘のテラスで、表チームのBBQが始まったのだ。赤くなった炭に肉汁が垂れて、煙が勢いよく上がっている。
網の上には、肉だけで無く、トウモロコシやカボチャ・茄子の野菜から、椎茸・ウインナーが並び、横には、サラダの山盛りになったボウルがある。
ボウルの隣には、何種類かの飲料が並び、それぞれが好きな物を注いで飲んでいる。
「野菜も食べなきゃ駄目よー」
麻里先生の言葉に、
「はーい」
と答えながらも、肉ばかりつつく春彦。
春彦の掴んだ肉を横取りして食べる安子。
賑やかな歓声と特有の匂いが、辺りに漂っている。
そういう賑やかな時間が過ぎていった。
やがて、時刻は、午後6時になった。森に包まれた別荘地は、次第に薄暗くなって来る。BBQ会場の貸別荘のテラスにも、明かりが点けられた。
すると、明かりが点くことによって、周囲は更に暗く感じてくる。
安子がそっとスマホを取り出す。裏チームからの連絡だ。
― 奴が接近した。例の話を。
加東は、貸別荘から軽トラックが出てくるのを見た。
(管理人だ)
一目で分った加東は、座席に身を伏せて見られない様にした。
管理人の乗った軽トラックは、庄川方面に走り去った。
時刻は、5時32分。
(そろそろ行くか)
加東は、手順を考えるとエンジンを掛けて、貸し別荘地の方に車を出した。
別荘地の入り口手前、細い道に乗り入れる。
大きな音を立てない様に、ゆっくりと歩く様なスピードで進んで、奥の広いところでUターンをした。
戻ってきて、昼間見ておいた道の脇に、車を寄せて止める。ここが、別荘地に一番近い場所だ。
外に出て、道具のバックを持つと、音がしないようにそっとドアを閉める。
昼間目印をつけておいた場所から、笹藪の中にそっと入ってゆく。すぐに、BBQの臭いと話し声が聞こえてきた。
加東は、背丈ほどもある藪を掻き分けて、慎重に近付く。すると、昼間少しだけ藪を切り払った所に出た。そこからは、貸別荘のテラスとファイヤー・プレイスとか言う、焚き火をする場所が見えた。
(人数は増えてない)
焚き火する場所には、薪が積み重ねられて、焚き火の準備は出来ている。
(バーベキューが終われば、焚き火をする筈だな。その時が狙い目だ)
全員が見える場所で襲わなければ、携帯電話で警察に通報されかねない。
テラスから降りて焚き火をする時に襲うしかない。明日になれば、別の仲間が来ないとも限らないのだ。
加東は、バックを地面に敷いて、その上に座った。そうすれば、スッポリと藪に入り、見つかる恐れは無い。
周りは薄闇に包まれ始めた。テラスにも明かりが灯された。
(まずは、オンバ像があったかどうか知りたい。どうしたもんか?)
オンバ像が見つかってないのに、襲ったりしたら何の意味も無いのだ。
それだけではない。加東には、オンバ像を探す手掛かりが全く無いのである。もし襲ってオンバ像が見つかっていないと解ったなら万事休すだ。
40年も掛けた、たった一つの夢が終わってしまう。
しかし、加東の懸念はすぐに終わった。
テラスでバーベキューしている子供らの話題に、それが出たのだ。ここからは、小さな声は聞こえないが、普通の話し声は丸聞こえなのだ。
「袴田のお爺さんは、こんな所に、オンバ像を隠していたのね」
瞬間、加東は息を止め、耳を傾けた。
「そうね、ここだと村の人も殆ど居ないし、隠すのには好都合ね」
「これでやっと亀谷に、オンバ像を戻す事が出来るね」
「亀谷の斉藤さんも、俺たちに探せだなんて、無茶を言うね」
「確かに、でもこれで肩の荷がおりたわ」
「あさって、オンバ像を見た斉藤さんの喜ぶ姿が、目に浮かぶわ」
「・・・・」
「・・・・・」
あとの会話は、加東には聞こえなかった。いや、もう加東には聞く必要が無かったのだ。
(オンバ像は、やはりあそこにあったのだ・・)
やっと取り返せる喜びに満ちていた。オンバ像は苦労して手に入れた、自分の物だと加東は思っていた。
やがて、バーベキューも終わった様で、片付けしている様子になった。
「それくらいで、後は明日でいいわ。どうせまた明日もBBQだもの」
「はーい」
「じゃ、焚き火だ焚き火だ」
「春彦ったら、えらい乗り気ね」
「俺は焚き火を見ると、人類が焚き火に出会った、太古の昔の事を思い出すのだ」
「そんな、大袈裟な!」
「でも、そういう事も無いとは言えないわよ」
「そう、俺はロマンチストなのだ」
「・・・」
三人は、賑やかに喋りながら、降りてきて焚き火に火を点けた。
始めは中々燃えなかったが、次第に炎は大きくなり、立派な焚き火となり3人は、椅子に腰掛けて、黙ってユラユラ揺れる炎を見ている。
(いまだ)
加東は立ち上がると、バックを持って、そっと三人の後ろに近付いた。
一番近くに居るのは、都合良いことに、弱そうな女生徒だった。 バックから鎌を取り出して呼吸を計ると、一気に藪を飛び出た。
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