第24話・清澄寺


 貸し別荘のテラス・ドアを閉め、安子がメールをする。

― 表は、今から、お寺に向かう。


 すぐに、携帯が振動して、返事が来る。すでに全員が、携帯の着信音を切って備えている。

― 了解、裏はJで配置に付いた。待機して待つ。

 リーダーの美結からのメールだ。


「裏チームは、スタンバイ済みです」

 メールを見た安子が報告する。

「じゃあ、行きましょう」

 戸締まりをして、車に乗って、六厩の集落に向かう。


 別荘から六厩集落は近い。表の国道に出て、すぐに右折したら六厩の集落だ。山の上に東海北陸自動車が通り、夏だけあってのどかな農村風景で、ほっこりとする場所であった。

 豪雪地帯と言うだけあって、古い家は雪によって無残に潰れていたが、夏だけ訪れるのか、何軒かの家に人の気配があった。


 時刻は、午後3時。盛夏の太陽は、標高1000M近い六厩の里にも、容赦無く降り注いで暑い。日中にしばらくいると、頭がクラクラするくらいだ。

 それでもまだ、空気がサラッと乾燥していて、街中よりは遙かにすごしやすい。


 集落の中は、所々に車が見えて、畑に出ている村人がいた。

 安子は、道路脇の一軒の農家らしい家の前の畑で作業していた人に尋ねた。

「こんにちは、清澄寺はどちらですか?」

「その奥だよ。だけど、お寺はもう手入れする人が居なくて、荒れているだよ」

 70才位の年だと思えるお婆さんが、教えてくれた。

「ありがとう、お婆さん」


 お寺の上がり口に駐車すると、小さなスコップなどの道具が入ったバックを持って、上がって行く。

「結構キツいね」

 春彦が言う。

階段があるものの、山の斜面を直登しているのだ。木々の間から、強い太陽の光が、容赦なく差し込む。

 たちまち汗が頬を伝う。

途中で足を止めて、汗を拭いながら村を見ると、例の軽トラックが入って来て、道を尋ねたお婆さんと話しているのが見えた。



 加東は、子供らが車を止めて山に入って行くのを見て、軽トラで近付いた。

「さっきの子供らは、何を聞いただ?」

 さも、近くに住んでいる者の様な口ぶりで、畑にいる婆に聞いた。


「ああ、清澄寺が何処かって聞いたで、教えてやっただ」

「あの山の上か?」

「もう手入れする人が居ないで、荒れているがな・・」

「そこに、仏像は奉ってあるか?」

「前は、綺麗な菩薩様があったけんど、今はもうねえな。どうしたか知らねえ・・」


「そうか・・ところで上にあがる参道はあれだけか?」

「いんにや、裏参道があるだよ。そっちの方が緩い道で、年寄りはそっちを使うだ」

「わかった」


 加東は何気なく彼らの車を止めている所を、通過して裏参道に向かった。

山の裏側に回り込んでみると、確かに緩い七曲がりの参道があった。車を止めて、上を確認したが、上がるのは止めた。

 裏参道は、緩い登りの参道とは言え、何度も折れ返していくジグザグ道だ。

 加東は、自分の体力の衰えを、痛いほど知っていた。


(やれやれ、儂も年取ったものじゃのう。こんな坂でさえ、尻込みするようになった。昔は山を駆け巡っていたのにな・・)

 加東は、若い頃林業で、山を巡っていた時の事を思い出していた。



その当時は、体力には自身があったのだ。

持ち前の歴史好きから、昔の埋蔵金伝説にはまり、仕事で入山した地域が同じであった立山付近を、埋蔵金の痕跡を求めて歩き回った。

(あの頃は楽しかったな・・)

 休みには、富山市内に遊びに行くか、埋蔵金の痕跡を求めて山に入っていた。

 その内に、生まれてしばらく育った、亀谷集落の小さな寺が埋蔵金に関わりがあると言う話を小耳に挟んだ。

 考えて見ると、地理の上でも信憑性があると思った加東は、寺の仏像を調べてみたくて堪らなくなった。

 そして、遂に飲み仲間だった袴田を誘って、仏像を盗みに行ったのだ。

(あれが、儂の人生が狂う切っ掛けだったな・・)

 仏像はすぐに返すつもりだった、だが、顔見知りのお婆に見つかった。


 政吉の両親と妹は、台風で氾濫した河川に家ごと流されて亡くなった。

政吉12才の時だった。

身内を失った政吉は、新潟の親戚の家に引き取られて、中学に通った。

その家は政吉の母親の兄の家で、政吉にとって叔父の家だった。その家の子供は皆大きくなって独立して、家にいなかったが、叔母の扱いは酷くて、

「だれが、タダ飯食わすもんか!」

 が口癖で、しょっちゅう殴られて、朝から晩まで働かされた。

 しかし、他に行くところが無い政吉は黙って耐えた。


そして、中学を卒業して、富山の左官屋に就職が決まった。これからは、やっと自分で稼いで生きていけるのだ。と政吉は、開放感に包まれた。

 だが、貰える筈の給料が、少なかった。

ただでさえ低い見習いの給料が少なく、不審に思い親方に聞いた。

 すると、給料から天引きして、親元に送っていると言う。

「そんな事知らない、送るんなら自分から送る」

と、抗議して止めて貰った。


翌月、叔母がその事に、文句を言いに来た。

「うるせえ、ババア。碌なものも食わせず、朝から晩まで働かせただろう。タダ飯を食わせて無いのじゃなかったのか!」

 たまったものが一気に迸り出た。それを聞いて親方も味方に付いてくれた。

 叔母は、怒りで顔を赤らめながら、

「飼い犬に手を噛まれたよ・・」

 と言って帰った。叔母にとっては、ただの飼い犬でしかなかったのだ。

その職場は十年努めた。


亀谷で仏像を盗んで逃げるとこを見られたのは、小さい時の政吉を覚えていた近所の者だった。

「おめえ、加東の政吉だろうが! 生まれ育った在所に盗みに入るなんて、飼い犬に手を噛まれた様だよ。このぬすっとめ、どろぼーだー」

 その婆の姿が、叔母と重なった政吉は、怒りで我を忘れて殴った。蹴って殴った。

 気が付くと、婆が倒れてか細い悲鳴を上げていた。袴田が引っぱって車に乗って逃げた。

 それから、政吉の生活は一変した。


 亀谷の婆が死んだ事を知った政吉は、怖くなって仏像の事などどうでも良くなって、袴田に預けて逃げた。

逃げて、金がなくなると物持ちの家に押し入り、金を盗んだ。が、すぐに捕まって、25年も刑務所で暮らした。


 刑務所から出てみると、政吉にはもはや何も無かった。

家族もいないし、仲間もいない。仕事もない。ただ年を取っていた。

そこで、人生の最後に若き頃にはまった埋蔵金探しをしようと思いたち、亀谷の仏像を託した袴田を探したのだった。



加東は、今来た道を戻って、道路に戻ると、反対側の小高いところに車を止めて、ザックから双眼鏡を出して、子供らが行ったお寺を監視した。


(どうせ、今夜は貸別荘に帰る。あそこは、夜は管理人もいないし、裏からは入り放題だ。今日は客も殆ど居ない。女子供だけの別荘だ。焚き火をしている時に、隙をついて人質を取り、仏像を奪って縛り付けておけば、2泊3日の間は発覚せずに済む)

 加東は、孫を連れてくるのに、下見に来たと言って、管理人から色々聞き出したのだ。

 客の入り具合から、さっき見た麻里先生らの事。焚き火用に薪を3束買ったことまで、同世代の管理人は、ペラペラ喋ってくれた。

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