第23話・六厩(むまや)到着
春彦は、30CMくらいの長さの樫の棒を、すぐ抜けるように太股の横の所に付けていた。不安がる春彦に、昨夜、麻里先生が工夫してくれたのだ。
さらに、教室でナイフを持った男との闘い方を、麻里先生自ら稽古をつけてくれた。
「相手がナイフを持とうが、この長さの棒があれば負けないわ。落ち着いて、怖いのは相手の方なの。腕でも頭でも何処でも良いから打ちなさい。どうなっても、決して武器は離さないように、もし怖かったら逃げても良いのよ。相手は老人よ。安子と走って逃げれば、追いついて来られないわ」
と、春彦を励まし奮い立たせた。
六人分のBBQをする2泊3日の食料は、膨大だった。
メモをチェックしながら、買い物の大きなカートをいっぱいにした。
スーパー・マーケットでは、加東は襲って来なかったが、駐車場の一番端に軽トラックを止めていた。3人は気付かない振りをした事は言うまでも無い。
高山市から山間ののどかな風景の中、車は進み、30分ほどで松木峠だ。麻里先生は、峠の看板のあるところで停車して、外に出てみた。
「ひゃー涼しい!」
安子の声が弾む。看板の横に設置してある温度表示は、20度を示している。
標高の高い上に山中だけあって、高山市の街中に比べたらTシャツ一枚では、寒いくらいだった。
後から来た軽トラは、かなり離れた所に止めて、老人が車の外に出て小用を足している。
安子らは、それと知っても見ない様にして、スーパー・マーケットで買った弁当を皆で食べた。
それから、道端の草花の写真を撮ったりして、はしゃいで時間を潰した。
独り車内に入った安子は、美結に連絡してから、外ではしゃいでいる二人を呼ぶ。
「先生、そろそろ行きましょうか。裏チームは別荘周辺の準備を終えて、神社の見張りにつくそうよ」
「了解!」
「この先峠を越えるとすぐに、六厩(むまや)地区です。集落を右に行った所に、清澄寺があります。貸別荘は、集落手前を右手に折れた先」
出発した車の中で、地図を見て春彦が告げた。
六厩集落は、本当に峠からすぐの所にあった。
そのすぐ手前に、貸別荘○○○と書かれた看板があった。
車がそこへ右折して入ってゆくと、少し入った所に入り口があり、入り口の脇に受け付けの建物があった。
「こんにちは、予約していた小池です」
受付にいた老人が、3人を見ると
「ああ、いらしゃいませ。小池さんですね。伺っております。こちらに必要事項を記入して下さい」
と、用紙を差し出した。
それを麻里が書き終えるのを待って、
「これが、別荘Dー3の鍵です。ゴミ出しなどの注意事項は、別荘の中にあるパンフレットをご覧下さい。焚き火をされますか?」
背の低い管理人は、麻里を見上げて尋ねた。
「はい、します。薪は、ええと取りあえず3束あれば良いかな。明日も購入する事は出来ますね」
麻里は、壁に貼ってある値段を見て言う。
「はい、朝8時から夕方の5時までは、私がこの辺りにおります。夜の間に何かあるときの連絡先も別荘の中のパンフレットに、記載されております」
管理人は、通いで夜には不在なのだ。
2泊3日の宿泊費用と薪3束の代金を支払う。
「親子にしては、年が近い。ご兄弟ですか?」
と管理人が尋ねる。
「ええ、そんな所です」
「3人でご利用ですか?」
男女の子供と若い女性の、組み合わせが気になるのか、管理人が問うてくる。
(いえ、後で他の者が来ます)
と言いたいのを抑えて、
「そうです。遅い休みが取れたものですから・・」
と、話題を逸らした。
加東はこの管理人にも話を聞くかも知れないのだ、後で人が来るとは言えなかった。
そばで、話したいのを抑えている様に見える二人を引っぱって、
「では、宜しくお願いします」
と言って、外に出る。
「ごゆっくり、お楽しみ下さい」
管理人の声が帰ってくる。
「危なかった。春彦も私も、余計な事をつい喋りそうになったわ」
と、安子が反省した。
「うん、会話の流れでポロッと、と言うのは怖いね」
二人共、解っている様で安心した。
「私だって、あとで仲間が来ますって、言いそうになったわ」
麻里の言葉で、
「秘密の行動って、難しいわ。楽しいけどね、うふふ」
と安子が皆の気持ちを代弁して言った。
想像通りの場所に、Dー3別荘はあった。
車を横付けして、荷物を運び入れる。冷蔵庫に電源を入れて、冷蔵するものを入れ、間取りやトイレ・浴室などを確認する。
「うわー、素敵。気持ちいいよ!」
掃き出しドアを開けて、テラスに出た安子が歓声を上げる。
「ほんとだ。ここで、BBQが出来るんだ」
安子の歓声につられた春彦も出て、大きな声を上げる。
「それは良いけど、肝心の仏像探しに出掛けるから、用意をしなさい」
麻里先生が、外に出て言う。
「そうだね、早く行って探さなければ、暗くなっちゃう」
安子が返事する。
「じゃあ、早いこと行って済まして、BBQをしようぜ」
「OK!」
実は、会話の内容は、室内で打ち合わせをしていたもので、目的は監視している加東に聞かせるためのものなのだ。
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