第21話・貸し別荘


「問題は、場所だ」

 正宗が鋭く指摘する。

「そうね、場所。私達が自由に動ける場所に、加東をおびき寄せる」

「それは、ここではないね」

 安子が言う。


「ここでは、加東は凄く警戒する。又、きっと人質を取る。危険だ」と春彦。

「亀谷や高山の市内も駄目ね。人が多すぎる」

 安子が言うと、

「と言う事は、オンバ像のある六厩や庄川村が良いのかな?」

 春彦が答える。


 そういう割と簡単な事には、美結と正宗は口を出さずに、一般地区の安子と春彦に任せている心遣いが高地には感じられた。

(早月の子供らは、精神的にもしっかりしている。これも厳しい武術の稽古のたまものだな・・)


「そうね。でも私達には、六厩や庄川村がどんな所か知らない」

 と言って、美結が後ろにいる高地を振り向いて聞いた。


「高地さんは、六厩や庄川村が、どんなところか知っていますか?」

「うん、六厩の集落は、開けた平地で、日の良く当る良い所だ。周辺は、笹と白樺が多い草原みたいな、なだらかなアップダウンが続いて、別荘地が点在している。この夏の時期には訪れる人も多い。まあ、牧歌的な雰囲気と言って良いだろう。それに比べて、庄川は両側が山で、川沿いの狭い平地に家と道路が通っている、山間に良くある農村風景だよ。ここよりも、遙かに狭くて川の反対側はすぐ山の斜面となっているな。もっとも高速道路のインターが出来た周辺は、少し広くなって大きな駐車場を持つ温泉施設や道の駅が出来て賑わっている。俺も入った事があるが、良い温泉だよ」


 高地の説明に、皆はそれぞれの頭の中で村の様子を想像した。

「今の高地さんの話だと、おびき出すのは六厩の方が向いていると思うの。でも拠点がいる。何日か泊まれる所。校長、知りませんか?」

 美結が、色んな所に顔の広い佐伯校長の方を向いて問うた。


「うん、六厩か・・儂も行った事はあるが・・」

 麻里先生と高地も、佐伯校長と一緒に、知り合いはいないか考えていた。

「たしか、すぐ近くにログハウスの貸別荘があった様に思う・・」

高地が自信無さそうに言う。

「そうじゃ、儂もそんな看板を見た」

 佐伯校長も言う。


「探してみる」

 スマホ検索女王の安子が、言うとバックからスマホを取り出さそうとする。

「安子、学校のPCを使って。その方が便利でしょう」

 美結の言葉に、安子が立って校舎に向かって走り出す。


「春彦、そこの地図が欲しいの」

春彦も立って走り去る。

「あとは・・・」

美結は、正宗の顔を見る。


「後は、泊まる所の手配、それが決まれば俺たち裏チームが、今夜にでも先行するので、その時の打ち合わせだな」

「そうね。特に準備するものは無いね」

「うん、食料などは途中で買う。武器は手裏剣があれば、まさかに備えて短弓を持っていくか」

「うん持って行く。加東が銃を持っているかも知れないし」

 と二人で話すと、


「高地さん、お聞きの通りです。私達3人は、密かに今夜出発します。そのおつもりで」

「承知した。何なりと指示してくれ、リーダー」

高地は、美結に敬礼した。


じきに安子が、プリントアウトした紙を持って走って来た。さすがに検索女王である、仕事が早い。

「あったわ貸し別荘。リータス不動産という白鳥町の会社よ」

と言って紙を皆の前に広げた。


そこには、焚き火の炎をうっとりと見つめる家族の写真をメインに、BBQや釣り、虫取りをする子供達などの写真が、周辺に沢山配置され、見るだけでいかにも楽しそうなチラシだった。

「わあ、楽しそう!」

「BBQか、しばらくやってないな・・」

「でしょう、このページを見ると、夏休みって感じがしたもの」

子供らが口々に言った。


貸別荘は、1棟貸し切りで、8名が宿泊出来て、年末年始やゴールデンウイーク、盆の時期は特別料金で高価だが、普通の日は割りあい安価に借りられる。

「明日は8月19日だから、安い平日料金で利用できるわね」

美結。

「そうなの、これを見て私もラッキーだと思ったの」

安子。


「一泊一万円か、6人で割ると2千円しないな。でも食料は別だし、俺、今月ピンチなんだ・・」

いつもは、武士を感じさせる風情の正宗も中学生。お小遣には苦労している様だ。

「校長せんせーい」

不意に美結が、甘える声になって、校長の方を見る。


「おお、わかった、宿泊費は儂が出そう、食費もだ。美結のその甘い声は怖いわ。なにしろ、死にかけた老人からも情報を引き出すのじゃからな、いや、褒めているのじゃ。美結のくノ一特有の技であろう。だが、校費ではないぞ。儂の財布から出すのじゃ。何しろ言い出しっぺじゃからな」

と、佐伯校長が、宿泊費・食費を供出する事に同意した。


「ありがとう。校長先生、大好き!」

美結が佐伯校長にむけて、キスをする風にすると、

「麻里先生、予約お願いします。表チームの3人で」

 それを受けて、麻里先生はスマホを出して、電話を掛ける。


 やがて、春彦もプリントアウトした紙を持って来て、皆の前に広げた。

「これが、六厩周辺の地図だ。ここが清澄寺で、貸別荘はここ。徒歩で移動出来る距離だ」

 と丸を付けられた箇所を説明してゆく。


「これが、別荘地周辺の拡大した地図だ」

 A4プリントを縦に2枚貼り合わせた地図には、等高線が入っていて、大体の地形を把握出来る様になっていた。

「これは良いわ。金田一春彦さすがに気が利くね」

 美結に褒められた春彦の鼻が上がる。


「貸別荘は、盆が終わって何処も空いているって、どこが良い?」

 電話していた麻里先生が、聞いてくる。

 別荘地の絵図と地形図を見比べていた正宗が、即答する。

「Dー3がいい」

 美結も頷く。それを見て、

「Dー3でお願いします。はい、明日19日から21日まで、名前は・・・・・」

 麻里先生、電話を終えると、皆に向かって報告。


「チェックインは、明日の午後から出来て、別荘の鍵は、入り口の受付に言えば、出してくれるそうよ」

 これで、拠点が出来た。


 予約したDー3は、別荘地の一番離れで六厩集落側、周りを森と、焚き火の出来るファイヤー・プレイスに囲まれている。

ここなら加東も、笹藪に隠れて安子らの居る別荘に、近付き易い場所にあった。と言う事はもちろん、正宗ら裏チームが潜む場所にも、不自由しないと言う事であった。

 ニャンコチームは、そのあと、さらに詳しい段取りを相談して、作戦を練り終えた。

第22・オンバ像


 30分後、早月村に村内放送があった。


「ピンポンパンポン、お知らせします。早月中学校の三年有志の仏像探索チームは、明朝8時に出発します。急な出発となり、早月地区の生徒は参加できませんが、一般地区の生徒は2・3日の宿泊の準備と土を掘れる道具の準備をして、学校に集合して下さい。もう一度お知らせいたします・・・・・・・」


もちろんこの放送は、村内で様子を伺っているかも知れない、加東に聞かせるためのものであった。


8月19日。

朝から晴天の鮮やかな空だったが、雲の動きは速く、天候急変を予兆させた。

 朝8時、早月中学校から、麻里先生の運転する車で、安子と春彦が乗った探索の表チームが出発した。


チーム・リーダー美結と武闘波・正宗・警察官の高地の裏チームは、昨夜暗闇に紛れて、密かに先行していた。それは影を担当する裏チームらしい動きだった。


実際のところチームには、加東が村内で、学校を見張っているのかどうかは、解らなかった。

そのために追跡があるかどうかを確かめるために、富山平野に出た所、高山市内に入った所の2箇所に、見張りの者を深夜に派遣していた。

そういう事をすんなり出来るのも、武や忍術で鍛えられた一族の強みである。


「私達の出発を加東は、見ていたかな?」

 安子が話し掛けた。

「どうだろう・・」

と春彦が自信なさげに答える


「麻里先生はどうですか? 気配を感じますか?」

 以前、亀谷で見張っている目を、麻里先生も感じたのを皆は知っている。


「いや、感じないわ。私はどうも車の中にいると、感じない様なの・・・」

「そっか、鉄の箱の中に入っているものね」

 そんなことを話しながら、車は富山平野に入って行く。


 安子の電話が鳴る。

村から派遣した見張りの情報は、安子の所に集まるようになっている。頭が良く、てきぱきと整理できる検索女王の安子に、情報収集・分析はうってつけの仕事だった。


電話に短く応答した安子が、

「後を付いてきたのは、くたびれた軽トラック一台だって、加東は村にいなかったのかな?」

 しばらく二人は黙っていたが、

「それだー」

 と春彦が言った。


「えっ、何?」

「考えてみて、村で一番怪しまれないのは、如何にも働いている様な軽トラで、運転している加東は73才の老人だ。そんなの村ではいつも見かける風景だ」

「あっ、そうか、確認してみる」


 安子は、電話して確認すると、弾む声で言った。

「さすがは金田一春彦ね。軽トラは富山ナンバーで、運転していたのは、老人だったそうよ」


「今日の行き先は、告げてないので、途中で待ち伏せ出来ない筈だ」

 春彦も、弾んだ声で言う。

「加東にしてみれば、必死で食らいつくしかないわね」

「高山方面の見張りの連絡を待とう」


「もうすぐね」

 数日前・亀谷に行く途中で、朝飯を食べたコンビニを通りすぎた。

安子にはこのほんの数日が、遠い昔の様に感じられた。同じ事を思っているのか、春彦と麻里先生も、無言でコンビニを見ていた。

 安子の電話が鳴った。

受けた安子がしばらく話していたが、電話を切って言った。


「もう通勤時間になったわ。この車の後は、沢山の車がいて判別出来ない。軽トラックもすぐ後を通過した様よ」

「了解、裏チームにも伝えて」

 春彦が指示すると、安子は美結に電話を掛ける。

しばらく話していた安子が、電話を切ると、興奮した声で言う。


「裏チームからの報告。清澄寺から例のオンバ像が見つかったそうよ。亀谷の住所と極楽寺と書いた紙が一緒に、庫裡の引き出しの中にあったそうよ。リーダーらは、あの巻紙をオンバ像の中に入れて元に戻したとの事」


「やったね!」

「春彦のお手柄よ」

 安子の報告を聞いて、春彦と麻里先生も大きな声で言い、ハイタッチをした。

「今は、別荘地周辺のチェックも終えて、あと2時間もあれば監視の拠点もできる。と言う事でした」

「今は・10時半か。買い物して、早く着いたとしても・・・13時は廻るわ。時間的には良い感じね」

 麻里先生が明るく言った。


 それから少し走ると、高山市内の入り口だ。

「この先のちょっと入った所のスーパー・マーケットで、食料を買うわ」

 と麻里先生が告げる。


「了解、買い物メモは・・、あっと、ありました」

 春彦が答える。

昨夜、先行組の出発前にワイワイ言いながら作ったものだ。犯人逮捕という非日常で危険な臭いのする任務であったが、皆で貸別荘を借りて、焚き火やBBQすれば、レジャー気分になるのは仕方なかった。


顧問の大人の二人も、気を引き締めるどころか、自らはしゃいだ気分になったし、又それでも良いと思っていた。

リーダー美結と正宗の二人がいる限り、肝心な時には、冷静沈着で果断な行動をする事は解っていた。


 すぐに、曲がってスーパー・マーケットの駐車場に入る。

「スーパー・マーケットの中でも、離れない様にするのよ。とにかく一人にならないで」

 車を止めて、麻里先生が注意した。

 加東は、仏像を見る前でも人質を取るかも知れないのだ。

「了解」

 二人は、緊張した顔で返事した。

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