第17話・五郎作の難
「俺たちは、次に何を調べたらいいのだ?」
誰へとなく正宗が問う。
「学校から勢至菩薩像を盗んだ者の、手がかりは無いかな?」
春彦が言い出す。皆が春彦を見る。
「だって、あの時は警察に届けただけで、俺らが村の人に聞いて無かっただろ・・」
「そうだ。何も聞いていない。警察に届けて、購入先の骨董屋が事件に巻き込まれている事を知って泡をくって、皆を呼んだのだ。うっかりしていたわい」
校長が頭を掻いて、言った。
「じゃあ、これから皆で手分けして聞き込みましょう」
美結が指示して、二人ずつ組んで、仏像が盗まれたと思われる時間の前後に、怪しい人を見かけなかったか、村人に尋ねに回った。
そして昼時に学校に一旦集まって、昼食をとりながら結果を報告しあった。
その結果、仏像が盗まれたと見られる8月13日昼から翌14日早朝までに、沢山の県外ナンバーの車が行き来していた。
これは、一年の内で最も登山客や観光客が多いシーズンであるために、当然の事であった。
しかし、学校に入る様な車や怪しい人は、誰も見かけていない。その日は教職員はおらず、学校は空であった。
校庭で遊んでいた子供達の証言も、得られている。
「用務員のおじさん以外、誰も見かけてないよ」
「用務員のおじさんを、何度も見かけたよ」
それが、子供らの共通した返事だった。
「うむ、そう言えば、事件を知らせたのも、五郎作だったな。だが、それ以来五郎作を見かけていないな。2日に一回ぐらいのペースで学校に来るはずだが・・・ここ4日は見ていないな・・」
佐伯校長が、頭をかしげた。
「校長!」
立ち上がった麻里先生が促した。
「よし、五郎作の家に行ってみよう」
慌ただしく、外に出て2台の車に乗り込んだ。
麻里先生の車が先導して、村の外れ・富山に出る手前の折戸地区に急いだ。
井上五郎作の家の玄関は、開いていた。
「五郎作、いるか!学校の佐伯だ!」
戸を開けて、校長が玄関で叫ぶ。
応答は無い。
すかさず、正宗と美結が中に上がる。
「五郎作さん、大丈夫!」
奥から美結の叫ぶ声が、聞こえた。
慌てて、校長らも上がり込むと、手足を縛られ、猿轡を噛まされた五郎作と女房の道子が、ぐったりしていた。
「大丈夫です。二人とも生きています」
正宗が言う。
「水だ。水を飲ませろ」
校長の指示で、安子が台所に走る。
部屋の隅に、勢至菩薩像が転がっている。
「ゆっくりよ、少しずつ飲んでね」
コップの水を受け取った美結と正宗が、二人を抱き起こして水を飲ませる。
「す・すまねえだ。校長先生。女房を人質に取られて・・」
水を飲んだ五郎作が佐伯校長の前に、手をついて謝る。
五郎作の顔は殴られたと見えて、腫れている。
「良いのだ。お前たちさえ無事なら。それで、良いのだ」
校長は、五郎作の肩に手を置いて、優しく言う。
「それより、体は大丈夫か、怪我してないか?」
「へえ、ちっと殴られたが、怪我ってもんじゃありません。ただ、腹減っちまって死ぬかと思いやした」
14日の昼から3日以上、何も飲み食いしていないのである。もう少し気付くのが遅れたら生命に支障があっただろう。
「私、おかゆを作るわ」
麻里先生が台所に立った。安子も手伝いについて行った。
「じきに、おかゆが出来るで、待っていろ。ところで、お前らを監禁したのは、どんな奴だった。一人か?」
校長の問いに、五郎作が答える。
「へえ、おらとどっこいの小せえ老人だが、やけに力が強くて凶暴な目をしていただ。気が付いたら女房を人質に取られて、どうしようも無かったんで・・」
高地が、署からFAXで取り寄せた、加東の写真を取り出して五郎作に見せた。
「こいつだ。まちげえねえ。抜け目の無い野郎で・・」
「こいつは、加東政吉と言う。すでに暴力を振るって4人は殺している」
「へえ、そんな脅しを散々垂れていました。10人はやったとか・」
「加東一人だったか?」
「へえ、こいつ一人です。13日の夕方いきなり来やがったんで」
「どう言って来たのだ?加東は、」
「俺が学校から出てくるのを見たと、学校で働いているのかと、」
「すると、学校から出てくるお前の姿を見て、用務員だと解って来たのだな」
「へえ、女房を人質に取って、俺が用務員だと確認すると、校長が前に買ってきた仏像が有るだろう。それを持ってこい。と」
「するとお前は、もう一度学校に戻って、この仏像を持って来たのだな」
「へえ、するとあいつが突然怒り出して、てめえ舐めんじゃないぞ。女房を殺されたいのか。と、」
「怒り出したか、それでどうした?」
「怒られても、仕方ねえ、これしか無いんだから。そう言う他はねえ・・」
「そしたら、加東はどうしたな?」
「じっと考え込んで、あの野郎隠しやがったなーと、うそぶいていました。それで、俺に明日もう一度学校にいって、他の仏像が無いか見てこいと」
「そして14日も、学校に来たのか?」
「へえ、来てみたけんど、ないものがある訳ねえ。そしたら、奴は、もう一度行って、泥棒が入った事を知らせろ。と、余計な事を話すと女房を殺すと」
「ほう、そしたら14日にも、二度・学校に行ったか、道理で子供らに見られているはずだ。加東はいつ出て行ったな?」
「おらが帰ってきたら、縛り付けられてすぐ出て行った。午後になったぐらいの時間だ」
「そうか・」
校長と正宗・美結が考え込む。
高地と春彦は、家の周りを調べている様子だった。
「校長、奴は俺らを追って、高山に行ったのでしょうか?」
正宗が言う。
「うん、あり得るな」
「五郎作さん、道子さん、加東は他にどんな事を聞いたの?」
美結が、例の優しい言葉で問いかける。
「そっだ、どこから噂聞いたか知らねえど、おっ父を待ってる間に、おらに、早月の地区の事を色々聞いただ」
女房の道子が、話し出した。
「早月のどんな事を話したの?」
「あそこは、一番古い集落で、皆・武芸熱心な所だ。と言っただ」
「他には? 思い出したら何でも話して欲しいの」
「そっだな、だから中学生の娘でも、大人が束になっても叶わねえって、噂を聞いた。と」
「美結、まさか、」
正宗と美結が顔を見合った。
「どうした、何かあったか」
その様子を見た校長が二人に問う。
「実は、予約が遅くて、旅館の夕食を頼んでなかったので、私たち4人で食べに行ったの。その帰り6・7人の愚連隊風の男達に言いがかり付けられたの」
「はじめは、美結と安子に付き合えって、しつこかったので、軽くいなしたら、ナイフを出して襲ってきたので、やむなく・・」
正宗が美結に続いて、説明した。
「それを、お前らの力を見るために、加東がそそのかしたかも知れぬか・・」
「もう、確認出来ませんが・・」
「ふむ、」
そこに、
「おかゆが出来たわ」
と麻里先生と安子が、盆を持って現れた。
「勢至菩薩様、少し欠けちゃっている・・」
美結が転がっていた仏像を、拾い上げて呟いた。
「申し訳ねえ、あいつが、これじゃあ無いと邪険に投げて・・・」
再び、五郎作が詫びる。
「大丈夫だ。儂がまたパテを塗って、直そう」
校長が慰める様に言う。
「オン サンザンサク ソワカ、オン サンザンサク ソワカ、オンサンザンサク ソワカ」
丁寧に床に立てて、美結が合掌して唱えた。安子と麻里先生も唱えていた。
「ほう、知っておったのか、真言を、」
「良徳和尚に聞いたの。それまでは、名前も知らなかったの」
「それは、仏像も喜ぼう」
「申し訳ねえだ・」
五郎作が、また謝った。
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