第15話・徹夜の見張りと早月道場
仏像に入っていた巻き紙を置いてある校長室と学校の玄関に外を見張る監視カメラが取り付けられ、そのモニターが本部となる宿泊室に置かれた。
宿泊室の壁には、村の地図とさらに広範囲の地図の2枚が張り出され、本部らしい雰囲気になった。
「昼間は皆で分担して、夜は男子チームと女子チームが、交代で見張りましょう。顧問のお二人は、車をすぐ出せる状態で準備していて下さい」
美結は、普段は天然系なのに、いざとなったら皆をぐんぐんと引っ張ってゆく力が、備わっている。
「実際に来た時はどうするの、巻き紙を渡すのですか・」
と安子が聞く。
「そうね、その辺も決めておかなくちゃあ。校長先生、どうです?」
「ああ、渡そう。仏像は帰って来て欲しいがあんな紙に未練はない」
佐伯校長があっさり答える。
「その時に加東を捕まえるのだろ?」
正宗が聞く。
「チャンスがあればそうする。だけど加東じゃない場合もある。人質を取られている場合も考えられるし、その時次第ね」
いざとなれば、美結の頭は鋭く回る。
「そうだな・・」
「他にないですか、事前に考えておく事?」
みな沈思しているが、発言は無い。
「もし、その巻き紙を渡したとしたら、あとはどうする、密かにあとをつけるのか?」
正宗も同じで良く頭が回る、二人は、実践に強いタイプなのである。
「それは、状況によるけれど、犯人はたぶん車で来るわね。そうなれば追う事は難しいね」
「人質がいれば逃げられるかも知れないな・・・」
正宗が言う。
「それが一番困るわ。人質がいれば、巻き紙は人質と交換でなければ渡せない」
「だけど奴らだって逃げなきゃならない。ここで人質を解放するわけには行かないだろうな。安全な所で解放するってのが常識だよ」
と、警察管の高地が言う。
「そうだろうが、人質ごと車で行かせてはならぬ。その場合は、実力行使せよ。学校の門を閉め、車を出られなくする。弓矢・手裏剣を用意しておけ」
佐伯校長が厳かに命じた。
こうなると、校長の言う事は絶対なのだ。
こうして、その日から見張りが始まった。明るいうちは皆で、村に噂を流して回った。話が埋蔵金に絡むだけに、村人達は熱心に聞いていた。狭い村のことだ、噂が広がるのは早い。ましてやつい数日前の事件のことだ。明日には村中がこの話を知っているだろう。
その夜は、正宗、春彦、高地の男子チームが夜の見張りに付いた。
二人が起きて見張り、一人が2時間交代で仮眠して、異常なく朝を迎えた。
8月17日。
その日は朝からどんよりとした雨雲が空を覆っていた。
朝6時に麻里先生と安子が交代に来ると、正宗と春彦は道場に稽古に出た。
早月の子供らが、どんな稽古をしているのか興味が湧いた高地も、見学について行った。
学校の体育館程の広さがある歴史を感じさせる道場では、子供達だけで無く、大人の男女や老人までが熱心に稽古していた。
壁には色々な武器が無数・掛けられて、弓場や手裏剣場が隣接していた。
「凄いな、この道場は、」
高地は思わず声がでた。
「うん、雪が降っても稽古出来る様に、広めに作ってあるのじゃ。公民館も兼ねているしな」
稽古に出ていた佐伯校長が、説明してくれた。
春彦が小さな子と竹刀で稽古する傍らに、男が立って指導している。
「指導してくれる師範がいるのですか?」
その様子を見て、高地が聞く。
「そうじゃ、剣と槍の師範がおる。彼らは、それが仕事なのじゃ」
こんな小さな村に、師範付きの立派な道場がある事自体が驚きであったが、稽古する人の多さや年代の広さも仰天である。
正宗と美結も激しく稽古しているが、あの二人がかなり押されている。
「正宗でも押されていますね・・」
「ああ、夏休みじゃで、高校生や社会人の若い者が、何人か戻っておる。やはり経験の差はそう簡単に縮まらないわな」
「これほどの腕があれば、剣道で有名な人もいるのですか?」
「全国的にと言う意味か、それはいないな。中学生の時は剣道の大会に出ている者も多いし、県大会の優勝者も結構いる。だが、高校生になると、禁止されてはおらぬが、あまり一般の剣道の試合には皆出たがらないのじゃ。元々、我らのは剣術であって、剣道ではないからの」
「それは、もったいない・・」
「わはは、そう思う気持ちも分からんではないが、だがの、上には上があって強い相手に不自由しないのじゃから、おのが身の程を皆知っておるわい」
高地は、道場での稽古を見学して、武に生きる一族の厳しい一面を見た気がした。
これほどの真剣な稽古は見た事が無い。学校での部活動とは本質的に違うのだと、身を持って感じた。
弓場や手裏剣場では、必殺の気合で撃ち矢を放っているし、道場の外では、黙々と真剣を抜いて型を行う老若男女がいて、まるで江戸時代の一藩の武道所さながらの光景だった。
(正宗や美結らが、強いのも当たり前だな。ここで、小さな時から遙かに強い者と実戦に近い稽古を続けていたのだ)
と、納得した。
(麻里先生もやはり、同じ様に強いのだな・・)
と、麻里に惹かれかけている自分の心に、ブレーキを掛けようとした。
「高地さん、今、麻里先生の事考えていたでしょう」
と、突然横から声がして、大汗を掻いた少女特有の甘い匂いが漂ってきた。美結だった。
「お・おう、よく分ったな」
咄嗟に認めてしまった。こいつらは心も読むのかと、ドキドキした。
「えっ、当ったの? 当てずっぽうだったのに・・」
と、微笑んだ美結が、
「麻里先生も告白されるのを、待っていると思うよ」
「そうかな・・殴られたりしないだろうか?」
「あっ、麻里先生のこと怖いんだ。でも、大丈夫。先生はむやみに殴ったりしないよ」
それはそうだろう。無闇に人を殴ったらいけない。
「よし、一段落したら、デートに誘ってみるよ」
「ガンバって。じゃあ私も見張りに行くよ」
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