第12話・仏像の名前
ニャンコチーム+1名が早月村に帰着したのは、午後3時。まだ太陽は高く、うだる様な暑さの最中だった。
学校に戻る途中の早月集落の中に海雲寺というお寺がある。車内で美結が運転している麻里先生に言う。
「先生、先にお寺に行きたいの」
「どうしたの、海雲寺に何か用があるの?」
「斉藤さんに言われた様に、あの仏像の事を何も知らなかったのですもの、なんか仏像さまに申し訳なくて・・それで、良徳和尚に尋ねたいのです」
「そうね、私も何も知らなかった。確かに名前も知らないなんて、仏像に対して失礼だったかもね・・」
「私も知りたいです」
安子も賛成して、結局全員でお寺に行く事にした。
高知も行きがかり上、付いてくる。
短い石階段を上がると、墓地と鐘楼の間に本堂に伸びる真っ直ぐな参道がある。と言っても僅か20mほどの距離だ。
石畳や墓石など熱を持って、地面の低い所は空気が揺らいでいる気がする。しかし、少し上になると、山の涼しい風が吹き抜け、幾分過ごしやすい。
海雲寺の良徳和尚は、本堂と母屋を繫ぐ風通しの良い空中廊下で昼寝をしていた。
砂利を踏む足音で、むっくり起き上がった和尚は、
「おお、麻里に美結、正宗もおるの。何か用かな?」
と、昼寝あがりの、のどかな声で語りかけてくる。
「和尚、教えて欲しい事があって来たの」
美結が答えると、
「そうか、なら本堂の縁(えん)にでも上がれ、風が通って気持ち良かろう」
一行は靴を脱いで、本堂の階段を上がって縁側に座り込んだ。
和尚の言う通り、ザラザラとした使い込まれた厚い床板の感触と吹き抜ける風が気持ち良い。
和尚が縁側を回ってきて、座り込みながら聞く。
「教えて欲しい事とは、何じゃな?」
「学校で、仏像が盗難に遭ったのは、知っていますか?」
「おお、知っておる。狭い在所の事じゃ。すぐに耳に入るわ」
「その件は、佐伯校長の命令で、私たちが探索しているの。昨日は高山に行って、今日は立山の帰りで2日目、大体の事情は解ったけど、肝心のその仏像の事を、何も知らないと気付いたの」
と言って、仏像を描いた絵を和尚に渡した。
それはやはり、一番上手だった安子が描いた絵だった。
「ほう、よく描けているの。美結が描いたのか?」
「違うわ、安子が描いたの。私のは下手くそで・・」
和尚は、安子を見て、
「昔この里にいた早川貴之さんの孫じゃな。うん、あの家は頭の良い子が出来る家系じゃった」
「知っておられるのですか、私の祖父を」
安子が目を丸くして、聞いた。
「知っておるとも、道場で稽古をつけて貰ったのじゃ。貴之さんの両親も知っているぞ。最もその時儂は、小学生じゃったがな」
和尚は、昔を思い出す様な目をして言った。
そして、春彦の方を見て、
「お前は、暴れん坊の問題児で、この学校にきた子じゃな。どうじゃ、ここは暴れがいがあるじゃろ」
「いいえ、とんでもないです。今は、早月の道場で稽古する許しを貰いました。そこで小学4年生あたりと互角の勝負をしています」
「そうか、うはっはっはっは。まあ稽古は嘘をつかぬ。地道にやりなされ」
「はい」
「そちらは、どなたかな?」
和尚が、高地の方を向いて尋ねた。
「始めてお目に掛かります。私は高山警察書の高地巡査です。この里出身の早川伸吾係長の命で、此度の事件を担当しています。ここは、管轄が違いますが、発端は高山市の骨董商・襲撃事件ですので、出張ってきました」
高地が丁寧に説明する。
「そうか、早川伸吾が上司か。それは、ご苦労様だな」
と言って、美結に目を戻して、
「さて、その絵の仏像だがな、名前は勢至菩薩様と言われる。阿弥陀三尊の内の一尊で、仏の智恵を持って衆生を救い、正しい行いをさせる菩薩様じゃ。普通は三尊で祀られるが、稀に一尊で祀られる事もある。その際には水瓶を持っている事もある。真言はな、「オン サンザンサク ソワカ」じゃ。唱えて見よ。三回続けて唱えるのじゃ」
「オン サンザンサク ソワカ、オン サンザンサク ソワカ、オンサンザンサク ソワカ」
和尚の後について、みんなで三回唱えた。
すると、心の中にも涼しい風が吹き抜けた気がした。
「和尚ありがとう。なんか気持ちがすっきりとしたよ」
美結が礼を言う。
「うん、お前らの仏像を思う気持ちが、勢至菩薩様に伝わったのじゃろう。これからも、時々唱えてあげると良い」
「はい、そうします」
皆、頭を下げて辞去した。
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