第9話・極楽寺
車は、そこから東に方向を変えて、乗源寺川沿いに進み亀谷の集落に着いたのは午前11時ころだ。彼らは早速、小高い集落にある極楽寺を訪ねた。
極楽寺は、集落から少し離れた森の中にあり、今が盛りと鳴き続ける蝉の声に包まれていた。
小さな鳥居の奥に狭い境内と、森の間にこぢんまりとした祠があった。あたりは丁寧に掃除されていて、厚い信仰を感じさせられた。
「思ったより小さなお寺ね」
「そうだな、お寺というより神社みたいだな」
安子と正宗が、皆の気持ちを代弁して言った。
「中に、ちゃんと仏像が祀られているよ」
祠を覗いた美結の言葉で、皆が中を覗き込む。
早月の中学校にあったのとは違って、ずんぐりとした仏像が鎮座していた。
「学校に有ったのとは、イメージが違うね」
「確かに、全然違う」
「盗まれた後で、適当な像を購入したのかしら?」
色々言い合っている内に、境内に上がって来た年配の女性が、不審そうに彼らを見て言った。
「あんたがた、ここにお参りに来なさったかね?」
高地が進み出て、警察手帳を見せて、事情を説明する。
「私は、高山警察の高地巡査です。実は40年前にこの場所で起こった事件を調べに来たのです」
「お婆さん。その時の二人の犯人が分かったの」
それでも、不審そうに見る女性に美結が優しく言う。
「けんど、あの事件は時効になった筈じゃ」
「そうよ。だけど犯人の一人が、もう一人に襲われて夕べに亡くなったの。その人、亡くなる前に私たちに、ここの事件の事を話してくれたの」
美結の言葉を、しばらく考え込んでいた女性が、
「そうか、一人死んだか。これで母に一つ報告出来るわい」
女性は呟く様に言った。
何故か美結の言葉は、人の心を開けさせる様な力があると、昨日から皆が思っていた。
「あなたは、事件に遭った山本はつさんのご身内ですか?」
「あの事件で殺されたのは、私の母じゃ。以来41年間、何の音沙汰も無かった。私もあのときの母の年を越えてしもうた・・」
と、高地の問いに女性は答えた。
情勢は、被害者の娘だったのだ。驚いた一同は、しばらく女性を見つめていたが、
「でも、亡くなったのは、その時に一緒にいたけれど、山本さんに振るう暴力を止めようとした人なの。犯人は他にも二人を同じ目に合わせて、逮捕されたけれど、出所してきて、亡くなった骨董屋のお爺さんを襲い、私たちの学校の仏像を奪ったの」
美結の言葉に、頷いた女性が答える。
「そうか、わかったよ。で、何が知りたい?」
「この村の出身の加東政吉という男の事と、何故、ここの仏像が盗まれたか、と言う事を知りたいの」
と、頭脳明晰な安子が整理して言う。
「それなら、付いてくるがええ」
と言って、女性は神社を後にした。
女性に連れて行かれたのは、すぐ近くの、高い石垣に囲まれた大きな屋敷だった。
古びた表札には、斉藤と記されていた。女性が屋敷の中に入って行き、しばらくすると別の老年の女性が出て来て
「どうぞ、こちらに、おはいんなすって」
と、庭に続く縁側に案内された。
そこには、先ほどの女性とお爺さんが、座って話していた。
「おう、暑い中ようおいでになったな。こちらに座りなされ」
と老人が縁側を指し示した。
美結らが腰掛けると、すぐに案内してくれた老女が、冷たい麦茶を持ってきて勧められた。
「ひゃー、おいしい」
美結の声に、老人たちは微笑んで、
「それで、学校の仏像が盗まれたと聞いたが、どう言うことじゃな?」
老人の問いに、高地は今までのいきさつを細かく話した。
「ほう、仏像が行きたがったと言ったか、その袴田という男は・・・」
「はい、それまで決して表に出さなかったのに、その日に限って出したら、佐伯校長が現れたと」
「そのお陰で、君たちがここの事件の犯人を突き止めてくれたか・・それは確かに仏像のお導きかも知れんな」
「犯人は、あの仏像を何故盗んだのですか?」
美結が尋ねる。
「なんじゃ、そんな事も知らんかったのか。あの仏像は遠い昔、越中の殿様の佐々成政公が、雪の深い冬の最中、越中から信濃を超えて、三河の徳川家康公に会いに行った。その帰りに旅の無事を感謝して、山の案内をしたここの衆に、下げ渡された。と言う口伝があっての。もはや、真偽の程は解らぬがのう・・」
佐々成政公の真冬のアルプス超えは、このあたりの者なら皆、承知の話であったが、まさか、そこに繫がるとは、誰も思っていなかった。
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