第7話・高山の夜
骨董屋の捜査を切り上げて、旅館に入ったのは、午後5時、真夏の空はまだまだ明るい。
急に頼んだ旅館は、素泊まりで、食事は外で済ます事になっている。
高地は約束通り、麻里先生を迎えに来て、正宗らとは別れて食事する事になった。
「麻里先生、門限は10時よ。遅れない様にしてね」
と美結らに、冷やかされながら、麻里先生は高地と嬉しそうに出て行った。
「さてと、私たちはお酒を飲むわけではないし、先にお風呂に入ってゆっくりしてから行きましょうか」
とリーダーの美結が決めて、ゆっくりと温泉を楽しんで、8時頃に近所に食事に出かけた。
高地と麻里は、6時からそのまま居酒屋に入って、ゆっくりと酒を楽しんだ。
美結に10時と門限を決められてはいたが、そんなに遅くならずに帰ろうと決めていた麻里は、9時過ぎには旅館に続く繁華街まで戻って来た。
そしたら、前方で諍いの声が聞こえる。
人通りはまばらだがあって、高地に送って貰っていた麻里も、まばらな人混みの後に進んで様子を見た。
すると、なんと諍いをしている一方は、正宗らの生徒4人だった。
相手は何処でも良く見かける20代の前半の所謂・愚連隊気取りの若者が7人。この年代は事の見境のつかない年代で、凶暴なことも後先考えずに、平気でする危険な年頃だった。
「おい、お姉ちゃんよ、俺らがちょっと付き合ってくれって頼んでんだろ。そんなガキ放っておいて付き合いなよ」
安子と美結は、身長が155、150cmで、人目を引く顔立ちだ。
私服の今となれば、大人に間違えられるのも頷ける。
それに対して、正宗と春彦も155、160cmと身長では、さして相手にひけは取らないが、こちらは男子。夜目にも中学生らしさが見えている。
「やだね、見るからに脳足りん男とは、同じ空気を吸いたかないね」
美結は辛辣だ。
「何だとこのあま、黙って聞いていればいい気になりやがって、痛い目に遭わなければ解らない様だな」
と絵に描いたようなセリフを言って、自ら脳足りんである事を示した男が進み出て、美結の手を摑んだ。
「あいつら、ったくこんな夜に・・目障りだな」
と警察官の高地が出て行こうとしたが、麻里が止めた。
「あなたが言ったでしょう。彼らはエリートよ。どっちが痛い目に遭うかみて見ましょう」
只でさえ魅力的な麻里の顔が、お酒が入って頬が少し上気して、さらに魅惑的になっている。その麻里が、不敵に笑った。
「そうか。わかった」
麻里の魅惑的な顔にドキッとしながらも、高地はとりあえず見まもる事にした。
「正宗、安子を守ってね」
声を掛けられた正宗が、ゆらりと出て安子の前に立つ。
元喧嘩番長・暴れん坊の春彦もさすがに、複数の大人の集団を前にして、顔色が青ざめている。安子も恐怖で、口がきけない状態だ。
「おい、お姉ちゃんと坊主が、お相手してくれるようだぜ。誰か、邪魔な坊主を下がらせな」
集団のうちの二人が、出ていって安子の前の正宗に向かって立った。
「坊主、お姉ちゃんの言いつけだが、痛い目に遭いたくなかったら、黙って下がっていな」
男が見るも厳つい顔で、正宗をねめつけた。
「嫌だね。この女は、俺が守るよ」
「ったく、面倒くせえな」
と言い終わる前に男が、いきなり前蹴りを正宗に放つ。ところが、蹴り飛ばされた筈の正宗は動かず、蹴った男がその場でひっくり返った。
「な・・・」
前に出て来ていたもう一人の男が、顔を捻った。
高地にも、どうなったか見えなかった。
男は、それでも正宗に向かって回し蹴りを放ってきた。
「あぎゃー」
蹴った男がうずくまった。
高地にも今度は見えた。正宗が蹴ってきた男の足の急所を、両手で組んだ肘で打ったのだ。無駄が無く的確な最小の動きだ。
「おっと、坊主。なかなか、やるじゃねえか」
7人が5人になったが、残ったリーダー格の男が、驚きながらも虚勢を張った。
「この坊主には、皆で掛かって先に片付けようぜ」
5人で正宗を囲もうとする。
「春彦、安子を頼む」
と声を掛けられた春彦が、おずおずと出て来て安子の腕を引っ張って後に連れて行く。
後ろには、麻里先生と高地が出ていて、二人を認めた春彦はほっとした表情をみせた。
正宗を囲む5人。
そこに、放っておかれた格好の美結が、声を上げる。
「待ちな! あたしの相手は誰がするのさ」
「お姉ちゃんの相手は、後でたっぷりするさ。待っていな」
「待てないよ!今、相手しな」
言うなり、美結が後から、男二人の首根っこを捕まえて、二人の顔面を打ち付ける。たまらず、その場でひっくり返る二人。
「こわっ・」
春彦が、思わず身を竦める。
「全くだ、愚連隊の方が気の毒になってきたよ・・」
高地も呟く。
「やりやがったな、調子に乗りやがって!」
男達がナイフ、警棒、チェーンなど隠していた武器を取り出して、正宗と美結に迫る。
「あーあー、武器を出したら、それだけ酷くやられるだけなのに・・」
麻里先生が呟く。
倒れていた者らも加わって、正宗に4人、美結に3人が囲む。
正宗と美結は申し合わせたように手を降ろした自然体で、半眼を閉じて静かな姿勢をしている。
「やっちまえ!」
人前で恥を掻かされた愚連隊が、気勢を上げて襲い掛かる。
二人の姿は囲んだ男達の影で、はっきり見えない。
「ぎゃあー、うえぃ、ぐえー」
と、男達の上げる悲鳴が何度か響いて、男達が横たわった。僅か数瞬の間だった。横たわった男達は、誰も身動きをしない、痛烈な一撃を受けて昏倒しているのだ。
立っているのは、リーダーの一人となっていた。
目を白黒させるリーダーの男に、
「あんたはどうするの? 尻まくって逃げるのかい!」
「うるせえ!」
美結の言葉に、リーダーの男は、ナイフを振り上げて斬りかかる。
次の瞬間、男の腕を左手でカバーした美結の右足が真っ直ぐ上に伸びて、男の顎を真下から打ち抜いた。
男は仰向けざまに吹っ飛んでひっくりかえった。すでに失神している。
「すげえや、やっぱり・・・・・・」
春彦の声で、諍いは終わった。
高地は驚きで声が出ない。
(早月のエリートか、麻里先生はもっと凄いのだろうか・・)
と、高地の胸にほのかに芽生えた恋の行き先に懸念がさした。
「美結、女の子なのよ。尻まくるなんて下品な言葉は使わないの。そんな言葉、誰に教わったの!」
麻里先生が注意する。
「いやーん、恥ずかしい。TVで覚えたのよ。やっぱり下品だった?ねえ・ねえ」
と可愛らしい女子中学生に戻った美結が、駄々をこねる様に春彦や正宗に聞く。
春彦と正宗は、ただ頭を横に振るばかりで言葉はない。安子はそれを見て吹き出していた。
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