第5話・飛騨高山市
早朝に早月村を出発したチームは、途中に一度休憩を取って午前10時過ぎに高山市に着いた。
校長に指示された待ち合い場所の市営駐車場に着くと、麻里先生が渡された電話番号に連絡する。
するとすぐに、30代の男性が車まで駈けてきた。
「初めまして、高山警察書の高地です。ニャンコチームと引率の先生ですね。お待ちしておりました」
髪はボサボサで無精髭が少し伸びていたけど、よく見ると綺麗な目をしたイケメンと言えなくもない男だった。
「ありゃ、忍子がニャンコになってしまったわ・・まあ忍子は言いにくいし、ニャンコで良いか。可愛いし・・」
リーダー美結の言葉に、安子が笑って同意する。この時から捜査チーム名は忍子チームから、ニャンコチームに変わった。
「初めまして、引率ではなくてチームの顧問と言う事になっている小池です。まあどちらでもいいですけれど」
麻里先生が挨拶して、生徒も次々と名乗っていく。
「校長先生のお知り合いは、高地さんですの。案内して貰って、お仕事は大丈夫ですか?」
麻里先生が、気になっていた事を尋ねると、
「いえ、上司の早川係長が佐伯校長の知り合いです。係長から事件の復習するつもりでご案内しろ。と命令されています。ですから、これは仕事の内、気にしないで下さい」
その言葉を聞いて、美結が問う。
「早川係長って、ひょっとして・・」
「そうです。早月村の出身で佐伯校長の後輩だそうです。儂は落ちこぼれで、一般職で警察官になったが、あの子らはエリートだ。舐めると痛い目にあうぞ。って、言葉を貰っています」
早月村で多い名字は、佐伯と早川と小池なのである。
武術の村で幼い時から一緒に武芸を鍛錬してきても、それで身を立てて行けるのは、十人に一人の狭き門なのだ。
今の三年生では、美結と正宗の二人のみが、滋賀県にある専門高校へ進学する事が決まっている。村長や麻里先生もその学校の出身なのだ。その学校を出ると、武術を生かした専門の仕事に就くことが出来るのだ。例えば要人警護などをする特殊な警備会社とかだ。
それらの人を差して係長がエリートと呼んだのだ。
「俺はこの春に来たばかりの転校生です。既に痛い目に遭いました」
と、春彦が自己紹介する。
「私も・・・転校生です。一年ほど前に来ました」
と、安子も自己紹介をする。
因みに安子は、高地警察官の上司の早川係長と同じ早川の姓を持つ。
それは、祖父が早月村に住んでいたと言う事だ。つまり安子はっきりとした部外者ではないのだった。安子の身体能力の高さは、その遺伝かも知れない。
「ところで、吉報です。今朝・骨董屋の袴田氏の意識が戻ったと連絡がありました。早速病院に行きましょう」
高地も一緒に車に同乗して、市内にある日本赤十字病院に向かう。
病室の前で高地が中に声を掛けると、40代の男が廊下に出て来た。
男は若い中学生の美結らを不審そうに見ていたが、高地が、
「この方たちも関係者なのです。親父さんから購入した仏像がこの子達の学校にあって、昨日盗まれたのです。それで、この子たちが事情を聞きに来たのです」
と説明すると、納得して話してくれた。
「私が物心付いてから、あの仏像は家にありました。20年前に父親が骨董屋を始めた時には、店に出さずに自宅に置いていました。それが、今になって何故店に出して売ったのか・そして何故襲われたかは解りません」
「仏像の入手経路については、ご存じですか?」
高地が聞く。
「いえ、解りません。小さい時に聞いた事があるのですが、父は何も教えてくれませんでした」
「それで、袴田氏の様子はどうです?」
「はい、今朝早くに目を開けているのに気づいて声を掛けましたが、何も喋りません。意識はある様ですが、ただ遠くを見つめる様な表情でして・・」
「お医者様はなんと言われていますか?」
麻里先生が尋ねる。
「体がかなり衰弱していると、もう何日も持たないだろうと・・」
袴田は、病室のベッドに横たわり、目を開いて上を見ていた。
かといって病室の天井を見ている訳ではない。ただ上を見ているのだ。その目には何にも映っていないのでないかと思えた。
「父はあの状態です。目を開けても焦点が定まっていない様でして・・」
と、ベッドに横たわる父親の所に案内して、
「折角来て頂いたのに、こんな状態で申し訳ない。私はちょっと買い物をしてきます」
と言って、外へ出て行った。息子なりに気を遣ったのだろう。
「お爺さん、富山からこの仏像のことを聞きたくて尋ねてきたの」
美結が袴田の耳元で優しく言って、仏像の描かれたスケッチ図を見せた。
それは、一番上手に描けていた安子のスケッチだ。
「ぶ・つ・ぞう・・」
美結の声が聞こえたか、袴田の口が動いて、微かに呟く声が聞こえた。
いきなり、袴田が口を訊いたのに皆は驚いた。
「そうよ、ぶ・つ・ぞ・う。お爺さん、私たち仏像の事が知りたいの?」
美結は当然の事の様に、ゆっくり口を耳に近づけて、優しく言う。
すると、袴田の焦点の定まらぬ目が、収縮して絵を見つめた。そのままじっと見つめていたが、やがて、
「おう、又見る事が出来た」
と、今度は少し大きな声で言った。
「お爺さんが長い事・大事にしていたこの仏像を、どうして、佐伯校長に売ったの?」
「それは・・・・」
袴田は、何か思い出す様に考えていたが、
「仏像が行きたがっていると思えたのじゃ。あの人の所に・・」
「お爺さん、あの仏像はどこで手に入れたの?」
優しく聞く美結に反応する袴田に、皆は黙って美結に任せていた。
「あれは・・・」
思い出す素振りの袴田の息が急に上がって、顔に赤みが増した。
そして、激しく咳き込んだ。
美結は横になった袴田の背中を優しくさすって、話し出すのを待った。
少し落ち着いた袴田がぽつんと言った。
「かめがいでは申し訳ない事をした・・」
「かめがいと言う所で手に入れたのですね。誰から譲って貰ったの?」
「盗んだのじゃ。それで追いかけてきたお婆をあいつが殴って・・儂は止めようとしたが、あいつの剣幕に怖くなって止められなかった・・」
「二人で盗んだのですね。あいつって、誰なの?」
「かとう・かめがいの加東・・お婆はあいつの顔を知っていた。それで、あいつは・・」
袴田の言う事を、皆は聞き耳を立てて聞いていた。
「お爺さんを襲ったのも加東なの? 加東なんて言う名なの?」
「・・加東政吉じゃ。奴が20年振りに娑婆に出て来て、儂の元に現れたのじゃ」
「加東は、どうしてあの仏像を欲しがったの?」
「あいつは、仏像に宝のありかが記されていると言っていた。儂も最初は信じたが、年をとるのに従って、馬鹿な夢だと自覚した。じゃがあいつは・・」
他にも、とりとめの無い事をしゃべった袴田だが、しばらく話すと、息が急に荒くなり、もうあとは言葉にならない様になった。
急いで看護師が駆け付けてきて、面会は終わった。
「私には、親父があなた方の来るのを待っていた様に思えます。ありがとうございます。よく来て話を聞いて頂きました」
と途中から帰ってきて、父親の話を聞いた息子の晋平が、頭を下げた。もはや、父親の寿命が尽きそうだと判断したのだ。
廻りの者もそう感じていた。
「こちらこそ、ありがとうございます。これで、事件のあらましが解りました。又何か解った事があれば、連絡お願いします」
高地が言って、皆病院から引き返す事にした。
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