最終話 大円団

「へんしーん」


 俺は正義のしるし赤いスカーフを首に巻いた。


 今日の舞台は橘のおやっさんのスナック内、俺はカウンターの上にカップうどんを置いて、戦いが終わってから食べるためにお湯を注いだ。いつもの折り畳みテーブルと違って素晴らしい安定感がある。


「へ~んしん、だよ」


 あたしはそう言うと、飛騨の国から着てきたヤンガージャージを脱いで、あらかじめ下に着ていたピンク色のバニーガール姿に変身した。っていうのは、耳がウサ耳じゃなくて牛耳だからだよ。あたしの地元は飛騨の国、飛騨の国と言えば飛騨牛、地元をアピールするために牛耳を付けているの。


「おぉ~、セクシーダイナマイト!」


「いやらしい目で見るな!お前みたいなヤツにリーダーの座は渡せないっ!あたしがお前を倒す!」


「戦隊ヒーローのリーダーはレッドと相場が決まってるんだ。ピンクのお前には譲れない!」


 少年少女諸君、一体何が起きているのか俺から説明しよう!さおりんが採石場で生き埋めになって戦線離脱したから、飛騨の国から新たなヒロインを呼び寄せたんだ。その名はしおりん。さおりんとしおりん、区別しにくいから気を付けてくれよ、なんなら作者が間違える可能性もある。気付いたら誤字報告を頼むっ!


「あんたの説明は長い!読者が離れて行くわ。少年少女ちびっ子のみんな!あたしが手短に説明するね!」


 ほんの少し前に橘のおやっさんに呼び出されて、飛騨の国からこのスナック内に拠点を構える『正義の公然結社「お前らぶっ潰す」』に着いたあたしはびっくりした。沙織さおりん先輩を差し置いて俺がリーダーだとか意味不明なことを言っている男がいたのよ。だからお前を倒して、今は亡き沙織さおりん先輩に変わってあたしが名実ともにリーダーになってやる!って事になって今から戦うのよ!


「しおりんの説明も長いよ~、それと私は死んでないよ」


 あ、沙織さおりん先輩につっこまれた。


「しおりん、これ着てみて!」


「え、あ、はい」


 沙織さおりん先輩は、なにやらゴテゴテした装備の付いた衣装を出した。


「構想1時間、設計2時間、制作3時間、合わせて6時間もかけて完成させたパワードスーツよ!しおりん用に作ったからバッチリジャストフィット間違い無し!」


 あたしはパワードスーツを着ようとしたけど、重くてうまく着ることが出来ない。アタフタしていると全身白タイツの2人組が手伝ってくれた。誰?この人たち。


「ざっくり説明しよう!」


 沙織さおりん先輩が人差し指を上げて説明を始めた。


「悪の秘密結社を解雇された後、おやっさんに雇用され黒タイツから白タイツになった人たちよ」


 ざっくりし過ぎでよくわからない。


「詳しくは第15話を読んでね!」


 うん!後で読むよ!とりあえず白タイツさんは味方ということね。


 パワードスーツを装着する間、レッドは待ってくれている。お約束は守れるってわけね。あたしもこの間に決め台詞を考えなきゃ。


 15分かかって装着が終わった。上半身がパワードスーツで覆われた。あたし用に作られただけあってピッタリだ。慣れてきたらきっと5分で装着できるわ。


「バッチグー。ジャストフィットね!」


 バッチグー?


 沙織さおりん先輩が嬉しそうに拍手してくれた。期待に応えて頑張らなきゃ!


 それにしてもこのパワードスーツ…重い…でもそれに見合うだけのパワーがあるってことね!


 待ってる間にカップうどんを食べ終えたレッドが立ち上がった。さあ決め台詞を言うわよ!


「装着完了!元気1000倍パワーアップ!パワードヒロインしおりん、だよ」


「格好悪いぞ」


 レッドが笑いながら言った。


「なんですって!そんなこと言う人はやっつけてやる!かかってきなさい!」


 とは言ったものの、パワードスーツの使い方がわからない。とりあえずパンチでスーツの威力を試してみよう。


「こうしてやる!」


 あたしはレッドにパンチを食らわせようとした。が、


「重い…」


 重すぎるから物凄くゆっくりとしたパンチを繰り出したけど当然けられた。


「しおりんっ、肩にあるボタンを押すのよ!」


「はい!先輩!」


 きっと武器ね!なんかの武器が飛び出すのね!あたしはボタンを押そうとした。が、


「重い…」


 重くて肩まで腕が上がらない。


 憐憫の眼差しでレッドがあたしを見ている。なんて屈辱なの。


 そうか!これは沙織さおりん先輩があたしに与えてくれた試練なのね。リーダーを務めるならこのくらいの試練は乗り越えなさいってことね!


「やっぱり6時間で作ったから改善点が多いなあ。とりあえず動きを補助するモーターを付けて大きいバッテリーも付けようっと」


 沙織さおりん先輩、そりゃ無いよ~。


 あまりの重さに体力を消耗して、へたり込んだあたしの前にレッドが立った。


「な、なによ!どんな攻撃だって受けてやるわよ!」


「俺は正義のヒーローだ。弱って無力な女の子を攻撃なんてしない。さあ、そんなとこに座ってないで立つんだ」


 そう言ってレッドはあたしに手を差しのべてくれた。やだ、なんかキュンとした。意外と良いヤツじゃないの。


 レッドはあたしの手を掴み引っ張ってくれた。が、


「重い…」


 あたしはビクとも動かなかった。


「なんて非力なヒーローなの、格好悪っ」


 あたしの胸キュンを返せ。


「俺が変身できる時間は5分だ。つまり今は変身が解除され、一般人と同じだっ!あっははは」


 自慢するなっ!


「しかし変身しているとはいえ、こんな重いものを装着して自力で立ってたんだな。そうとは知らずに馬鹿にしてすまない」


 レッドは素直に謝った。悪いと思ったら謝ることができる。なんだ、やっぱり良いヤツじゃないの。


 白タイツさんに手伝ってもらい、あたしはパワードスーツを脱いだ。ああ、身軽になった。それにしても肩のボタン、押したら何が起きるんだろう。


「しおりん、もう1人のメンバーを紹介するね」


 そう言うと沙織さおりん先輩は


 ピコピコピー


と笛を鳴らした。なにこれ?マグマ大使が来るの?と思ったら


「華麗なるへんしーん」


 スナックの扉が開いて黄色いジャケットを着た男が入ってきた。どこからどう見ても彼がイエローね!


 あたしは立ち上がって挨拶をしようとしたけど、まだ体力が回復していないから立ち上がれない。


「無理しちゃいけない、座ったままでも大丈夫だ」


 あ、この人も優しい。けど、服が格好悪いからキュンとしない。


「俺かい?俺は、ご覧の通りの風来坊です」


 聞いてもないのにイエローは自己紹介を始めた。


「名前?そう、モロボシ・カズミとでもしておきましょう」


 え?かーくんなの?あたしはイエローの足元を見た。ローラースケートは履いてないなあ。レッドが叫んだ。


「騙されるなっ。かーくんはではなくだ。だから名前は似てるが、非なる者だ!」


 なあんだ……少年少女ちびっ子のみんな、説明するね!諸星もろほし和己かずみはアイドルグループ光GENJIの人だよ!詳しくは検索してね!


 その時だ!


 ブオーンと非力なエンジンをブン回す音が遠くから近付いてきて、スナックの前にキキキと軽トラが止まった。


 そしてスナックの扉がバーンと開いて鎖のついた鎌を持った怪人が入ってきた!


 レッドが叫んだ。


「お、お前はっ!」


 なんてことなの、体力を消耗して動けないときに、いきなり怪人と初顔合わせするなんて。しかも敵の本部に乗り込んで来るなんて最強クラスの怪人に違いないわっ。


 レッドが怪人に駆け寄った。お手並み拝見、やっつけてよ!


「久し振りだな!」


「お久しぶりね~ん」


 レッドと怪人はハグをした。再会を喜び合ってるの?どういうこと?


「蘇生したのか、時間がかかったなあ」


「もう塩分を取っても胃が溶けることは無くなったぞ。あの日、死んだ俺に渡してくれたカップうどん、蘇生して蛞蝓なめくじ体質じゃ無くなったから食べたぞ。その時、生き返ったー、と実感したぞお」


 この怪人は誰なの?もう忘れている読者さんも多いだろうから説明してよ!


 2人でカップうどんを食べ始めたレッドと怪人を横目におやっさんが説明してくれた。


「ざっくり説明してやろう。手短に言うとな、レッドのカップうどんを食べて胃が溶けて死んだが蘇生した怪人だよ」


 ざっくりし過ぎでわかんないよ。


「詳しくは第1話を読めばわかる」


 おやっさんも宣伝を始めた。


 パワードスーツを片付け終わった白タイツたちも怪人に駆け寄った。


「お前たちは!軽トラのドライバーをしていた黒タイツじゃないか~」


 なんで?見た目が同じタイツたちをどうやって区別してるの?


「そんなに仲良いんだから、怪人さん、私たちの仲間になりなさい!」


 沙織さおりん先輩、何言ってんの?相手は悪の怪人よ。


「そうだな、君は少し緑がかった色をしてるから、グリーンとして受け入れるよ」


 おやっさんまで何てこと言うの?


「い、良いのか?こんな俺を受け入れてくれるのか、嬉しいよ~ん」


 怪人が仲間に加わった。あたしは話の展開についていけず、頭がクラクラしてきた。


「これでレッド、イエロー、ピンク、グリーンが揃ったな、おやっさん!あとはブルーだ、どうする?」


「大丈夫だレッド!任せとけ」


 嬉しそうに言うとおやっさんは、マジックで紙に


『ヒーロー・ヒロイン募集中(ブルー限定・1名)試用期間中は時給980円』


と書いて外から見えるように窓に貼り付けた。


 なんですって?!時給980円?!あたしが飛騨の国で働いてた居酒屋の倍以上じゃないの!


「さあ、しおりんの歓迎会をやるぞ。今日は我々だけでこのスナックは貸切だ。すき焼きだぞお」


 おやっさんがコンロと鍋を並べ始めた。すき焼き!もしかして飛騨牛!


「しおりん、これは神戸牛よ!」


 飛騨の国から来たあたしが神戸牛を食べると思ってんの先輩?


「食べないの?」


「食べます!」


 準備が整うとおやっさんが真面目な顔で挨拶を始めた。


「え~、本日は遠く飛騨の国からやって来ましたピンクことしおりんの歓迎会のためにお集まりいただきまして…」


 みんな時折拍手をしたりしてニコニコと話を聞いている。


 なに、この流れは?大円団?!


 もしかして最終話なの??


 ここであたしが活躍する物語は無いの?


 その時だ!


 みんながスナックのカラオケステージに立ってザ・ドリフターズの『いい湯だな (ビバノン・ロック)』を歌い始めた。


おやっさん「さあ、もう少しいってみよー!」


レッド「みんな!『怪人と俺』は今回で終わりだ!楽しんで貰えたかな?」


さおりん「でも安心してね!『正義の公然結社「お前らぶっ潰す」』シリーズ(※)が始まるからね!」


イエロー「それまでの間、しばしのお別れだ。再会までの間、ちゃんと風呂入れよ!」


グリーン「宿題やって歯磨けよ~ん!」


レッド「マスクしろよ!」


さおりん「うがいもしっかりね!」


おやっさん「また会う日まで~!」


 『8時だヨ!全員集合』のエンディングかっつーの。


 でもあたしは神戸牛を食べながら、これから来るであろう戦いながらも楽しそうな日々に、ちょっとワクワクした。



 ーー完ーー



(※)筆者注 『正義の公然結社「お前らぶっ潰す」』シリーズの開始時期は未定です。

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怪人と俺 柏堂一(かやんどうはじめ) @teto1967

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