第15話 同時多発怪人


「へーんしん、キョピ」


 そう言うと私はビーチでよく見かける縦長の1人用ポータブルテントから、ジャック・オー・ランタンを抱えてオレンジ色のメイド服で飛び出した。


「お待たせっ、正義のヒロインさおりんよっ、キョピ」


 何でオレンジかって?もう直ぐハロウィンだからに決まってるでしょ。みんなに注目されるヒロインなんだから、季節ネタも仕込んどかなきゃね。


 でも今日の舞台は誰もいない休日の採石場。


 私はひとりで怪人と戦う。何でひとりかって?他の場所にも怪人が現れたから赤いスカーフのヒーローは別の場所に行ったの。


 そう言えば、あのヒーローの名前は何て言うの?


「これでも食らえー、キョピ」


 私はかぼちゃで怪人に殴りかかった。これが怪人の頭にスッポリはまったらゲームセット、私の勝利よ。


「え?あれ?」


 かぼちゃが怪人の頭にはまりかけた瞬間、怪人がフワッと飛んだ。背中から蝙蝠こうもりのような翼が生えている。


 あ、こいつは絶滅危惧種の旧型怪人だったのね。かぼちゃを武器にオレンジ色の衣装を着ている私が言うのもなんだけど、いくらハロウィンだからって蝙蝠は安直過ぎない?


「飛び道具とは卑怯者め、降りてきてこっちで戦え」


 私は石切場の上に立つ怪人に向かって叫んだ。この状況はまずい。1対1の対戦、上にいる怪人の方が圧倒的に有利だ。


「ふはははははは、降りるわけ無いだろう。上にいるほうが圧倒的に有利だからなあ。そんなことも知らんでヒロインをやっているのか、馬鹿ぶぁ~かめ」


 キーっ、悔しいっ、知ってるっつーの。私はまんまと怪人の挑発に乗って地団駄を踏んだ。

 

 そうだ、笛を吹いて風来坊を呼ぼうっと。不利なんだから助っ人を呼んでも卑怯じゃないよね!


 でも、私が笛を吹こうとしたその瞬間だった。怪人が「俺の勝利だああぁ」と叫び自爆した。


 そうだった、旧型怪人は自爆するタイプが居たんだ。


 ドカーンという爆発音とともに石切場は崩落し、たくさんの岩や石や木が私に向かって降り注いだ。


 意識が遠ざかる中で、昔のことが走馬燈のように思い出された。


 飛騨の国にいた頃のこと。


 もう1人のヒロイン詩織しおりんと、一緒に出演したアイドル・ヒロインショーは楽しかったなあ。


 怪人さんとも仲良しだったし、もう一度会いたかったなあ。何でこんなことになったんだろう…。


「しお り  ん……………」


 採石場のどこにも人の姿は見えなくなった。土煙が静かに漂った。


   ◆


「へんしーん」


 すっかり秋の気配になって、街路樹が黄色く色付き始めた駅前広場には、乾いた秋の風が吹いていた。


 すっかりカップうどんの季節になった。


 今だから言おう。夏のカップうどんは暑いし熱い。キャライメージを守るために俺はやせ我慢してたんだ。


 今日の舞台は駅前広場。俺はいつものように折りたたみテーブルを広げて、戦いが終わった後に食べるカップうどんの準備を始めた。カップの内側の線ピッタリにお湯を注ぐのがポイントだ。


「さあ来いっ!怪人め」


 対戦相手は新型怪人だ。こいつら未だに掴み所か無い。なによりも怖いのは、どんな攻撃をしてくるのか予測できないところなんだ。


 でも少年少女諸君、安心してくれ!俺は今まで引き分けたことはあっても負けたことは無いぞ!さっさと片付けて採石場に行ったさおりんの助っ人に行くぞ!


「ヒーローパンチ!」


 俺は怪人にパンチをお見舞いしてやった。


「あれ?」


 手応えが無いぞ。


 それもそのはずだ、怪人はボワッと分散した。


 なんと!この怪人は小さい虫の集合体だったのだ!


 大量の小さい虫が俺の身体にまとわりついた。うへえ、気持ち悪い。羽音がうるさい。痒い。


 俺がジタバタしていたその時だ!


 ブオーンっと非力なエンジンをぶん回す音が、羽音の中に聞こえた。


 遠くから軽トラが猛スピードで近付いてきたかと思うと、車が止まりきる前に助手席から黒タイツの人型が飛び降りた。危ないぞ!何をそんなに慌てているんだ!


 ブシュー


 黒タイツは冷却スプレーを噴射した。


 冷たいっ。しかし大量の小さい虫はパラパラと地面に落ちていった。


 おお!なるほど!虫だから気温の低下に弱いんだな。


 軽トラを安全に止めると運転席から黒タイツの人型がコードレス掃除機持って降りてきた。


 ブイーン


 虫は吸い込まれ、駅前広場は元通り綺麗になった。


 なんだ?どういうことだ?なんで黒タイツは俺の味方をしてるんだ?


 掃除が終わると黒タイツたちは俺の両腕を掴み軽トラに連れ込もうとした。


「何しやがんでぇ!」


 俺が抵抗すると、黒タイツは山の採石場のほうを指差し、お願いお願いと手を合わせた。


 どういうことだ?採石場にはさおりんが居るはずだ。何かあったのか?!


 黒タイツはうんうんと頷くと俺を無理やり荷台に載せ、ブオーンっと採石場に向かって走り出した。


 後でベスパを取りに戻らなきゃならん上に、駐輪代が高くつくじゃないか!


 しかし黒タイツがあまりにも必死だから、俺は黙って軽トラに揺られることにした。


  ◆


「華麗なるへんしーん」


 そう言うと男は黄色のジャケットを羽織った。風来坊だ。


 この日は公園にも怪人が現れた。しかし赤いスカーフのヒーローもコスプレヒロインも他の怪人と戦っているからここには来ない。お巡りさんと善良な市民が危ない!


 そこに風に吹かれるようにして風来坊が現れた。

 と言えばかっこいいが、実は橘のおやっさんにメールで公園に行くように頼まれたのだ。


 公園に現れた怪人は人の姿では無かった。


 黒と白の四角が組み合わさって出来たデジタルっぽい模様のヤツ、そうQRコードだ!


 今までに無い怪人の出現に風来坊はその容姿をスマホで写真に撮って橘のおやっさんに送ろうとした。その時だ!


 ピッ


 スマホの画面に文字が現れた。


「新型怪人QRだあ」


 なんと!新型怪人はQRコードを自在に表示する事が出来るのだ!


 風来坊は再びQRコードを読み込んだ!


 ピッ 「貴様を倒す!」


 スマホに文字が表示された瞬間、新型怪人QRの上部の大きな四角からビームが照射された!

 

 危ない!


 風来坊とお巡りさんは善良な市民を公園から避難させようとした。しかし!


 ビームで焦げた地面もQRコード模様になっていた。


 市民は面白がってQRコードを読み取り始めた。

 お巡りさんもQRコードを読み取り始めた。


「え!3割引!買いに行かなきゃ!」

「本官は3丁目に急行します!」

「秘密結社のホームページ見なきゃ!」


 いけない、みんなスマホに表示される情報をすぐに信じすぎだ!


「真偽のわからない情報に惑わされては駄目だ。みんな、読み取るのをやめるんだ!」


 だが、誰も風来坊の言葉に耳を傾けなかった。


 その時だ!公園からよく見える山の上の採石場から爆発音が聞こえ煙が上がった。


 新型怪人QRは勝ち誇ったように風来坊にコードを見せた。


「なんだって!」


 風来坊は風に吹かれるように静かに公園を後にした。


 そのQRコードにはこう書かれていた。


(もたついている間に採石場のヒロインは今頃生き埋めになっているぞ)


  ◆


 軽トラが採石場に着く前に、変身してから5分が経過して俺は普通の人間に戻ってしまった。荷台に乗っているからこれでは道路交通法違反だ!


 俺は荷台に置いてあったござの下に潜り込んで隠れた。少年少女諸君、ヒーローのクセにこそこそ隠れて格好悪いと思わないでくれよ!急いで採石場に行かないといけないようだから仕方なくなんだ!そうだ、超法規的措置のようなものだと思ってくれ!


 採石場には大型のバスが止まっていた。大勢の黒タイツが崩れ落ちた石切場の瓦礫を人海戦術で必死に取り除いていた。


 どこにもさおりんの姿が無い。まさかっ?!


 俺も瓦礫を動かそうとした。ビクともしない。普通の人間に戻ってからしばらくは変身出来ないし…そうだ!こんな時こそカップうどんだ!


 俺はリュックから予備のカップうどんを取り出した。折りたたみテーブルは駅前広場に置いてきたから、仕方がない、地面に直置きだ。


 その時


「華麗なるへんしーん」


と俺の背後から声がして黄色いジャケットの男が現れた。風来坊だ!


「何をしているんだ君は!変身しないのか?」


「俺は一度変身が解除されると、カップうどんを食べるまでは変身出来ないんだ!」


「面倒くさいヒーローだな、先に行くぞっ!」


 風来坊は黒タイツとともに瓦礫を除け始めた。仕方がない、俺は5分経っていないカップうどんを食べることにした。麺が堅いぞっ。


「へんしーん」


 そして俺も再び変身して瓦礫を除けた。


「さおりーん、どこだあ、返事しろー!」


 でも俺はどこかで大丈夫だと思っている。


 ご都合主義が適用されて、奇跡的な空間の中に無傷のさおりんが居るに違いないからだ。


「こ、ここよ~、キョピ」


 か細い声が聞こえた。


 ほらみろ、ご都合主義が展開された。石室のようなものの中からさおりんの声が聞こえるぞ。


 だが変だぞ!黒タイツたちがアタフタしている。


「どうしたっ?早く石をどかすんだ!」


 黒タイツは無理無理と首を振り、チキチキとカッターナイフを伸ばし、石組みの隙間に入れようとした。


 が、しかしなんということだ!どこにも刃が入る隙間が無いぞっ?!まるでクスコの太陽神殿じゃないか!


 少年少女諸君、ここで説明しよう!


 クスコの太陽神殿とはクスコにある太陽の神殿のことだ。そこの石組みは、隙間にカミソリの刃すら入らないほど精巧に出来ているんだ!詳しくは検索してくれ!


 石切場から崩れ落ちてきた石が、奇跡的に見事に組み合わさり隙間のない石組みが出来たんだろう。


「中は暗くて狭いんだろ、すぐになんとかするからもう少し待つんだ、さおりん!」


「大丈夫キョピ、ジャック・オー・ランタンに火を灯したから暗くは無いわ。でもね、息が苦しいよー、キョピ」


 当たり前だ!密閉空間で火なんか使ったらあっと言う間に酸欠だ!


「ひとまず空気を通す穴を掘ろう。上から落ちてきた石で出来た石室だ。底面に石は無いだろうから空気を通す穴を掘るんだ!」


 おお!風来坊!バカだと思っていたが頭良いじゃないか!俺はすぐに空気穴を掘った。


「新鮮な空気が入って来たキョピ」


「ジャック・オー・ランタンの炎も明るくなっただろ」


「あとは石をける方法を考えれば大丈夫だ」


 が、しかし、黒タイツが違う違うと身振り手振りで何かをアピールしてきた。なんだよ?


 黒タイツたちは空気穴を指差して、ここ掘れワンワンとアピールしてきた。


 どういうことだ?大判小判がザックザクと出てくるのか?俺はしばらく考えた。


「そうか」


 風来坊が何かに気が付いたようだ。


「つまりこの穴を広げて人が通れるようにすれば、石を動かすことなくさおりんを助けられるということだな」


 風来坊、あったま良いー。今までバカと言ってごめんよ。


 俺たちは力を合わせて穴を広げ、さおりんを助け出した。石が当たって打撲痕が出来ているが、命に別状は無さそうだ。黒タイツたちは拍手喝采して大喜びだ。今だに6年前の秘密結社爆破事件(※第11話参照)の件でさおりんに恩義を感じてるんだなあ。黒タイツたちのヒロインだ。


「あー空気が美味しい!窒息するかと思ったー、キョピ」


 何度も言うが、それは密閉空間で火を使ったからだ!


 ピーポー ピーポー


 誰が呼んだのか救急車がやってきた。いや、きっと黒タイツが呼んだに違いない。さおりんは精密検査のために運ばれて行った。


「やれやれ…風来坊、お前思ったより頭良い…あれ?」


 またしても黄色いジャケットの姿は無かった。さすがは風来坊。風のように去っていった。


 大勢の黒タイツたちも大型バスに乗り込み、軽トラの黒タイツとともに俺に手を振りながら帰って行った。


「あばよ!また会おう!」


 俺も手を振り返した。いくら秘密結社の奴らとは言え、さおりんを助ける為に共同作業をして仲間意識が芽生えちまった。


「さて、俺も帰るとするか…」


 どうやって?俺をここに連れてきた軽トラ黒タイツは先に帰りやがったぞ。ひどいぞ、あんな奴仲間じゃ無いぜ。


  ◆


「心配かけたわね」


 数日後、橘のおやっさんのスナックでカップうどんを食べていると、カランカランと入り口が開き、無事退院したさおりんが帰ってきた。


「早速なんだが悪い知らせがある」


 おやっさんは眉間に皺を寄せた。


「さおりん救出の現場にいた黒タイツたちは産神うぶがみ博士によってされたそうだ…」


「え、非道ひどいわ。粛清って…怪人に改造されたってこと?!産神のやつめ」


 さおりんは怒りを露わにした。


「いや、さおりん、早とちりするなよ。粛清じゃなくて粛正だ。人名救助という正しい行動をした連中を悪の秘密結社に所属させておくわけにはいかないんだろう。秘密結社をクビになったんだそうだ」


「ええ?!もっと非道いわ。6年前、私が苦労してバイトの待遇改善を勝ち取ったのに、あっさりクビにするなんてっ」


 さおりんは再び怒りを露わにした。


「産神博士、許すまじ。あいつらに対抗出来る組織を作って悪の秘密結社を壊滅に追い込んでやる」


 待て、さおりん!橘のおやっさんや先輩ヒーローの俺を差し置いてそんな計画を立てるなよ。なあ、おやっさん。


「うん、それは良いな。さおりんに任せるよ」


 なんだって?そ、そうか、さおりんは組織を作るだけでメインヒーローは俺だよな!そうに違いない。うん、そうに決まってる。


「さっそくヒロインを増やすわ。飛騨の国に優秀なヒロインが居るんだけど彼女を呼び寄せるっていうのはどう、おやっさん?」


「飛騨の国と言うことは、さおりんのあとを引き継いだしおりんってだな。よし、一度楠くすのきのおかみさんに打診してみよう」


 説明しとこう!さおりんは地元の飛騨の国でご当地ヒロインをやっていたんだ。しおりんはその時の仲間で、楠のおかみさんは橘のおやっさんみたいな存在だ。


 その時だ!


 カランカランと入り口が開き黒タイツが2人現れた。あ、いつも軽トラでやってくる黒タイツだ。どの黒タイツも見た目は同じで区別がつかないが俺はそう確信した。


 黒タイツはこれこれと手に持った紙を指さしている。それはおやっさんがバイト募集のためにスナックの入り口に貼っていた紙だ。


「あんたたち秘密結社をクビになったから職探してんのね。おやっさん、どうかな?」


「そうだな…。黒タイツは秘密結社のイメージが強いから、対抗して白タイツになってくれるんだったら構わないぞ。白タイツが接客してくれるスナックか、流行りそうな予感がするな」


 流行るのか?白タイツになったら俺とも喋ってくれるかなあ。


「いい感じで構成員が増えてきたわね。悪の秘密結社「優しくしてね」に対抗する組織、正義の公然結社「お前らぶっ潰す」の誕生よ!」


 何だそれ?俺たちのほうが悪者みたいな名称なんですけど。


 だが、俺のつぶやきは抹殺され、こうして正義の公然結社「お前らぶっ潰す」が誕生したのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る