ガータートス

 ああ、こんなことなら許可するんじゃなかった。

 そう後悔しても、もう遅い。独身男性陣からの「ガーターベルト!」の掛け声に、彼女はどうすることもできなかった。困ったように頬を染め、ちらりと隣にいる新郎を見る。彼は、とても嬉しそうに口の端を上げた。

 これは、絶対に楽しんでいる。

 そう確信した直後、彼はおもむろに右手を掲げ、中指の先を噛んだ。そして、ゆっくりとその手にはめられていた白い手袋を引き抜いていく。眼鏡の奥にある流し目の先にいるのは当然花嫁である自分で、その視線に身体の奥が熱くなった。

 熱が、籠もる。

 腰骨のあたりが甘く疼き、彼から視線を逸らすことができなかった。

 なんてかっこいいのだろう。

 手袋から出てくる骨ばった手の筋や、いつも自分を翻弄させる指が現れ、心臓の鼓動が速くなる。彼は抜け殻の手袋をその手に持ち、渡してきた。

「持ってて」

 甘やかに微笑まれたら、そうするしかない。

 空気を読んだ気心の知れる友人が椅子を持ってきて、あっという間に座らせられてしまった。早鐘を打つ心臓の音はますます大きくなり、それに合わせて男性陣からの声も大きくなる。何がなにやらわからない間に、彼は跪いてドレスの裾を上げた。

「え、ちょ」

 驚きの声は彼に届くことなく、ドレスの中に入ってしまった。

(ちょっと、嘘でしょ……、嘘でしょ……ッ!?)

 大興奮の男性陣の声と指笛に包まれる中、目の前には自分のドレスの中に身体を潜り込ませる彼の姿。緊張でどうしたらいいのかわからない自分の足に、彼の手がそっと触れる。え、やだ、嘘。心の中で戸惑いをあらわにしている間に、彼の指はベッドの上でいつも触れるような手つきで、愛しげに触れてきた。

「……ッ」

 声を出すなというほうが無理だ。

 必死に声を押し殺すこっちの身にも少しはなってもらいたい。太ももにくちづけてくるやわらかな唇の感触に、力が抜けそうだ。丁寧な愛撫をする彼の唇は、ガーターベルトまでたどり着く。それを噛んだ直後、彼はもう片方の手でドレスの裾を上げた。

「ッ!?」

 下着が見えてしまうと思い、咄嗟に両手で押さえる。彼は、花嫁の見ている前で花嫁の左足をさらし、そこにあるガーターベルトを咥えているさまを見せつけた。ゆっくりと、それでいて、手のひらで肌をなぞるように、教え込んだ官能を引きずり出すような手つきで足を撫でていく。

 なんという羞恥プレイ。

 花嫁に隷属している新郎ほど、心臓に悪いものはない。

 恥ずかしさに頬を染めながらも、彼がガーターベルトを最後まで外すまで視線を逸らすことができなかった。じっと見つめられた彼の視線に、囚われてしまったのかもしれない。

「――おら、寂しい野郎ども、受け取れ……!」

 ふわりと舞う青いガーターベルト。

 それを手にしようと、独身男性たちが本気半分、冗談半分に駆け寄った。その最中、振り返った新郎は妖艶に微笑み、呆ける新婦を隠すようにしてくちづける。

「あとで責任とるから」

 それが、濡れた下着という意味だとわかったのは、二次会が終わったあと――ベッドの上でのことだった。

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いとしいとしというこころ 伽月るーこ @nouvelle_lune19

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