いとしいとしというこころ

伽月るーこ

誕生日

『ああ、うん』

 その声を聞いただけで甘い気持ちになるのは、きっと彼の声が甘くなったからだろう。電話口でドキドキしている自分のことなど、彼はきっと気づいていない。

 でも、それでいい。

 実際に顔を合わせてしまうと、恥ずかしくなって目を逸らしてしまうから。

『どうかした?』

「ん? ううん。なんでも」

『そうは聞こえないけど?』

「あ、それはわかるんだ」

『え?』

「さっきの。私の話を聞いてるようで、聞いてない返事だったから」

 例えるなら、何かに気を取られているような。

『……』

「仕事忙しいなら、気を使わなくても大丈夫だよ。帰ってくるまで、ちゃんと起きて待ってる」

 だって、今日はどうしても彼に会いたい日。

 だから待っていられる。

『バレたか』

「え?」

『俺が、気を取られてたって』

「……そ、そりゃあ、ね?」

『そうだよ。時計見てた』

「時計?」

『大事な時間に一緒にいられないと思ったから、こうして電話してるって、気づいてた?』

 その言葉に疑問を持ったところで、彼は続けた。

『誕生日、おめでとう』

 囁くように、愛おしさとともに届いたのは、愛しい人の甘い声だ。

 何も、何も考えられなくてまばたきをしている間に、彼は電話口で笑った。

『俺が、キミ以外に気を取られるとでも?』

 どこか楽しげで、それでいて嬉しそうな声に、心臓が止まりかける。

「…………ばか」

 頬が、熱い。

『その顔、帰ったらもう一回見せて』

「いや」

『手厳しいな』

「…………どうしてくれるの?」

『ん? 何が?』

「………………今、ものすんごく会いたいんだけど」

 ここで彼に甘えたくない、面倒くさいと思われたくない。

 でも、勝手に心が素直になった。

 会いたい気持ちが大きくなる。

 それが、彼にも伝わったのだろう。

『……もうちょっとで帰る』

 たった一言が、一瞬にして幸せを連れてくる。

 手にしたスマートフォンにもう片方の手を添えて、緩む口元をそのままに――

「……うん。待ってる」

 と、彼に伝えた。

『ん』

 気づけば、互いの声が甘くなっていた。

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