本の神様。

松風一

第1話 物語に惹かれて

 僕は死神に出会った。

 何も知らない普通の人にはこの一言では伝わらないだろう。それでも、何時間かけて説明するよりも、この一言がしっくりくると思う。

 それでも、あえて言い換えるならば。

 僕はあの日神様に出会った。そして運命が変わった。

 こうなるだろうか…

 

 真冬の気配がちらつき始める12月の、ある夕方の事だった。

 どんな木でも一瞬で枯らしてしまうような冬の風を、身をもって感じ。僕はポケットに手を入れながら、通い慣れた道を歩いている。そう、大学からの帰りだった。僕は急に背後から声をかけられた。でも驚くことは無い、なぜなら聞きなれた親友の声だったからだ。声の大きさからして15メートルほど後ろだろうか。

 でもおかしいな。彼とはさっき大学の前で別れたはずだ。今の時間からして、大学を出た直後直ぐに追ってきたのだろう。彼がなぜその行動に至ったか、少し疑問に思い思考を巡らせてみる。その結果。僕が貸していたノート、または僕が貸していたお金のどちらかを大学で返そうとして、忘れたから追ってきたのだろうと考えがまとまった。

 どちらもなかなか返してくれなくて困っていた所だったし、ちょうどいい。奴に貸してしまったお前が悪い。そう誰かに言われならそこまでなのだが、常識というものがあるだろう?誰も講義内容を写すために借りたノートを2週間も使い続けないはずだ。まぁなんにせよ話を聞けば分かる。そう自分に言い聞かせ、考えるのをやめた。

 精一杯の笑顔をつくり、僕はゆっくりと振り向く。すると、視界の先に小走りにやってくる親友の姿が見えた。腕をあまり動かさない程度。一所懸命で少し不格好な、彼特有の走り方。これはやはり、彼が運動をしてこなかった末路だろうか。周りにいた人もちらちらと目線を送っている。僕は思う、哀れだ。

 彼の不格好に揺れる手には、一冊のノートを持っているようだ。僕はよくよく目をこらす。揺れながらかすかに見える名前欄には、しっかりと渡瀬和哉(わたらせかずや)。僕の名前が書いてある。やっぱりノートを返しに追って来たか。

 僕の取り柄といえば、今名前欄が見えたように視力がいいこと。そして、そこそこ有名な大学に通うことのできる学力。このくらいしか思いつかない。あとはまじめなことだろうか。大学生にもなって素直に名前欄に名前を書くのは珍しいことらしい。それを僕はやっていて、まじめだねと友達から言われる。でも、当り前のようにやってきたこととは、そう簡単に辞めることのできないものなのだろう。例えるならば、これを忘れたら落ち着かない。そんな感覚だ。これを世間では癖と言うのだろうか。

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本の神様。 松風一 @Matsukaze_1234

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