終章 歴史は繰り返す

「何、これ」


 自然にできたとは思えない、けれども人為的に造られたとも思えない奇妙な物体だった。ただそれからは、形容しがたい忌避すべき何かを感じさせた。


「さ、手をかざしてちょうだい」

 絶対に嫌だった。

「嫌です」


 僕は思ったままの言葉を口にした。


「あら、やっぱり何か隠し事があるのかしら?」


 魔王様が煽る。ミルメアがすぐに反応した。


「はあ!? もう許せない――命令! あんた、浮気したことあるでしょ!?」

「無い! 無いって言ってるでしょ!」

「……あ、そう?」


 僕の言葉に、ミルメアが一気にトーンダウンした。


 ミルメアとの隷属契約はまだ続いている。行動の制約は勿論、命令されると僕は何も隠し事ができない体になっている。


 その僕が無いって言ってるんだから。


「ダメよ、メアちゃん。そんなんじゃ。隷属契約の言葉っていうのはね。相手が本当にそう信じていることに対しては効果が無いの」

「え、どういう、ことですか?」


 またミルメアの手に少しだけ力が戻った。これ以上蒸し返さないで。


「つまり、この子が『浮気をしてない』って心の底から信じていたら、浮気してるー、なんて口にしないってこと」


 もしくは浮気じゃなくて不倫だ、なんて言い訳を考えている場合とか。余計な思考がよぎる。


「フィルはそんな最低な人じゃ……」

「メア、そこは言い切っていいんだよ」

「だからこの石板が必要なのよ。これは深層心理――つまり、本人も自覚していない気持ちをここに映し出す魔法具なの」



 昔の人はなんて恐ろしいものを生み出したんだ。


「そんな、映ったものがホントか嘘か分からないじゃない」


 ミルメアとユリアさんのどっちが映し出されても困る僕は、せめてもの抵抗をした。


「あっそ――触るだけでいいの?」


 ミルメアが魔王様に使い方を聞きながら、石板に空いている方の手をぺたっと付けた。直後、そこに僕の顔がアップで映し出された。


 何これ。

 恥ずかしいんだけど。


「これで証明になった?」


 ミルメアがどことなく自慢気な顔でこっちを見た。


「私も構わないぞ」

「あ、ちょっと、あんたは別に関係ないから――」


 ミルメアの静止に構わず、ユリアさんが石板に手を触れた。


 今度は僕の全身が映し出された。


 いつかの記憶がある姿だった。龍の鱗のマフラーに、頭を隠すようなローブ。もしかしたらこの石板は、強く思っている人の一番印象に残っている姿を映し出すのかもしれない。


 だとすると――リスクがさらに大きくなった。

 自分で言うのもなんだけど、僕は健全な男の子だ。


 ここにとんでもない姿が映し出される可能性が出てきた。


「いいわ。次、あんたの番よ」



 絶対に嫌だ。


 ミルメアが促すけれど、僕は微動だにできなかった。

 無慈悲にも宣告は下される。


「命令――この石板に手をかざしなさい」

「待ってメア、ああ」


 僕の意思は機能しなくなった。


 何かに引っ張られるように足が、腕が動き、そしてぺたんと掌が石板に押し付けられる。


 ぼやっとした輪郭が現れ、徐々に姿を明らかにしていった。


 それは女性の全身の姿で――



「痛い!!」


 僕は悲鳴を上げた。



「ねえ、フィル、これは、誰なのかしら?」


 さっきまで叫んでいたミルメアがやけに静かな声を上げた。

 痛い。骨まで痛い。死んじゃう。


「これは――初等部の?」


 石板に移った像をじっと見て、ユリアさんが呟いた。


 そんなに見ないで。


 死んじゃう。死にたい。



 そこに映し出されていたのは、かつての僕の同級生、サーニャ=カヌレの姿だった。



「……裸んぼだ?」


 カナが声を上げた。子供がいたことをすっかり忘れていた。


 その通り。


 最悪なことに、服を着ていない姿だった。



「――フィル?」

「ごめ――いや違う、僕は悪くないんだから謝るのは違――痛い痛い痛い!!」


 どうしてこうなったかは分からない。

 分からないけど、深層心理とかいうやつに、四つん這いで哀願するサーニャの姿が残っちゃってたってだけだ。


 三年間も一緒だった同級生の、初めて見る裸で、それが僕の好きにしていいって言われた時の光景なんて、確かに忘れられるわけがないと冷静になって思う。


 そして何の前触れもなく。

 竜巻のような突風が巻き起こる。

 直後、巨大な翼が視界に入った。


「話は聞かせてもらったぞ!!」


 大きな声とともに、どん、と空から人が降ってきた。



 咄嗟の防衛反応かミルメアの手が離れた直後、僕の体はその闖入者に抱きかかえられた。


「「カタリナ!」」

「あら! 久し振りじゃない!」

「貴様は――」


 僕とミルメアが声を上げ、それから魔王様が反応した。ユリアさんが敵意を剥き出しにしたのは、かつて地下牢に放り込んだ張本人だからだろう。


「ほら、私が正しかっただろう? フィルは誰か一人の女に縛られるような奴じゃないんだ――さあ行こう、私の国で子供たちと同じように遊ぼうじゃないか」


 ばっと広げられた龍の翼が羽ばたき、それから僕の体が宙に浮いた。僕は離れていく地面に目を向ける。


 半ば放心状態になっていた僕は、この場から離れられるなら何でもいいと身を任すままにした。


「ちょっとあんたあたしの子供に何教えてくれてんのよ!? フィルも離しなさいよ!?」


 ミルメアが翼を展開し、飛び上がった。


「は、母上、私は――」

「いいわよ、いってらっしゃい」


 ユリアさんの背を魔王様がなぞった直後、天使のような翼が生えた。ユリアさんはそれをずっと昔から自分の背に生えていたかのように羽ばたかせ、地を蹴った。

 先代魔王様は、僕たちを笑顔で見送った。

 

 ■

 

 それから一年と経たない内に、僕の子供たちが人間界と魔界の両方を救うことになる。


 中でも誰が一番活躍したかっていう話になると、ホントに色んな喧嘩を生むからこればっかりは話せない。


 代わりに僕がミルメアに半殺しにされた回数は教えてあげられる。


 全部で、六回。


 どんな目に遭ったかは、思い出したくない。(了)

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対モンスター最弱の僕が魔族四天王に拾われ対人最強になった結果、魔界に建国することになりました 紺色ツバメ @koniro_tsubame

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