お札ループ

マグロの鎌

第1話

 「いい加減にしろ。君は言われたことしかできないのか?もっと周りと違うことをしてみようとか思わないのかね。」

 今俺は上司に怒鳴られている。今となればこの光景も日常茶飯事となったが、こんな俺でも、生まれてから二十二年間、人から怒られることなど一度たりともなかった。しかし、社会人となった途端に「人と違う考えを持て」「指示待ち人間になるな」そんなようなことで怒られるようになった。今まで小学、中学、高校、大学と、人の言われたことだけを完璧にこなせば褒められていたのに。

 「わかりました。次から気をつけます。あの、少し休憩をとってもいいですか?」

 「タバコ休憩か?いいだろ、行ってこい。」

 「ありがとうございます(俺タバコ吸わないんだけど)。」

 俺は自分の席にカバンを取りに戻った。そう、休憩は嘘だ。帰るのだ。もうすでにこの会社に俺の居場所はない。俺はもう耐えられなくなっていたのだ、馬鹿のくせに俺よりも上司に気に入られている奴らが吐いた二酸化炭素を吸うのは。

 

 会社を出るとそこには新鮮な空気だけが漂っていた。深呼吸すると、自由になったことを実感できた。さて、これからどうしよう。家に帰ったところでやることはない、だからといって外にいたところでやることもない。なぜなら、俺には趣味と呼べるものはない。

「いったい俺はこれからどうすればいいのだろう。」

 ため息をつくと、さっき吸った新鮮な空気が二酸化炭素へと変わって体から抜けていく。どうしようもなくなった俺は会社のほうに振り返る。俺には「木偶の坊」として働くことしかできないのか。

 しかし、振り返ったとき風で飛んできた一枚のびらが顔を覆い尽くした。俺は飛んできたビラを顔から剥がし、手にとった。そして小声でそこに書いてあることを口に出して読んでみた。

「『自由』になれないそこの君!私たちのモルモットとして働きませんか?」

 俺は信じられず二度読み返した。モルモット?つまり、実験の被検体になるってことか?おいおい、そんなのに自分からなりにいくやつなんているわけ……まてよ、モルモットなんて俺にぴったりじゃないか!これだ!俺のなるべきものはこれだ!これが天職てやつか!そうと決まれば早速ここに書かれているところに行ってみようではないか。

「ええと、俺の会社がここだから……、えぇ!角を曲がったとこ?まさか、そんな近くに俺のオアシスがあったのか?そうと分かれば立ち止まってちゃいられない。」

 俺は勢いよく走り出した。大声を出し、いきなり走り出してしまったので周囲から注目を浴びてしまったかと思ったが、誰一人としてこちらに視線を向ける人はいなかった。

 幼稚園の運動会以来の全力疾走をし、その甲斐もあって、30秒もせずに目的の場所があるはずの通りについた。しかし、その通りには俺の望んだものはなく、よく見る住宅街と同じ景色が広がっていた。浮かれていた俺の心は一瞬で冷め切ってしまった。俺の求めていたオアシスは、ただ蜃気楼のせいで近いように錯覚しただけだったのだろうか。

「ちぇ、何だよただの住宅街じゃないか。ここのどこに会社があるんだよ。」

 苛立を隠せず、俺は捨て台詞のようにこう吐いた。そして、右手に持ったビラをクシャクシャにしてやろうと両手でビラを掴見直した。「もしかして場所を間違えただけで、ほんとはもう一個奥の通りだったり」などと無駄な期待をしながら。しかし、もう一度見たところでビラに載っている地図はここを示している。蜃気楼で近くにあるように見えたのでわけでなく、オアシスなんて初めから存在しなかったのだ。俺はビラを握り潰し、目の前の通りに投げ捨てた。ボール状になったビラは綺麗な弧を描いて、ある物の上へと落ちていった。ビラが着地したのを確認し、会社に戻ろうと大通りのほうに振り向き返った俺だったが、ビラの下にあるものが何なのかと考えた時、あるものが脳裏によぎった。

「お札?お札じゃないか!」

 俺は少し興奮してお札の方へ歩いて行った。そして、すぐ近くまで来ると二枚のお札の上にさっき投げたビラと一緒に、重石のように置かれた硬貨もあることがわかった。俺はそれを拾おうと手がお札に触れた瞬間、あたりの景色が屋外から屋内へと変わった。そして、目の前に椅子に座った男性と、その隣にたたずむ一人の女性が現れた。

「ようこそ、そろそろ君が来る頃だろうと思っていたよ。」

 一瞬の出来事に俺の頭はついてこない。むしろ、こんな非現実的なことを瞬時に受け入れることができる人などいるのだろうか。そんな中で、俺のをフル回転させたどり着いた答えは、答えは、あのビラに書かれたモルモットになる仕事のことだ。つまり、ここは……

「オアシス?」

「ん?オアシス?……なるほど確かに君みたいな人にとってはここはオアシスなのかもね。」

 椅子に座った男は顎に手を当て、考えているそぶろをしながそう言った。

「それで、あの私はモルモットになることができるのでしょうか。」

「ああ、あのビラね。そうそうあってるよ。ここは時間と空間について研究している、ソホリ研究所だ。」

 ソホリ?変な名前の研究所だな。しかし、どう言ったロジックで俺はここにこれたのだろうか?ただお札を触っただけなのに。ああー自分で考えても何も浮かばない。ここは一つ聞いてみるとするか。

「すみません、一つ疑問があるのですが。」

 私は膝の上に置かれた手をあげ、発言した。

「何かね?」

 質問の許可を得られたため、立ち上がり、俺は次のように言った。

「私はどのような仕組みでここにきたのでしょうか?それに、ここは“どこ“何でしょうか?」

「なるほど、いい質問だ。そうだな、簡単に言うと『ドラ○もん』は知っているだろう?」

 俺はうなずいた。小学生の頃、周りの子たちがこぞって『ドラ○もん』の話をしていたので、自分だけがその話題についていけず、場が白けてしまわないために毎週欠かさず見ていた。

「そのドラ○もんの持っている4次元ポケットてあるだろ?そして、その4次元ポケットの中には無限の空間が広がっているだろ?しかし、外から見てもその空間は見ることができないだろ?つまりだな、ここは4次元空間、人の感覚では見ることのできない空間にあるのだよ。そして、ドラ○もんが4次元ポケットから道具を取り出すときにポケットを開くだろ?その部分が今回の場合だと「お札を拾う」って言う行為だったわけ。理解できたかな?」

「ええ、なんとなくは。(いや、全く分からん。)」

「まぁ、そこんとこはどうでもいいだろ?それで、早速なんだが、君にはある実験の被検体になってもらいたいのだ。それは、タイムリープについてなのだが、まあ簡単に言うと君は過去に戻ってもらいたい。」

「えっ、本当に言ってるんですか⁉︎そ、そのなんと言うか、自分なんかがそんな貴重な体験していいのですか?」

 今更、タイムリープについて驚きはしなかった。そもそも、ここは時間と空間を研究しているわけであり、なんとなくは予想がついていた。それにしても自分の理解能力が高いことに我ながら驚いている。まるで、以前にも同じ体験をしたことがあるようだ。

「ええ、じゃあ最後に実験について詳しく説明しよう。君が戻るのは五分前だ。」

「意外と近いんですね。もっとこう恐竜がいる時代とか、旧石器時代とかに戻るのかと思いましたよ。」

「ああ、これはあくまで実験だからな。まずは確実なところからやるのが定石ってもんだろ?」

 たしかに、そう言われてみればそうだな。しかし、五分前となると、ちょうど会社を出たぐらいかな?

「それで、過去に戻るにあたって一つ重要な条件があるんだ。それは、過去に戻るにあたって君の未来の記憶を消すとことだ。それでもいいだろ?」

 ん?未来の記憶が消える?どう言うことだ?記憶というものは過去に存在するもので未来の記憶という言葉は矛盾している。まあ、よく分からんが特に何も起きないってことなのかな?

「ええ、大丈夫ですよ。」

「では、早速タイムリープを開始しよう。あ、ちなみに報酬はタイムリープした後に落ちているから拾ってね。それでは、この紙を彼の顔に貼り付けて。」

 そう言って男は隣の女に紙を渡した。よく見えなかったが、色合いからしてあのビラに違いないだろう。ん?待てよ。あのビラが顔に張り付いたのってちょうど五分前……。

 結論が至るよりも先に女が俺の額にビラを貼り付けた。そして、俺は五分前と戻るのだった。


 一枚のビラが顔を覆い尽くしている。俺はビラを顔から剥がし、手にとった。そして小声でそこに書いてあることを口に出して読んでみた。

「『自由』になれないそこの君!私たちのモルモットとして働きませんか?」

 俺は思った。自分にぴったりな職業、天職じゃないかと。

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